第九話
俺は何時間くらいその場にしゃがみ込んでいたのだろう。俺は夕紀に声をかけられて正気に戻った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「夕紀……夕紀っ」
俺は何が何だか判らずに夕紀を強く抱きしめた。急に夕紀が遠くに行きそうな気分になったから……
「お兄ちゃん、痛いよぉ……」
「ずぅ〜っと一緒だからな……俺の側からいなくならないでくれ……」
「何を言ってるのぉ? お兄ちゃんの方が甘えんぼさんだねぇ〜もしかして何かあったのかなぁ? 夕紀に相談してみなよぉ〜」
俺は夕紀に先程のやり取りを全て話した。夕紀に隠し事はしたくなかったからだ。
「鼎ちゃんが……そんな事を。で、それで夕紀に抱きつくの?」
「俺は鼎ちゃんを拒む事が出来なかったんだ。そしたら何だか急に夕紀がどこかへ行ってしまう気がしたから、それで……よく判らないけどお前の事を感じていたかったんだ……」
「ふぅ〜ん……」
俺は取り合えず夕紀をベッドの上に運び、俺も夕紀の横に腰掛けた。
「えぇ〜もうヤダよぉ〜充分寝たんだから遊びたいよぉ〜」
「熱下がって無いんだから……」
「ダァ〜メ夕紀は遊びたいのぉ〜」
「良い加減にしろよぉ〜……まだ熱が下がって無いのに遊べません」
「えへへ、何だかお父さんみたい……」
「そうかぁ〜?」
「でも遊びたいよぉ〜」
「熱が下がったらいくらでも遊んでやるよ……」
「むぅ〜」
「膨れたってダメな物はダメだ」
「えぇ〜ダメなのぉ?」
「ダメ、良い子だからちゃんと寝てな……」
俺は夕紀の額にキスをした。
「むぅ〜今回はそんなんじゃ寝ないもんっ」
「じゃあ、どうしたら寝てくれるかな?」
「鼎ちゃんともしたんでしょ……? 同じ事してくれなきゃダメ……」
「ん〜……それは少しマズいと思うけど……」
「鼎ちゃんには出来て夕紀には出来ないの?」
「俺の理性が持たないと思う……」
「良いから〜っ!」
コイツは全く人の話を理解していないな……ま、良いって言うなら……
俺は夕紀の唇にキスをした。
「何だか普通だね……」
「そっか? そう言うわりには顔とか真っ赤じゃん……」
「こ、これは熱だからだよぉ〜」
「じゃあ早く寝ろ……で、元気になったらまた一緒に学校行こうや」
「えぇ〜病気治したく無いよぉ……」
「まだそんな事を言ってるのかよ……俺を心配させないでくれよ」
「ヤダ……」
「頼むから……」
俺は少し目眩がした。そう言えば最近は一睡もしてなかったな……
「大丈夫? 夕紀よりお兄ちゃんの方が重症なんじゃないの?」
「俺は大丈夫だ……」
「そうだ、じゃあ……お兄ちゃんが寝るなら夕紀も寝るっ!」
「そっか……じゃあお言葉に甘えて俺も寝るとしようかな……」
俺は夕紀の背中に手を回してゆっくりと寝かせた。
「んもぅ……一人で寝れるよぉ〜」
「はいはい、病人は黙って寝てなさい……」
俺は疲れが溜まっていたのか、それだけ言うと深い眠りに落ちてしまった。
翌日……
「ホントですかっ!?」
俺は薄い意識の中で夕紀の喜び声を聞いた。眠い……良く聞こえない。夕紀は何を喜んでいるんだ……薄れる意識の中、俺は退院と言う言葉をしっかりと聞いた。が、そのまま眠りに落ちてしまった。
「問題は……透弥くんの方なのだよ……」
「え、お兄ちゃんが何か問題なんですか?」
「いやね……彼の方は何も問題は無いかい?」
「はい……お兄ちゃんは別に……あ、そうだっお兄ちゃんって治療を受けなかったって本当ですかっ!?」
「あ、あぁ……君の治療を優先にと言われてね……本当は彼の方が治療を優先させるべきだったのだが……治療を強制する事は出来ないから君しか見ていないのだよ……透弥くんに別状は無いかい?」
「あ、はい……」
「ふむ……では、君は退院の準備をして、透弥くんが目覚めたら帰っても良いからね」
「えっと……お兄ちゃんは起きるのがいつか判らないんですけど……」
「看護士の方から寝ずの看病だったと聞いているよ。私は何時までいても構わないよ」
「ありがとうございます」
そう言うとドクターは出て行った。
「ふっふ〜ん……お兄ちゃんは早く起きないかなぁ〜」
俺はぐっすりと眠っていた。
「ん〜……こうやって見ると可愛い寝顔だなぁ〜……今ならキスしても……」
夕紀は俺の上に馬乗りになって自分の顔を俺の顔に近づけて行く。
「夕紀……それはおはようのキスって奴なのか……?」
「な、何で起きるのっ!」
「いやぁ……何でって言われても……」
夕紀の肩がプルプルと震えている。これはそうとう怒っているなぁ……
「乙女に恥をかかせるなんて……ここは気付いても寝てるフリをするべき所だと思うんだけど……普通はそうだよねぇ? もう良い、せっかく待ってたのに……帰るっ!」
「帰るって……退院かっ!? 良かったなぁ……なら一緒に帰ろう」
「ヤダっ! 一人で帰りなよ……」
夕紀は病室を出て思いっきり病室のドアを閉めた。俺、本気で怒られたな……
「どうしよ……あれじゃあ会ってくれそうにもねぇよなぁ……会わずに気持ちを伝える方法……手紙……くらいしかねぇかなぁ」
俺は自分の荷物も片付けてから病室を後にした。
家に到着した俺は、夕紀にバレ無い様にそぉ〜っと家に入ってから自分の部屋に戻る事にした。
「ヤベ……リビングに夕紀がいる……」
俺は夕紀に会わないで二階に行く方法を考えていた。すると、夕紀の泣き声が聞こえてきた。
「アイツ……泣いてるのか。結構泣き虫だったんだな……オイ、夕紀……」
「お兄ちゃんっ!? また見た……夕紀の泣き顔また見た……酷いよ……」
「ごめん、でも……俺は夕紀の事なら何だって知ってたいから……病院でも配慮が足りなかったなら謝る……ゴメン」
俺は本心を言ってみた。
「ウソでしょ?」
「なんだぁ? 俺を疑うってのか……そうだ、それよりお前の退院祝いをしようか。誕生日と一緒にさ」
「話ごまかしてるよぉ〜」
「嫌か?」
「うぅん、嫌じゃ無いよ。じゃあ……ケーキ買いに行こうよっ!」
「良いぞ……」
俺と夕紀はケーキを買いに行く事になった。しっかし、16にもなってるのに誕生日にケーキってよぉ……まぁ、夕紀が喜んでるんだし良いか……