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二十六

なかなか上手くいきません




狭い部屋に入れられ、用を足す以外に外に出られない日々ももう10日目である。


鈴は堀川の屋敷で死んだ者にせめてもの供養となるよう毎日経を読み、祈り続けていた。





おゆきはほぼ即死であったのは幸いだ。


長く苦しめられることも、その身を辱められることもなく、こんな時代においての女子の死としてはまだマシである。


だが、憐れでならない。




明るく、大らかな性格で、いつも大きな声で話し、大きな口で笑っていた。


必要とあらばお葉や広次相手にも一括し、お説教していた。


人質である鈴に対しても、まるでその囚われの身ではなかったかと勘違いするほど気持ちの良い仕えぶりに、安心してその身を任せられた。


・・・この仇は、いずれなんらかの形で取らせてもらおう。


それが、只今これといってやることも自死することもできない鈴にとっての生きるよすがである。



―――



ガタガタっと板戸が開けられた。


これ以上動きようもないが、少しでも相手から距離を取ろうと、後ろへ移動した。


入ってきたのは、とりあえずの世話係らしき女で、名前を名乗らないため、誰かは知らない。


中年で、一重の鋭い目つきをした、陰気な女である。


だが、いつも小刀を抜身のまま持って入ってくるので、そのたびに背中がヒヤリとする。




「厠に行かれるか」


低い声で、ぼそぼそと聞いてくる。


「いや、結構だ」


「ならば、食事の膳を運んでまいろう」


板戸をまたガタガタと音を立てて閉め、女は去った。


鈴はためていた息を吐き出し、体から力を抜いた。


足が動かないということは、逃げようがない。


それなのに、このような納戸のごとき狭い板の間に押し込められ、世話は最低限。


どうやら屋敷の奥まった場所であろうから、外をうかがい知ることが出来ない。


暗く、漏れ入る光はかろうじて昼か夜かを知ることができるだけで、今何刻かはわからない。


鈴は置いてある椀の水を一口飲んだ。



足音を聞きつけてまた後ろの方へといざったが、次に板戸を開けたのは、鈴をここへと攫ってきた貞弘だった。


ずかずかと狭い部屋へと足を踏み入れ、鈴を見下ろした。


ニタリと口の端を上げるが、ちっとも笑っているように見えない。


目だけはギラギラと光り、小さな動物であればその目線で射殺せそうである。



「随分と、お元気そうですが、ここでのお暮しにご不便はありませんか」


「・・・ありませぬ」


「そうであろうな。

人質として厚遇しておりますからな。

・・・じきに夜でござる。

このわが屋敷にて宴が開かれる故、お鈴殿も来られるがよい」


「いえ、それには及びませぬ。

不作法者ゆえ、皆様のお目汚しとなりましょう。

この部屋にて静かに過ごさせていただきます」


「おお、そうであった。

そなたは毎日退屈であろうな。

ここに地図を持ってきた。ぜひともお鈴殿の知恵を拝借したいと思うてな」



広げられたのは、鈴の国許の、国境周辺地図である。


「さあ、どこの城から落そうか。街道からわかりやすく進む道と、山間の細い隠れ道を書き入れておいてもらえると助かるのだが」


「足も動かぬ、外にも出ない私にそのような地理が分かるとお思いですか。」


「わかるだろう。

そなたは賢い。

国を思うて隅々までよく知っておろう。

女子にしておくのがもったいないと誉れ高い佐渡川の三女。

足の腱を切られなければその知略と武芸を極め、女武者として名を馳せただろう。」


「買い被りでございます。

私は幼き頃より国の姫様のお付きも満足にこなせなかった役立たず。

失敗から足の腱は切られ、ただ息をしているだけの、生きるしかばねのような女子ですよ」


貞弘は高らかに笑うと、またニタリと口角を嫌味に上げて、鈴をじろりと見降ろした。



「まあ、道など、そなたには取るに足らないことでござるだろうな。

書きいれたくなくば、書かずともよい。

この屋敷に囚われているお葉がどうなろうと、これまた取るに足らぬことであろうからな」


「・・・卑怯な」


「卑怯?いいや。ちがうな。これもまた乱世といえような。

さて。宴に参るが、地図については明日の朝にも受け取りにくるとしよう」



貞弘は地図をそのままに、部屋を出て行った。


鈴は膝をぐっと握りこみ、この仕打ちにどう出るべきか考え続けた。



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