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十二

たまには鈴はいかがでしょうか。


ロクは、寺で生まれた猫で、6番目に出てきたから六

で、ロクです。

チビだったロクは、ほかの兄弟に意地悪されるため、絶対安全な弥勒の肩の上が定位置。


クロは黒犬だから黒→クロ。

クロも寺に勝手に居着いた犬の子ども。

ほかにもマダラ模様のダラと、茶色のはドロ。


弥勒には名付けのセンスは欠片もありません(笑)

「いやだ。痛い。助けて」


久しぶりに悪夢にうなされた鈴は、自分の叫び声で目が覚めた。

ハアハアと荒い息をなんとか整えながら起き上がる。


もうとっくに癒えている足の傷がじくじくと痛み、涙がじわじわと溢れて、嗚咽をこらえきれない。


「だれか」


誰も来ない。


鈴の心の中に、すうっと冷たい風が吹き抜けた。


「誰か・・・弥勒っ」


弥勒を呼んでも、離れた長屋にいるため、聞こえはしない。

わかっている。

わかっているが、呼ばずにはいられなかった。


暗闇の中、ぎゅっと目をつぶり、布団の中で縮こまった。


夜の重い闇から隠れるように。



ーーー



鈴はあのことがあってから、ずっと悪夢に悩まされてきた。


毎晩よく眠れないため、いつも目の下に黒々と隈ができ、顔色が悪かった。


母親がいれば一緒に眠ってもらったのだろうが、母は姫の世話で屋敷にはいない。


鈴の毎日は睡眠不足と恐怖と不安に彩られて過ぎていった。




そんな日々が、弥勒が来てからというもの、鈴の生活がすっかりと明るいものにとってかわった。


始めの頃は、ロクが毎晩布団に潜り込んできて、その背を撫でているうちに眠くなり、温かな体温に安心感をもらった。


ときどき夜中に目が覚めることもあったが、そんな時はロクが金色に光る眼でじぃっと見つめてくる。


普通なら不気味な気持ちになるが、鈴は、

「ああ、一人ではないのだ」

と安心できた。


そのおかげで少しずつ悪夢にうなされる事が減り、よく眠れるようになった。


朝はといえば、弥勒が山の祠から帰ってきて、垣根の留め金を外す音で目が覚める。


起き上って素早く着替え、弥勒の汲んできた清水を飲む。


毎朝の日課を弥勒に課したのと同時に、鈴にも日課が出来た。


弥勒が来てから3か月もすると、悪夢は全く見なくなった。





忘れたと言ってもよいほど、鈴の生活からあのことは薄れ、他に考える事やる事が増え楽しい日々を送れるようになったというのに、なぜ夢を見たのか。



鈴の背中に冷たい汗が流れた。






その時。





「お鈴様、お呼びでしょうか?」



ふいに弥勒の声が庭先から聞こえてきた。


がばっと布団から跳ね起きた。



「お鈴様、お水をお持ちしましょうか?」




弥勒の声。




空耳でなかったことを実感し、鈴は側にある着物を上に羽織り、ずずっといざりながら板戸までたどり着き、戸を開けた。


すると、一緒に寝ていたはずのロクが外から入ってきて、鈴の膝にすり寄った。



「弥勒、なぜ?」


「ロクが知らせに来ました。」


「そうか・・・起こして悪かった。

ロク、お手柄じゃ。

なにか褒美をやらねばな。」


涙を拭きながら、明るく答えた。



いつもなら、弥勒はうつむいて、身分が上である鈴をじっと見たりはしない。


だが、今日は鈴の目をじっと見て、しばらくして、ほのかにほほ笑んだ。



「お鈴様 お手を」


「?」


手を伸ばすと、一瞬ののちに弥勒の方へ引き寄せられて、あっという間に背負われた。



「まもなく夜明けです。

良いものをご覧に入れます。」




鈴は弥勒の大きな背中に全て預けて、そっと肩に顔を寄せた。


ーー温かい。



目を開けると、先導するクロが、早く早くと尾を振り、飛び跳ねるようにして走っていた。


弥勒が「寒くありませんか?」と聞いた。

その声と、温かな背中、鈴は安心しきっていた。



弥勒は厩までくると、その端にある櫓の一つに上って鈴を下した。


ちょうど、日が昇ってきた。


「美しい眺めだな」


「はい」




夜明けのやさしい日の光が二人を照らした。



弥勒の頬にひっかき傷があった。

鈴がその頬に指を滑らせると、弥勒は照れたように笑った。


「ロクにやられました。私を起こすためにてっとり早く引っ掻いたようです」


「これは、日の出よりも良いものを見た。いい男が台無しだな。」


クスクスと鈴の笑い声が朝の空気に響いた。


「では、なおのこと、ロクに褒美をやらねばな。」



鈴の顔色がよくなった。

それを認めて、部屋へともどり、鈴を下すと、


「それでは、行ってまいります」


と、弥勒はいつもの日課をこなすため、走って行った。


鈴は、朝の清涼な空気を胸いっぱい吸って、ロクを呼んだ。


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