表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/61

十七

弥勒の章



なかなか前に進みません

半年が過ぎた。



弥勒の背には背負子にたくさんの品が背負われていた。


本当なら馬に乗せて運ぶのが一番だが、今日の商いの相手はそれを許さなかった。


相手というのは、今、巨大な城を築くために小高い丘の上に幕を張り、自ら陣頭指揮をとっている。


この丘に上がるには、細かな縄張りをくぐり、でこぼこ道を進むしかない。


また資材を運ぶ馬の邪魔になるといわれ、馬を諦め、人力で運ぶことになった。


今日運んできた品は、火縄銃だ。


重くて長いため、何梃も運ぶとなると、背が高く、力持ちの弥勒ぐらいしか持ち運べない。


同じく、火薬や火縄もあるじは扱いに手慣れた者にしか運ばせない。


総じてそれがかなう者は弥勒しかおらず、運ぶことになった。





幕の外側で、待ってどのぐらい経っただろうか。


呼ばれるのをじっと待っていたが、馬の蹄の音が近づくのを聞いて、はっと顔を上げた。



黒く、鼻息も荒い、大きな馬がこちらをぎらりと睨む。

その馬上の方は、手綱を短く持ち、悠々と見下ろしている。


逆光でもニヤリと笑うのが見てとれた。


慌てて畏まり、頭を下げた。




「今井はどうした?」


「は、寝込んでおります。」


「病か?」


「いえ、あの、はじめはご自分で運ぶと言われ、荷を背負ったのは良かったのですが、立ち上がる時に腰を痛め、動けなくなりまして。

わたくしが代わりに運ぶことになりました。」


「お前、一人か」


「は、」


「ふうん。まあよい。

全てあの幕の内に並べよ。

すぐに見る」


馬上からヒラリと降りる。

サッサと幕の内に入る。

どかっと腰を下ろす。


何も言われないが、急かされていることはわかる。

急ぎ荷を解き、品を運び入れた。






ーーー


鈴の元から、西へと進路を定めた弥勒は、まず、懐かしい和尚を訪ねた。


よう訪ねてくれた、と、ホロホロ泣く和尚は、記憶よりも年をとったように見える。


これまであったことと、これからどうするかを話すと、和尚は深く深く頷いて、一筆文をしたためた。


ーーその文を持って、ある商人を訪ねよ。昔懐かしい友だから、悪いようにはしないだろう。



和尚の文を大事に抱きしめて、弥勒は深く感謝した。



夜、風呂を焚き、懐かしい和尚の背を流した。


老いた背を、宝物のように大切に拭った。


無性に泣けてくるが、それは和尚もおなじだった。




どうかいつまでもお達者でと、何度も言い、名残惜しくも、旅立った。


和尚は夜明けの道を行く弥勒をずっと見送って、合掌した。


どうか、無事であれ。


何度も呟いた。






西へと遥かな道を歩き、いくつかの国を過ぎ、時々小競り合いをしている場を見、巻き込まれそうになるのを避けながら、ついに目的の商人の元にたどり着いた。


商人は茅野という。


和尚の文を読み、深く頷いて弥勒を弟子として置いてくれることになった。


和尚とは若い頃によく悪さをしたもんだ、と、豪快に笑った。



茅野の商いは、主に茶道具や小物を取り扱うが、頼まれれば火縄銃や火薬や武具も扱う。


大口になると、ここの仲間で今井という男が一手に引き受けている。



弥勒は体が大きく力も強いことで重宝された。


なぜなら、馬を出さずともかなりの量の荷を運べるからだ。

また、追い剥ぎにとっては、弥勒は襲いにくいとみえて、茅野は安心して使いによく出すようになった。


すると、他の商人仲間たちから、なにかと弥勒を使いに貸して欲しいと引っ張りだこになった。


おかげで、他の弟子たちに比べると、格段にはやく商売を覚えていった。




月日は瞬く間に流れていった。




ーーー




「して、この銃は。」


「は、南蛮のものを改良し、作った新型にございます」


「打てるか」


「は、今すぐに」



手慣れた手順で火縄銃の下準備を済ませ、火をつける直前で手渡した。



構え、火をつける。


狙いを定めて、打つ。




轟音があたりに響きわたり、鳥が飛び立ち、驚いた馬が嘶いた。




「気に入った」


「は、ありがたき幸せ」


「お前、手捌きが素早く、扱いが上手いな。」


「は、商いするには扱いをお見せせねばならず、手順には慣れましたが、的には全く当たりませぬ」


「間抜けた話だな。

だが気に入った。

また品を見せに来い。

お前を通すよう申しつけておく」



そうして、話は終わったとばかり、さっさと幕の外へて進み、馬に乗ると早々と去って行った。



弥勒は唖然としながらも、次にやってきた家臣に話をつけて、帰路に着いた。





大口の注文に、今井と茅野は小躍りしたが、火縄銃を大量に買い占めるということは、戦の準備に他ならないということに、弥勒は今更ながら震えた。



国許がいかにのどかだったかを思い知る。


だが、世の中は動いている。


いずれ、あの優しい時が流れる国にも、戦の足音が間違いなく響くだろう。


鈴が予想していたように。


いや、今ならば、鈴に話を聞いたときよりも、もっと現実味を加えて予想できる。




その未来に焦る気持ちを、日々の槍の鍛錬で紛らわしながら、着々と力を蓄える。


そんなふうに過ごしているある日、春から文が届いた。















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ