二十九
ポタリ、ポタリ、、、
小上がりの広間に倒れる死体から、血がしたたる。
弥勒が家人の気をそらし、背後から春が小刀一つで着実に仕留めた。
ひとりも逃さず、間違いなく丁寧にその生を奪っていった。
倒れている者たちの着衣に乱れはなく、ただ、頸動脈を一太刀。
鮮やかな手口だ。
広間とその廊下に二人、かまどの側に三人、外の見張りが五人。
それぞれすでに事切れており、静かな屋敷に響く足音は春と弥勒の二人。
かまどの火を落とし、明かりもすべて始末した。
異変に気づかれるのは夜明けか、または、なんらかの知らせを持ってきた場合だろう。
人数の違いはあるものの、手口は、堀川の屋敷を襲ったのと、まったく同じである。
意趣返し、と言えるが、堀川と違い、陽動作戦の結果、長野一門は恐らくもう戻っては来れないだろうから、この仕打ちを知ることはないだろう。
ーーー
鈴は弥勒に何も言わなかった。
背負われるとき、鈴は黙ったまま弥勒に手を差し出した。
弥勒もまた黙ったまま鈴に沿い、背負った。
ーー温かさやその逞しさは、記憶のそれと変わらない、いや、あのころより肩幅が広いか。
肩や背、腕の筋肉がより逞しく、つまりは、鈴は絶対の安心感を与えられ、屋敷を出てすぐに脱力し、眠ってしまった。
素早く、だが、宝物を慎重に運ぶように、背に眠る鈴を起こさぬように、細心の注意を払って弥勒は歩き続けた。
ーー軽さはあの頃とまったく変わらない。
ーーだが、あのころより、柔らかくなった。
何日も押し込め部屋にいて、緊張状態が続き、夜も安眠できなかっただろうことは、その顔色の悪さを見れば一目瞭然だ。
首に回された手をチラリと見ると、手が細り荒れている。
舌打ちしたいのをやっとの思いでこらえた。
だが、何年か会わないままであっても、鈴の可愛らしさは変わらない。
春に鈴を背負うよう促されなかったら、いつまででも鈴を見つめてしまったに違いない。
背負う鈴の寝息に、心からの安堵を感じながら、ひたすら目的地へと急いだ。
ーーー
山道を登り、しばらくすると、堀川の軍と合流できた。
先に救出されていたお葉は、鈴を認めるとすぐにかけより、その無事を目で手で確かめ、涙をこぼしながら寄り添った。
堀川の屋敷が襲われた次の日、城から戻った広次はそ襲撃を知り、すぐに父堀川に伝令を出した。
屋敷の捜索を速やかに行い、鈴が攫われたことを悟った。
その後、堀川の軍とすぐに合流。
秘密裏に主君へも知らせを出した。
かねてより、となりの大国の動きに連動させようとする長野一門のこれからの動きを警戒し、何かあれば討ってよしとの命ももらえた。
足留めにと勃発していた騒ぎは、堀川の素早い決断の元、懐柔し、和議を結ぶに至った。
その上で利を提示し、その者たちを長野から堀川に下らせることに成功。
情報を聞き出し、動きを知り、嫁ぎ先で囚われの身となったお葉の救出を急いだ。
また、佐渡川を長野に下らせ、となりの大国に忠誠を誓わせ、さらには、その後で鈴の国もとに戦を仕掛ける策があることを知った。
佐渡川は密かに春と弥勒に西国で武具を横流しさせ、銃や物資が届くのを遅らせていた。西国で世話になった茅野にその動きを任せ、二人をこちらに戻らせてからは百姓に紛れさせ、大国との国境で動きを見張らせた。
鈴の兄と春とで長野に入り込み、様子がわかってきたところで、鈴が攫われてきた。
春は一旦引き、弥勒が下男として潜入し、動きを探った。
長野に密書が届いたのが昨晩遅い時刻だった。
佐渡川からようやく色よい返事が届いたのと、大国からの使者が山間部の合流地点に待つというしらせが届くのがほぼ同時であった。
もちろん偽の書状だが、待ちに待っていた知らせに、普段は用心深い長野も油断したのだろう。
家臣を集結させ、屋敷を後にした。
お葉は離れに囚われていたが、春たちと共にきた堀川の手の者に速やかに救出された。
馬で直ぐに堀川軍へと移送され、今に至る。
今、ここに潜む堀川の軍は、この山をぐるりと回ったところに長野たちが集結し、大国の使者と偽る陽動部隊とともに国境に差し掛かるのを待っている。
大国に入る前に襲撃し一気に鎮圧する。
その刻を待っていた。
ーーー
広次は、鈴の話に出てきた弥勒に会えて喜んだ。
大きな体と静かな物腰を気に入り、自分の部下に欲しがった。
だが、弥勒は鈴を背に乗せたまま跪いて、静かにけれどしっかりとした声で断った。
ーならば鈴殿を嫁に貰えばお前も付いてくるだろうー
と、突拍子もないことを言い出したのを、かつての守役で今は広次の側仕えがすぐに諌めた。
ー貴方は堀川家の嫡男。
足の悪い嫁を貰ってなんとする。
不出来な子が産まれたらどうするのだー
と。
それを聞いて、弥勒はさっと立ち上がり、片手で主を支え、片手には愛用の長槍を彼に向けて、静かに、けれどしっかりとした声で、
ー主への無礼な物言いは許さぬー
そう告げた。
そこへお葉が走り込み、広次とその側仕えを引っ叩き、泣きながら説教し、最後にはまるで子どもの時のように謝らせて場を鎮めるに至った。
堀川は困ったように、だが可笑しそうに笑い、広次に、諦めろと言った。
家臣たちもこんな時に不謹慎なれどと言いながら、次々笑いだした。
春は下品にもゲラゲラ笑い、弥勒もその場を静かに下がった。
そんな中、長野の軍が近づいてきたと、しらせが入った。




