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中村東吾が舞い戻ってきた古巣――藤森学園は、初等部、前期・後期中等部、高等部までの施設が一つの広大な敷地に収まる全国的に見ても珍しい学校である。その中でもひときわ目を引くのが、学園の中心にそびえたつ巨大な図書館だ。地上八階、地下四階にも及ぶこの本の城は、藤森学園のシンボルとも言われる。当然蔵書も多く、可愛らしい絵付きの児童書から高等部の学生が扱うような学術論文まで、閉架も合わせればその数は街の図書館の比ではない。見るものが見れば宝の山だろう。
中村東吾もまたその宝の山に魅せられた人間の一人で、初等部の頃から足しげくこの図書館へと通い詰めていた。ただ、その目的が読書――というわけではないのが、中村東吾少年の少々ひねくれた部分であったが……。
日曜日の正午過ぎ、涼子の家に引っ越してきた翌日、東吾は久方ぶりに藤森の敷地に足を踏み入れていた。明日からは出戻りの転校生。その編入手続きというわけだ。
とはいえ、手続き自体はそう手間取ることもない。職員の指示に従っていれば、半時間もかからない内に編入手続きはつつがなく終了した。おかげで、思っていたよりもずっと早く東吾は藤森の図書館へ足を向けることができた。
決めていたことだった。戻ってきたら、必ずまたここへ来ると。
図書館の入り口をくぐると、特有の紙とインクの匂いが東吾を出迎えた。正面に受付カウンター。左手に昇降用のエレベーターが二機備えられ、右手には無数の本棚が整然と並んでいる。通いなれた光景がそこには広がっていて、東吾はなんとなく気恥ずかしいような、くすぐったいような心持で、本の森へと歩を進めた。道順ははっきりと覚えている。
受付カウンターを右に折れて真っ直ぐ。通路の右側に現れる背の低い本棚たちの群れに突入して少し行く。すると、外界を映し出す大きな窓に突き当たる。そして、外の喧噪を眺めながらその窓沿いをさらに歩くと、図書館を支える大きな柱にぶち当たる。人通りは皆無。誰も寄り付かないこの柱が目印だ。その柱にぴったりと隣接して、そいつは立ちはだかっていた。ブラウンの光沢を放つ木製の肌と、その巨躯に立てかけられた立派な梯子――その本棚は、、三年前から鈍らぬ威厳を纏っているように思えた。
「ただいま……」
見上げて、呟く。ここは謂わば、中村東吾の原点だ。窓側から差し込む光が宙を漂う微細なチリをキラキラと輝かせている。
その光の中、東吾はゆっくりとブラウンの本棚に歩み寄った。柱側の最下段。日当たりの良過ぎるその場所は、本にとってはさぞや住みにくいのだろう。この巨大な図書館にありながら、そこだけがぽっかりと本を蓄えることを放棄していた。
東吾はその場所に膝をついて、持っていた鞄の口を開く。
涼子から聞いてはいたが、確かに以前まで置いていたものは閉架送りにされてしまったようである。が、そのようなことは東吾にとって関係のないことだった。
東吾がこれを置くのは、別に自身の本を保管するためではないのだ。この本棚自身が、それを望んでいるように思えるから。ただそれだけの理由なのだ。本棚はやはり、ぴったり詰まっている方が嬉しそうに見えるから。
鞄から純白の本を次々と取り出し、東吾はその空間へと本を収めていく。東吾の力で本となった、中村東吾の物語たちをである。次々と、次々と。三年前までの自分がこの本棚にそうしてきたように、彼は三年間の田舎暮らしで書き溜めた小説たちを次々と、同じくこの本棚へと捧げていった。