十九
弥勒です。
クロ、よく来たね。
あの国に商いの為に出向いた商人仲間が、春からの文を届けてくれた。
なつかしい春の字に、弥勒はなにやらこみ上げる気持ちに目頭が熱くなった。
ずっと気を張っていたからだろうか。
急に胸が熱くなり、寂しさを実感した。
思わず、文を胸に当て、その温かな『姉』の気持ちを受け取った。
井戸の傍に腰をおろし、文を開く。
内容は、弥勒が元気にしているか心配していること。
かの男と夫婦になり、お屋敷を下がったこと。
そして、『猫の主はお隣へ』という一文。
猫というのは、ロクの事だろう。
ロクの主は厳密には弥勒だが、言うならば鈴もそうといえる。
したがって、この猫の主は鈴の事。
お隣とは、隣国の同盟の事を言っているのだろう。
つまり、弥勒が旅立ってから、同盟が無事に成ったということと、鈴が人質として隣国へ入ったという事だ。
弥勒はその字を見て、じっと考えていた。
―――
歩くことのできない鈴は、慣れない土地での生活に困っていないだろうか。
預けられた場所でいやな目にあっていないだろうか。
夢にうなされていないだろうか。
また「足」代わりの者を雇っているのだろうか。
私が側にいないことを少しは不便に思ってくれているだろうか。
私がいたことを時には思い出してくれるだろうか。
気が張っていた時には気づかないふりをしていたが、鈴の元を去ってから後、鈴を思うと心配ばかりが胸に募る。
あの強い口調の主たる鈴ではなく、夢にうなされ不安げだった鈴がちらついてしかたがない。
小さな鈴。
華奢で軽い身体。
いつもまっすぐ物事を見るあの強い眼。
可愛らしい顔をして、じっとしていたらお人形のようなのに、鋭い洞察力に誰もが驚かされてばかりだった。
馬の扱いもなかなかのものだった。
笑うと、それこそ鈴が鳴るようなかわいらしい声で笑っていた。
いつまでも背負っていたかった。
どこまでも鈴が行きたいところへ連れて行ってあげたかった。
こんな自分の足で良ければ、いくらだって差し上げたのに。
いやだからこそ、今、自分はここにいて、自分のなすべきことをしなければならない。
鈴が鈴自身から自由になるために、その手伝いをしたいのだ。
だが、まだその「時」ではない。
まだ、やらなければならないこと、見なければならないことが、山積している。
もっと、力をつけなければ。
ドンっと背中になにかがぶつかった。
なんだかこんなことが前にもあったような・・・
「っっクロっ???」
懐かしいクロが、はっはっはっと嬉しそうに弥勒の周りをぐるぐる回った。
「どうやって・・・
あんな遠くからここまで・・・」
クロの頭を撫でていると、背後から、
「そりゃあ、私が連れてきたからでしょうねえ」
と懐かしい声がした。
そこに立っていたのは、春だった。