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十八

鈴さんです。



鈴は頑張り屋さんだなあ

鈴の人質生活は日に日に騒がしくなった。


まず堀川家の娘「おおよう」だ。


お葉が鈴の部屋に押しかけるのは、もはや毎日の日課になった。


鈴と仲良く遊ぶというよりは、鈴に心酔している様子のお葉に、初めこそは渋い顔をしていた堀川家当主とお葉の母も、最近ではそれを歓迎するようになった。


なぜなら、母や乳母の言うお小言にはそっぽを向いて知らん顔だが、鈴から聞くとすんなりと非を認める。


さらには悪かったところを直そうとする。


そんな姿勢には白旗を上げざるを得ない。


他にもまだある。


鈴は足が悪い分、書をよく読み、また字でも絵でも筆の扱いが上手いのだが、お葉は鈴のように読みたい、書きたいと励む姿には、父である堀川もうなった。


はては、お葉が読みたいという書を取り寄せたり、他家にお願いしてお借りしたりと大事になり、それを聞いた筆頭家老からは「いまどき珍しい教育熱心な家であるな」とお褒めの言葉までいただいた。


嬉しいような、腑に落ちないような、複雑な心境である。



また、お葉の弟「高丸」のこともある。


鈴の部屋に入り浸るお葉が気になり、高丸もなにかと構いにくるようになった。


質問ばかりする高丸に、国の話や兄の話に加え、ついぞ話すつもりのなかった弥勒の話を聞かせるうち、彼は「朝の務め」をたいそう気に入り、自分も早起きをして、朝駆けをすると言い出した。


湧き水がある場所はどこか、山の中腹あたりに祠はないかと聞きまわり、明日にでも行く気満々の高丸をどうやって止めたらよいか守役は困り果て、堀川に泣きついた。


まだ十にも満たない高丸に朝駆けなど無理な話だと、父堀川から強く止められた。


納得のいかないい高丸は、ならば早朝に剣術の修練をするという代替案に不承不承頷き、守り役はホッと胸をなでおろした。


だが、ことは鈴に降りかかってきた。


高丸は代替案である早朝の剣術修練を鈴の部屋の庭でやると言い張り、彼に火を付けた責任を取るということで、毎朝見届ける事となった。


おかげで鈴は、朝っぱらから大声で「鈴殿、始めるぞ!」と起こしに来るのをやめさせるために、高丸より早起きすることになり、守役とゆきはさらに早く起きねばならず、迷惑な話だ。


堀川は、子ども達の成長を喜ぶ反面、この人質を預かったばかりに今までになく悩まされ、妻と共に次は何を言いだすかと冷や冷やしていた。





高丸が修練をし始め何日か過ぎると、湧き水の代わりにと毎朝花を届けてくるようになった。


それは野の花で、日ごと違う花だか、可愛らしい心温まる贈り物だった。


鈴の胸に、静かで温かな思い出が次々と浮かぶ。


出来れば蓋をして、思い出さないようにしたかった。



弥勒が毎朝鈴に届ける湧き水、どんな時も静かに、そっとそばにいてくれた。


背負われたときの背中の温かさ、何かあれば駆けつけてくれるという安心感。


弥勒を思い出すと、自分が弱くなるようで、思い出したくなかった。





弥勒は天涯孤独だと聞いた。


断ることのできない状況で屋敷に召され、鈴の助けとなるよう言われた。


身分としたら、佐渡川の家臣でも下男でもなく、もしかしたら一人と数えられていないような扱いであったかもしれない。


それなのにいつでも、鈴に尽くし、寄り添い、無理を聞き、ときには優しく包み込むような温かな気持ちをくれた。




ーーあのように、大きな体で力もあり、頭も良く、人も良い立派な男が、1人で動けない小さな女子の世話など、誰がやりたいものか。


何もできない私などとは、生きる道が同じであっていいはずがない。




だから、鈴は、弥勒を「鍛える」ことにしたのだ。


いつか弥勒を解放してやれる日が来たら、弥勒の人生を返してやらなければならない。



だから・・・



毎日欠かさず山に走らせ、体作りを無理やりさせた。。


馬の世話をさせるよう父に頼み込んだ。


手綱を引いて歩くのと、手綱さばきで乗りこなせるのとでは雲泥の差になるからだ。


武具の扱いを覚えさせるために、兄のお付きに手入れの手伝いをさせてもらうよう頼んだ。


薪割りや山草摘みに、酒樽を運ぶ手伝いにも積極的に行かせた。


真面目で力持ちとくればなにかと仕事を頼まれるようになり、かわいがられていた。






いつでも鈴から離れて、どんな仕事にでもありつけるよう、鈴は弥勒を「育て」た。





そして、ついに、鈴が待っていた好機がきた。


この、鈴が人質になり国を出るという話しは、弥勒を公然と自由にする絶好の機会だった。





弥勒に寄りかかりたい。

弥勒に甘えたい。

不安な気持ちを預かって欲しい。

最期まで一緒にいて欲しい。


ひとつでも言葉にしたら、あの生真面目な忠義者の男は絶対に旅立たないだろうから、突き放した。



弥勒が最後に汲んできてくれた水は竹筒ではなく、椀に注がれていた。


泣きながら飲んだ。


そんな鈴を、春はいつまでも背を撫でて、ご無事を祈りましょうと繰り返したのだった。







ーーー


いつのまにか、肩に力が入っていた。


高丸が「鈴殿、いかがした?水をお持ちしましょうか?」

と聞いてくるのを断ると、彼はまた木刀を振り始めた。


高丸の置いていった野の花は握りすぎてしおれていた。


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