三十
ー何故、ここにいるのだ。
せっかく自由になったのに。
ー自由なればこそ、私はここにいるのです。
ー自由なればこそ?
ーはい。
ー私の足になどならなくてよい。
そなたは、そなたのために、その立派な足で歩いてゆけるだろう?
ーはい。
ーだったら、
ー私は、自分で申すのもおかしな話ですが、体が大きく力が強いので、自分一人だけでは軽すぎるのです。
もう一人ぐらい背負って歩かないと、足元がおぼつかないのです。
ー、、、だが、そなたは、
ーだからお鈴様が、私の背に乗っていてくだされば、ちょうど良いのです。
ようやく歩きやすくなるというものです。
ー失礼な奴だな。
私は漬物石か?
ーそうですね。近いものを感じますね。
ー弥勒、よくしゃべるな。
こんなに舌が回る男だったとは。
ーそうですね。私も初めて知りました。
ーおかしな男だな。
ーはい。
だから、ともに参ります。
私はお鈴様の足ですから。
ーそれはならぬ。
ーそうですか。
では、勝手に背負わせていただきます。
ーおかしな男だな。
ーーー
夜が明けたが、あいにくの雨で、視界はわるかった。
伝令がいくつかの情報を持ってきたが、長野の動きは天気次第となったというしらせが一番多いようだ。
偽の密書であったことに気づかれたかどうかは、まだ定かではない。
兵たちも、そこここで雨をしのぎ、一旦休息となった。
弥勒と春は堀川勢から少し離れ、山里の荒れ寺で一先ず鈴とお葉を休ませることにした。
ここしばらく、押し込め部屋にいたせいで、鈴は知らず衰弱していた。
食事もあまり摂っておらず、気力だけでもっていたのだろう。
少し熱もある。
春とお葉で鈴の世話にあたり、弥勒は見張りや水汲みなど外回りを請け負ったが、すぐに屋内に呼ばれた。
何故なら、熱のせいで悪い夢にうなされる鈴が、春の手を拒み、お葉の手を拒み、結局握られて安心したのは弥勒の手だった。
春とお葉は力無く笑いながら、その場を弥勒に任せ、自分たちも休息を取りながら、敵の気配をうかがった。
静かな、優しい声で、弥勒は鈴にずっと話しかけていた。
しばらくすると、呼吸が落ち着いてきて、スウスウと寝始めた。
弥勒は鈴の手を、自身の大きな手で包み込み、静かに微笑んで、鈴が無事に自分の世界に戻ってきたのを噛み締めていた。




