十七
弥勒の章
なかなか前に進みません
半年が過ぎた。
弥勒の背には背負子にたくさんの品が背負われていた。
本当なら馬に乗せて運ぶのが一番だが、今日の商いの相手はそれを許さなかった。
相手というのは、今、巨大な城を築くために小高い丘の上に幕を張り、自ら陣頭指揮をとっている。
この丘に上がるには、細かな縄張りをくぐり、でこぼこ道を進むしかない。
また資材を運ぶ馬の邪魔になるといわれ、馬を諦め、人力で運ぶことになった。
今日運んできた品は、火縄銃だ。
重くて長いため、何梃も運ぶとなると、背が高く、力持ちの弥勒ぐらいしか持ち運べない。
同じく、火薬や火縄も主は扱いに手慣れた者にしか運ばせない。
総じてそれがかなう者は弥勒しかおらず、運ぶことになった。
幕の外側で、待ってどのぐらい経っただろうか。
呼ばれるのをじっと待っていたが、馬の蹄の音が近づくのを聞いて、はっと顔を上げた。
黒く、鼻息も荒い、大きな馬がこちらをぎらりと睨む。
その馬上の方は、手綱を短く持ち、悠々と見下ろしている。
逆光でもニヤリと笑うのが見てとれた。
慌てて畏まり、頭を下げた。
「今井はどうした?」
「は、寝込んでおります。」
「病か?」
「いえ、あの、はじめはご自分で運ぶと言われ、荷を背負ったのは良かったのですが、立ち上がる時に腰を痛め、動けなくなりまして。
わたくしが代わりに運ぶことになりました。」
「お前、一人か」
「は、」
「ふうん。まあよい。
全てあの幕の内に並べよ。
すぐに見る」
馬上からヒラリと降りる。
サッサと幕の内に入る。
どかっと腰を下ろす。
何も言われないが、急かされていることはわかる。
急ぎ荷を解き、品を運び入れた。
ーーー
鈴の元から、西へと進路を定めた弥勒は、まず、懐かしい和尚を訪ねた。
よう訪ねてくれた、と、ホロホロ泣く和尚は、記憶よりも年をとったように見える。
これまであったことと、これからどうするかを話すと、和尚は深く深く頷いて、一筆文をしたためた。
ーーその文を持って、ある商人を訪ねよ。昔懐かしい友だから、悪いようにはしないだろう。
和尚の文を大事に抱きしめて、弥勒は深く感謝した。
夜、風呂を焚き、懐かしい和尚の背を流した。
老いた背を、宝物のように大切に拭った。
無性に泣けてくるが、それは和尚もおなじだった。
どうかいつまでもお達者でと、何度も言い、名残惜しくも、旅立った。
和尚は夜明けの道を行く弥勒をずっと見送って、合掌した。
どうか、無事であれ。
何度も呟いた。
西へと遥かな道を歩き、いくつかの国を過ぎ、時々小競り合いをしている場を見、巻き込まれそうになるのを避けながら、ついに目的の商人の元にたどり着いた。
商人は茅野という。
和尚の文を読み、深く頷いて弥勒を弟子として置いてくれることになった。
和尚とは若い頃によく悪さをしたもんだ、と、豪快に笑った。
茅野の商いは、主に茶道具や小物を取り扱うが、頼まれれば火縄銃や火薬や武具も扱う。
大口になると、ここの仲間で今井という男が一手に引き受けている。
弥勒は体が大きく力も強いことで重宝された。
なぜなら、馬を出さずともかなりの量の荷を運べるからだ。
また、追い剥ぎにとっては、弥勒は襲いにくいとみえて、茅野は安心して使いによく出すようになった。
すると、他の商人仲間たちから、なにかと弥勒を使いに貸して欲しいと引っ張りだこになった。
おかげで、他の弟子たちに比べると、格段にはやく商売を覚えていった。
月日は瞬く間に流れていった。
ーーー
「して、この銃は。」
「は、南蛮のものを改良し、作った新型にございます」
「打てるか」
「は、今すぐに」
手慣れた手順で火縄銃の下準備を済ませ、火をつける直前で手渡した。
構え、火をつける。
狙いを定めて、打つ。
轟音があたりに響きわたり、鳥が飛び立ち、驚いた馬が嘶いた。
「気に入った」
「は、ありがたき幸せ」
「お前、手捌きが素早く、扱いが上手いな。」
「は、商いするには扱いをお見せせねばならず、手順には慣れましたが、的には全く当たりませぬ」
「間抜けた話だな。
だが気に入った。
また品を見せに来い。
お前を通すよう申しつけておく」
そうして、話は終わったとばかり、さっさと幕の外へて進み、馬に乗ると早々と去って行った。
弥勒は唖然としながらも、次にやってきた家臣に話をつけて、帰路に着いた。
大口の注文に、今井と茅野は小躍りしたが、火縄銃を大量に買い占めるということは、戦の準備に他ならないということに、弥勒は今更ながら震えた。
国許がいかにのどかだったかを思い知る。
だが、世の中は動いている。
いずれ、あの優しい時が流れる国にも、戦の足音が間違いなく響くだろう。
鈴が予想していたように。
いや、今ならば、鈴に話を聞いたときよりも、もっと現実味を加えて予想できる。
その未来に焦る気持ちを、日々の槍の鍛錬で紛らわしながら、着々と力を蓄える。
そんなふうに過ごしているある日、春から文が届いた。