二十二
苦戦中。
お葉が嫁ぐ日が決まり、屋敷では慌ただしく準備が進んでいた。
お葉は感傷的になっていたが、夫となる長野家次男孝通が挨拶がてら何度か訪ねてくるうちに気持ちも定まったのか、今は自ら動くようになっていた。
孝通が、お葉殿が望むなら鈴殿を我が屋敷にお招きしましょうと言ってくれたのも効いたのやもしれない。
彼は鈴にもわざわざ会いに来て、お葉が姉と慕うなら私も姉君と思いますと朗らかに笑っていた。
次男の気安さだろうか。
明るく、よく笑う。
鈴は恐縮しながらも、居心地の悪さを感じた。
長野家当主は、大国寄りの考えで、しばしば強引に事を進める人物だ。
先だっての大乱でも大国からの援軍要請にいち早く反応し、立ち上がった。
戦上手と誉れ高い家である。
孝通の兄憲保のかぶる兜には鉄の板がはめ込まれていて、戦場では鉄鬼と恐れられている。
もしもこの国が乱れる事あらば、間違いなく火種は長野家であろうと、鈴は考えていた。
目の前の、お葉と孝通の柔らかな笑顔を見れば見るほど、不安が募った。
ーーー
お葉が嫁いで翌年の春、高丸が元服し「広次」と改められた。
今も続く剣の稽古は、鈴の部屋の小さな庭ではなく、裏で一番広い井戸側の砂場に移った。
毎朝の鍛錬を見る事はなくても、聞こえてくるその勇ましい掛け声で、彼の励む姿が目に映るようだった。
鈴殿、と掛けられる声も、何処と無く低くかすれ、少年だった面立ちも、精悍さが出てきた。
最近はこの国の世継ぎ、松千代の側仕えとして城に上がり、忙しい毎日のようだ。
暇をみては、鈴の部屋に挨拶に来るが、あの、生意気でわんぱくな振る舞いがなくなり、寂しさすら感じた。
おゆきが来たので読んでいた書を置いた。
お文です、と渡された小さな紙包みを受け取る。
送り主はお葉だった。
内容は、お鈴のご機嫌伺いと、また近々実家に寄ること、と、嫁ぎ先で付いた侍女が良い女子で安心したとのことだった。
にゃあー
いきなり子猫が鈴の膝に擦り寄り、コロンと転がった。
三毛の可愛らしい子猫だ。
一瞬、懐かしいロクの姿が彷彿としたが、何処から見ても別の猫だった。
何処から入ってきたのかとキョロキョロすると、広次が悪戯が成功したとばかり笑いながら部屋に入ってきた。
「子猫、姉上からです。」
お葉を訪ねて行った広次が、この子猫を預かって帰ってきたらしい。
『私がいなくなって、さぞ静かになったでしょうから、鈴お姉様が寂しくないように。』
そう書かれた文が、子猫の首に巻かれた飾り紐に縛られていた。
思い返せばお葉は、ここに来た頃も寂しくないようにと小鳥をくれた。
名前は何にしようか、と撫でてやる。
ゴロゴロ喉を鳴らして懐く子猫を抱き寄せ、お葉の幸せを心から願った。




