二十
暗いなあー鈴ちゃんがんばって。
何度か大乱があった。
だが、鈴の身の周りには何の変化もなかった。
日々が少しずつ季節を変えながら過ぎていくだけだった。
このように平和な日々が続くのはありがたいと思う。
だが、戦とは縁のない鈴でさえ、この平和が長続きしないだろうことを感じていた。
隣の大国は、かつて、この日の本で有数の強国であり、その気になればすべての小国を平らげ、天下を取ってもおかしくないほどの力をもっていた。
そのため、この国も、鈴の国も、周辺諸国は全てこの大国にはむかわなかった。
だが、この大いなる強国も、その北にあるもう一つの大きな勢力といつも競り合っていた隙に、他国に足元をすくわれたと見える。
気付けば国力は減退し、絶対的な主君を失い、戦法ももはや時代遅れとあっては、天下どころではなくなった。
競り合っていた北の国にその惨めな有様を憐れまれる始末である。
機を見る眼を養い、その機を逃さなかった他国の勢いたるやすさまじく、今は西へと目が向いているから良いものの、東へと目が向けられた日には、隣の大国は吹き飛ぶように滅ぼされ、さらにこの国も、鈴の国もすべて踏みつぶされるだろう。
そして、それはもう時間の問題でしかない。
近い将来、どの国に味方するかの選択を迫られる日がきっと来る。
その時こそが、この国と、鈴の国の運命の日だと鈴は考えていた。
鈴の部屋で共に書を読んでいたお葉がふと顔を上げた。
あの頃より、背が伸びた。
髪も美しく波打ち、横顔も幼さが抜けて、すっとしている。
「鈴お姉さまは、どこかに嫁がれる話はなかったのですか?」
鈴は思わず咳き込んだ。
「だって、鈴お姉さまは人質に選ばれるほどのお方でしょう?
こちらにいらっしゃる前に、どこか嫁ぎ先をお父上様がお決めになっていたのではありませんか?」
「いいえ」
「なぜでしょうか?」
「この足では、嫁いだ先でお役にたてませぬ」
「あ・・・」
お葉は、自分の無邪気で無神経な言動を恥じた。
鈴は幼い時分に足の腱を切られ、今もなお歩くことはできない。
たとえその容姿が可憐で、頭もよく、子を産む機能を失っていなかったとしても、やはり、婚家においては足手まといでしかない。
また鈴ほどの身分となれば、奥方が出張って行かなければならないことも多々ある。
戦となれば、武将の妻たる女は、とかくやらねばならない仕事が多い。
戦は、何も男のものではない。
女たちは、戦が終わるのを国で待っているときの家中の仕切り、戦が終わった後の采配、そしてもしも戦に負けた時には、子を連れ、逃げる算段をして、命をつなぐために手段を整えなければならない。
男が命を懸け、その力をふるっているとき、女は女で全く別の戦いをしているのだ。
それなのに、夫を支え、共に立ってゆかなければならない妻が歩けないとあっては、娶る意味がないだろう。
鈴は、お葉にほほ笑んだ。
「お葉様、嫁ぐ先が決まったのですね」
お葉は自分の目に涙が一気に溢れるのを感じた。
「おめでとうございます。
祝いの品を急いで考えなければいけませんね」
耐え切れず、お葉は自分の読んでいた書を投げ出し、鈴の膝にすがって泣き出した。
「鈴お姉さま!申し訳ありませぬ」
「なにを謝るのです?
それよりも、これから準備などお忙しいことでしょうから、ここへはもう来てはなりませんよ」
「いいえ、鈴お姉さま。
葉はいつもと同じようにこちらへ参ります」
ため息をついて、鈴は外を眺めた。
「お葉様は、私などとはちがいます。
どうぞこれからのことに重きを置いて、務めてくださいますよう」
「・・・お父上に、葉は鈴お姉さまと共に嫁いで参りたいと申し上げました。でもダメだと言われました」
ますますため息をついて、鈴はお葉を見た。
大人びてきたと思ったが、まだまだ幼子のような可愛らしいことを言う。
ぽろぽろとこぼれる涙を拭きもせず、なんと可愛らしい女子だろうと、鈴は思った。
きっと夫となる方に気に入られて、かわいがられるだろう。
何人でも、子どもに恵まれてほしい。
そして、この気の強さは武将の妻にふさわしく、きっと家を盛り立てていくことができるにちがいない。
ー私とは大違いだ。
鈴は自分の目も、熱くなり、涙を感じた。
「私など、連れて行ってなんとするのです?
そのようなお戯れはここだけにして、お葉様のそのお優しさは、夫となる方といつか生まれてくるお子様にすべて差し上げて下さいませ」
鈴は泣いているお葉の頭を撫でて、これまでこの娘にどれだけ慰められてきたかを思い出す。
寂しさも悲しさも、このお葉の無邪気さと明るさにどれだけ助けてもらったことか。
「あなたのことを、一生忘れませぬ。
だからあなたは前に進みなさい」
「葉は、鈴お姉さまと共に参りたかったのです!!」
『お鈴様と共に参ります』
鈴ははっと顔を上げた。
お葉の言葉と、弥勒の言葉が重なって聞こえた。
ーどちらも、私のもとにいてはならない。
私は機が来れば、死ぬのだから。
だから、生きてほしい人こそ、私のもとにいてはならないのだ。
鈴は、自分の膝にすがって泣いているお葉の背を撫でて、これからの幸せを祈り続けた。




