二十八
地響きのような、どどどっと言うような振動が体に伝わって目が覚めた。
いつのまにかウトウトしていたらしいが、まだ灯りは灯ったままであるから、それほど眠り込んでいたわけではなさそうだ。
あれから誰もこの押し込め部屋に来ないから、宴とやらはまだ盛り上がっているのか…
いや、それにしては静かであるから、酔いつぶれて皆寝ているのだろうか。
鈴はそっと板戸にいざりよって、戸に耳をそば立てた。
何も音がしない。
それはそれで不気味で怪しい。
しばらくすると、静かな、小さな足音が聞こえてきた。
「お鈴様」
聞き覚えのある声がして、思わずあとずさった。
板戸がガタガタ言いながらも、いつになくスッと開いた。
そこには、まるで秋晴れの野原に風に吹かれて立つ乙女のような、晴れ晴れとした笑顔の春が、血まみれの姿で立っていた。
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「お迎えが遅くなりました。」
「春。なぜここに?」
「佐渡川様の命でこちらの動向を探っているところ、お鈴様が連れられてきたのを知りました。
それで救出する機をずっと狙っておりました」
「そうか。
今、長野の一門はどうしている?」
「つい先ほど、長野の一門は出発しました。
偽の密書により、陽動作戦に引っかかりました。」
そういえば貞弘はこの国においては戦上手とのことだった。と、鈴は思い出した。
戦上手とは、なにも戦さ場だけのことではない。
軍備の整え方や、迅速な損得勘定もその一つである。
どのような密書かはしらぬが、かの者は読んで速やかに命令を発し、戦さ場に向かったのだろう。
偽の情報に踊らされていることだけは残念であるが、それを除けば、その素早く、的確な行動に感服するばかりであるし、惜しいとさえ思う。
「ほかの家人は?」
「寝ております」
春はにっこりと笑った。
無垢な乙女の笑顔。
爽やかな物腰に、鈴は背筋がスウッと冷える気がした。
その返り血が、何よりも「私が皆殺しました」と白状しているのに、しれっと笑っている。
「これほど静かなのだから、皆、よく寝ているのだな」
「そうですね。
下男も見張りも、珍しくよく酔うておられたので、そのままおやすみいただきました」
「血が、臭うな」
「気のせいでは?
さ、我らもここを出ましょう」
床に広がる地図を懐にしまい、鈴は春に手を伸ばした。
春はそっと微笑むと、
「春にはお鈴様を運ぶことができませぬ。
ゆえに、代理を連れてまいりました。」
と言い、板戸をさらに広く開けた。
そこには、弥勒が静かに控えていた。




