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2014年/短編まとめ

ペリドット

作者: 文崎 美生

はい、と差し出されたクレープを両手で受け取りお礼を言う。


まだあったかくて生クリームと苺の甘くて、ちょっと酸味のある匂いが鼻をつつく。


齧り付けば口いっぱいに甘み成分が広がる。


「んでー、何があった訳」


口の端についた生クリームを舐め取りながら、こちらに視線を向ける幼馴染み。


涼しげな切れ長の瞳が向けられて、ジクジクと先程までの記憶が蘇り不快感が溢れ出す。


それを飲み込もうとクレープに齧り付いて飲み下す。


ごくん、と喉が上下した後に手元を眺めながら先程あったことを話した。


ママとパパが離婚するかもしれない、結論から告げると幼馴染みがむせた。


横でゲホゲホとむせている幼馴染みの背中を撫でながら、パパが記念日の日を忘れていたことを話すと「まさか、そんなことで?」と頬を引き攣らせる。


まぁ、そんなことでだ。


パパは完全に尻に敷かれるタイプでママは完全に尻に敷くタイプだから。


結婚もパパが必死に頼み込んで、ママがいい加減に面倒くさくなり折れたとか言う話だ。


結婚ってそんなもんでいいのだろうか。


でも二人が仲良さそうにしてるのは嫌いじゃないし、パパがママに対して未だデレデレなのも見てて楽しい。


……それで本題に戻るとパパが結婚記念日を忘れてしまって、ママとの約束を守れなかったのだ。


ママは約束とかを守らないと凄く怒る。


それはもう、殺されるんじゃないかと思うくらいに。


毎年結婚記念日には花束をプレゼントする約束をしていた二人。


でもパパはそれを忘れてしまった。


約束を守れなかったということでママは怒り

、ならば離婚だと言い出したのだ。


「アンタのママさんは相変わらずね」


幼馴染みの日葵ヒマリのお母さんと私のママも幼馴染みで、昔から知っている仲だからね。


私も日葵に合わせて苦笑する。


もくもく、とクレープ頬張る日葵はクレープの包み紙を丸めた。


そして私の手からもゴミを奪い丸める。


「アンタが間に入って仲裁する?」


口の端を釣り上げて私を見る日葵。


絶対無理、と苦笑して手をひらひらと体の前で振る。


ママが怖いのは私もなんだから。


まぁ、今日は休日で何だか重い空気の家にいるのも嫌なので幼馴染みを誘い、こうして外に出てきたわけなのだが。


さて、どうしたものかな。


ゴミ箱にクレープの包み紙を投げる日葵を眺めていると、女の人に声をかけられた。


「すいません」


切れ長の瞳は綺麗な深い黒で一瞬で目を奪われた。


色白で髪も目も真っ黒…お人形みたいなパニエを着てどこか人間離れしている。


「道をお尋ねしたいのですが」


にっこり、綺麗に笑う女の人に駅までの道を尋ねられる。


駅までなら…と答えると女の人は白い手をパンッと打った。


「ありがとうございます」


ほのかに香る香水の匂いにクラっとした。


同性でも魅力的に映る事ってなかなかないよな、なんて考えてしまう。


するり、とについて首に手を回され体を硬直させる。


キリキリきりきりと胃が絞られる感覚。


緊張感というストレスから来るものだ。


家にいる時にもあの重い空気のせいでなっていた。


「大丈夫、ペリドットは夫婦の幸福が象徴だから」


優しく私の背中を数回叩いた女の人はゆっくりと距離を置く。


何の話をしているのだろう、と首を傾げる私を笑い何かを差し出す。


反射的にそれを受け取ってしまった私の手の中にある小さな石。


パワーストーンか何かだろうか。


「きっと、大丈夫」


もう一度笑った女の人はお礼を言って立ち去る。


大丈夫?


キリキリとまだ少し痛む胃を撫でながら、石を見つめる。


「どうしたん?」


戻って来た日葵が不思議そうな顔をして私を見た。


どうしたって、私が聞きたいくらいなのだが…。


ぼんやりと女の人が去っていった方向に目をやる。


キリキリと痛んでいた胃も楽になり、ホッと息をつけば日葵が「で、どうする?」と問いかけてくる。


どうする、とはこれからのことだろう。


主にママとパパのこと。


帰らないとそれはそれで面倒そうなので、日葵に着いて来てもらうことにした。


部屋で遊ぶとか言えば問題ないはず。


何て、甘い考えだったと思い知らされるのは家の鍵を開けた瞬間だった。


パパの本気で謝る声とママから出ているのであろう禍々しいオーラ。


玄関先に立ったままの日葵が「帰っていい?」というので腕をしっかり絡めておく。


ここで逃がすわけには行かないと思う。


「約束は約束ですから」


ピシャリ、ママと手厳しい声がする。


玄関から先に入っていくのが恐ろしくなる。


音を立てないようにゆっくり静かに靴を脱ぎ、忍び足でリビングを覗き込む。


「因みに、ソラの親権は私が貰います」


そこまで話が進んでるの?!と驚く日葵。


いや、そんな話が進んでるなんて初めて知りましたよ。


流石に私もリビングに入り「何それ?!」と突っ込む。


するとママとパパの目が私の方へ動く。


ママが「おかえり」なんて笑うが何か黒いオーラをまとっていて怖い。


と言うかこの人本気で離婚しようとしてる。


ママってこういう時に融通が利かなくて面倒くさい。


日葵が気まずそうにしている。


「よし、わかった。じゃあ、私はしばらく日葵の家の子になる」


さぁ、行こう、と日葵の背中を押してリビングから出ようとする。


それを焦った様子で止めるのはパパ。


何を言ってるんだ、とかどうしたんだ、とか言ってるけど私からしたら、アンタら二人のが何言ってんだだよ、どうしたんだだよ。


私はパパに今まで向けたことのないような、冷ややかなママによく似た瞳を向ける。


パパは頬の筋肉を引きつらせた。


ママも驚いたように目を見開いていた。


「そんなに離婚したきゃすればいいじゃない!約束忘れるパパも最低だし、たった一度の失敗でネチネチしてるママも最悪!!」


そう二人を怒鳴りつけて日葵とリビングを出て、階段を駆け上がり私の部屋に滑り込む。


バタァンッと大きな音を立てて閉まる扉。


扉に背をあずけその場に座り込む私を見て、日葵がどうしたものかと息をつく。


ポケットから出した石を見て、手のひらでコロコロと転がす。


夫婦の幸福、それは離婚することですか。


バタバタと忙しない足音が聞こえる。


私と日葵が顔を見合わせると部屋の外からママとパパの声がした。


「空ー、ごめんなさい。怒らないで」


ママの気落ちした悲しそうな声。


「離婚なんてしないよ、だから、出ておいで」


パパの心底困ったような焦り声。


それを聞いて日葵がクスクス笑う。


そして私の瞳をしっかりと見つめて「この家の最強はアンタね」なんて言う。


私は日葵の目を見つめて笑った。


そしてゆっくりと扉を開いて、二人が仲直り出来るように口利きをすることにした。

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