十一
そうだ。
デートに行こう。
と急に思い立ちました。
1年が飛ぶように過ぎた。
弥勒の朝は相変わらず祠への朝駆けから始まる。
足はだいぶ速くなり、体力もついた。
行き帰りの時間は短縮され、山も軽く駆け上がっていけるほどだ。
馬も、今では一人で手綱を取るのも、鈴を乗せて鈴の指示通りに操るのにも自信がついた。
佐渡川が乗る馬の足慣らしも担うようになった。
毎日の鍛錬たるや成長著しい。
弥勒はただ体の大きな男はなく、体格良く逞しい男へとなっていた。
秋の昼下がり、鈴は突然、祠へ連れて行くよう頼んだ。
背負子のすこし大きく丈夫なものを作ってあったので、それに鈴を乗せ、背負って歩く。
「視界が高い」
「弥勒は山のような男だな」
久しぶりに屋敷から離れ、鈴は機嫌がいい。
気前よく歌ったり、途中途中の野の花を摘ませては
「そなたには花は似合わぬな」
と笑って言いたい放題だ。
だが、弥勒はそれが嬉しかった。
屋敷では、鈴は周りの者に気遣われ、動きもままならぬため、なかなか気晴らし出来ない。
だが、こうやって外の空気を吸い、好きなように過ごす時を、自分が与えているのだと思うと、鈴ののぞむままどこへでも背負って行こうと思える。
鈴はくすくすと笑いながら、山を指さし、
「私を背負って、登れるか?」
と弥勒を煽った。
「はい。」
と、弥勒もそれに応じた。
祠までの山道、鈴の指示以外では一度も立ち止まらず、歩き、登り切った。
「褒美じゃ」といい、山の清水を弥勒に先に飲ませた。
弥勒にとって祠の清水は、祠に供え、鈴に持ち帰る恐れ多いものであり、いつもは竹筒に入れて仕舞いだ。
だが、この流れる清水に手を付け、そのまま口をつけると、驚くほど冷たいことを知った。
有り難い山の水を一口飲むと、すぐに竹筒に入れ、背中の鈴に渡した。
「良い景色じゃな」
「はい。」
「稲穂が輝いている」
「はい。」
「『はい』しか言わぬな」
「・・・はい。」
祠へのお参りを済ませ、弥勒は鈴を背負い、見晴らしの櫓の梯子を上った。
毎朝、景色を楽しむというよりは、「見張り」の役割の方に重きを置いているため、このようにじっくりと、のんびりと里の景色を楽しむのはまた格別だった。
「また連れて来てくれるか?」
「はい。」
「では、今度来たときは頂上まで登れるか?」
「・・・なんとか」
「『はい』ではない言葉をついに言わせてやった」
鈴は上機嫌で弥勒に手を伸ばした。
弥勒は鈴を背負い、慎重に梯子を下りた。
背負子にまた鈴を乗せ、帰路につく。
稲穂を撫でる秋風が、二人を包み、そよいでいった。