第七話
俺はどうしようか真剣に悩んでいた。このままだったら本気で死んでしまう事になる。俺は突発的にドアを溶接したので、溶接した物を切る工具は持っていないのだ。
「お兄ちゃん……暖かいよ」
「そっか……最後まで……一緒にいてやるからな」
「ちょっと疲れたよ……お兄ちゃんの胸を枕代わりに……寝ても良い?」
「寝たら死ぬぞ?」
「別に良いよ……死んだらお兄ちゃんもついてきてくれるよね?」
夕紀は寝たというより気絶に等しかった。
「ちっ……俺もそろそろ覚悟するかな……夕紀、お前一人を逝かせたりしないからな……」
それから数分経っただろうか。夕紀が寝てから時間が経っている。
「そろそろマズいか……」
俺は工具を手に取って、あと数分で覚悟を決める所だった。と思っていたらどこからか声が聞こえた。
「恩人は死なせねぇっ!」
その瞬間、ドアが爆発した。
「透弥っ! 生きてるかっ?」
「機械……遅いんだよ……今から夕紀を病院に連れて行くから駐輪場に行って俺のチャリを手配しとけ」
「了解」
俺は近くにあった傘をパクってから駐輪場に向かった。
「透弥、チャリは出しておいたぞ」
「OK、お前は俺の肩にしがみついてろよっ!」
俺はチャリを飛ばして病院に向かった。ラッキーにも病院はまだ開いていた。
夕紀は体温が34度くらいまで下がり意識が無いとの事で早速治療されたが、俺は夕紀に専念してもらいたいので治療を断り、ストーブの前に座らせてもらった。
他の老人達がコーヒーをくれたのには人の優しさを感じた。
夕紀がベッドに乗せられて入院室に移動する様だ。俺は同伴の許可を取ってから病室に向かった。
「夕紀……起きてくれよ……」
「透弥、あまり悲しみ過ぎるのも良く無いぞ? この女が目覚めるか目覚めないかは時間次第なんだ……」
「テメェ……良くもそんな冷静にいられるよなぁ……所詮テメェには関係の無い奴かも知れねぇけどよぉ……」
「拾ってもらった命の恩人だ……でも、ここで冷静じゃ無かったら何か変わるのか? 頭冷やせ透弥……」
何だか機械に説教されるって……
「悪かった……お前の言う通りだ……夕紀、早く起きてくれよ」
俺は夕紀の手を握ってやった。
「透弥、何か俺に出来る事はあるか?」
「そうだな……俺の家から傘を持って来てくれるか?」
「錆びるから無理だな……」
「じゃあ何もねぇや……」
「すまん……」
「謝ってんじゃねぇよ……」
俺は夕紀の手を握りながらずっと夕紀が起きるのを待った。
「透弥、お前も病人なんだから少し寝たらどうだ? 監視なら俺がしておこう」
「機械……お前って機械のクセに気が利くよな……」
「うむ、お前達には早く元気になって俺に名前を付けてもらいたい」
「悪いな……名前は少し先になる。俺も少し寝るか……」
俺は椅子に座って夕紀の手を握ったまま、壁にもたれて寝る事にした。
そして翌日……
俺より先に目覚めたのは、やはり夕紀だった。
「確か昨日は……生きてる……それに、ずっと手を繋いでてくれたんだ……」
「お、目が覚めたみてぇだな。透弥もずっと心配してたぜ?」
「へぇ〜」
「透弥のヤツ……何か喜ばす為に俺をアンタに見せてやるとか言って……そんなんで喜ぶのか?って聞いたら俺は最低だとか何とか……」
「ふぅ〜ん……じゃあ機械さんの所為でお兄ちゃんはあんな風になっって事なんだよねぇ?」
「げっ!」
「機械さん機械さん、解体されたくなかったらお兄ちゃんをベッドに運んで」
「けっ、そんな娘ッ子に解体されっかよっ! まずそんな細い腕で工具を扱えんのかぁ?」
機械は完全に夕紀をナメていた。夕紀は透弥の工具を手の上で回してから構えた。
「何か言った?」
「ごめんなさい……すぐに運びやす」
機械は力持ちなのか、透弥を一瞬で夕紀のベッドの上に運んだ。
「何をする気で?」
「お兄ちゃんも病人なんだから、ちゃぁんとベッドで休まなきゃ……この病院はベッドも空いてないのかなぁ?」
「透弥はアンタの世話をする為に治療さえも受けてねぇんだが……ま、これは言わなくて良いか……」
「そ、そんなのダメっ! ちゃんと体温測らなきゃっ!」
「き、聞こえてたか……透弥の意思なんだから別に良いんじゃねぇのか?」
「お兄ちゃんは私の為なら頑張りすぎる所があるから夕紀が管理しなきゃダメなのっ! 全く、夕紀の為に一緒に死ぬとか言い出すし……」
「それだけ愛されてるって事だな……」
「夕紀が……愛されてる?」
「そりゃそうだ。普通は死ぬって言った奴に『じゃあ俺も一緒に死ぬ』なんて事を言ってくれる奴なんざいねぇよ。しかも雨に打たれてお前さんを病院に運ぶだなんてよぉ……」
「そっか……嬉しいなぁ」
「あ……びぎゃ、びびびぎゃ……」
「ど、どうしたの?」
「そろそろ俺の寿命……ギャギャギャ。」
「寿命っ!? すぐに直さなきゃっ! で、でも夕紀には判らないよぉ……」
夕紀が悩んでいる内に機械は火花を上げてショートしていた。
「ギャギャギャ……」
「名前もつけてあげられなかったね……そうだ、機械さんの名前は夕弥にする」
「俺の名前……夕弥? うむ、良い名だ忘れん……ピピピ……ギャギャ」
「さよなら……」
夕紀がそう言うと、そのまま夕弥はしゃべらなくなり、ぴくりとも動かなくなった。
「表情の無い機械さんだったけど……今は笑顔に見えるな……気の所為だよね」
「ふぁ〜……おはよう夕紀……って、泣いてるのか?」
「機械さんが止まっちゃったの……」
「ちょっと貸してみ……あぁ、コイツはダメだな。機械がこげちまってる……コイツの寿命って訳だな……」
「可哀想……」
「名前をつけてやりたかったな……」
「この子の名前は夕弥って言うんだよ。お兄ちゃんと夕紀の子供だから夕弥って言うの」
「俺と夕紀の……か。確かにそんな感じだったなぁ……悲しいのは判るが……あまり一人で背負い込むなよ。コイツが止まったのはお前の責任じゃ無いんだからさ」
「判ってても……割り切れないよ」
「悲しいときは誰かに甘えてみるのも一つの手だと思う……」
「甘えるのはダメだよ……」
「お前はいつだってそう一人で背負い込むな……たまには誰かの手を借りたって良いじゃないか……」
「夕紀は……」
「俺は少なくともお前に頼りにされたいと思うな……」
「良いの?」
「良いさ……甘えたい時は甘えたら良いし、泣きたい時は泣けば良い……」
「泣き顔って見られるのヤダな……」
「顔……隠しておいてやるからさ……」
「うっ……ふっひっく……うわぁぁぁぁん」
夕紀は俺に抱き付いて思いっきり泣いた。俺は産まれて初めて夕紀の泣き顔を見た気がした。ず〜っと一緒にいた。十数年も一緒にいたのに初めて夕紀が泣いた。何だか不思議な感覚であった。