十五
西国には商い上手な商売人が多い。
こんな小さな国にまでやってきては、見たこともないような珍しい物、美しく細かな細工の装飾品から、武具の類まで、多岐にわたる品々を運び込む。
もちろん、物だけではない。
あちこちへと行くだけあり、持って来る情報は貴重かつ重要である。
佐渡川の屋敷にきた商人は毎年来ている者で、此度は南蛮渡来の火縄銃や、より質の良い火薬、茶道具などを見せにきていた。
買い求めた物は、この国には似合わないような物々しい物だったが、使うときがあるやもしれないと用心を持ってのことだった。
ーーー
弥勒は旅支度をしていた。
わらじを編みながら、春を連れて出て行き、百姓になるよう言われたことをずっと考えていた。
だが、その道を取ることはないだろう。
ここへ来るときにもらったわらじは、とっくに弥勒の足には小さくなり履けない。
あの頃はうまく作れなかったわらじを、今では自分で作る。
何足か編み上がり、手を止めた。
手ぬぐいで汗を拭き、ふと部屋の隅を見ると、小さな握り飯が置いてある。
静かに来て、そっと置いていったのだろう。
こんなことをするのは、たいてい春だ。
春は弥勒より3つ年上で、鈴の侍女をしている。
気の強い、その上腕も立つ。
それでいて細かな心配りのできるなかなかの女子だ。
弥勒がここへ来たころはなにかと気遣ってくれ、困ったことがあるとよく相談にのってもらった。
今では鈴への忠心を共にする大切な仲間である。
その春を連れて行けとは、鈴は何を考えているのか。
まさか夫婦になれと言うことかと首をかしげるが、春には夫婦の約束をしている男がいるのは皆知っているため、その案を除外する。
考えてもわからずじまいのため、考えるのをやめることにした。
鈴はあれから、朝の湧き水を持っていっても目通りを許さず、顔を見ないままだ。
好きにしろということだろう。
だから、旅立つための準備を始めたのだ。
ーーー
何日かが過ぎた。
夜明け、弥勒は街道の脇に立っていた。
取引を終え、西国へと帰る商人たちが来るのを認めると、弥勒は彼らからすこし離れた後を歩き出した。
荷物は少ない。
身の回りの物と、丹塗りの長槍。
竹筒はいつも湧き水を汲んで入れていた物だ。
今朝、いつもより早くに起きた。
最後の朝の務めを果たして、水を持って行くと、鈴の部屋の前で春が待っていた。
椀に水を入れ、渡す。
春は泣いていた。
ああ、別れを惜しんでくれている。
姉のような、温かな家族愛をくれた人だ。
熱くなった目頭を押さえ、
「お鈴様をお願いいたします」
とだけ言った。
「弥勒殿、どうかご無事で。」
春は薬の入った小袋と握り飯の包みを渡し、頭を下げた。
弥勒は鈴の部屋の方に頭を深く下げ、屋敷を後にした。
今までになく自由な身の上に、ちょうど朝の日の光が差してきて、歩みに力が入る。
どこへ行くも自由だ。
自由だが、この旅には理由がある。
自分が成さねばならないことを自分で決めて歩き出したのだ。
彼の地は遠い西の果て。
さあ一歩目を踏み出した。
弥勒の足取りは力強く、目には光が宿っていた。