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第6話 ◆ラスベルリッタ・フィスティバル

 惑星ラスベルリッタ。地元で取れた特産品を加工し、販売することで成り立っている商業都市であった。また、他の星から手に入れたものを、芸術品や食品にする技術に長けており、他国から注文が来るほどの人気を見せていた。

 そして、今日。

 年に数回しか行わないという、街の人達がこぞって楽しむ祭りが行われていた。

 とはいっても、目ぼしいイベントは特になく、街道で屋台がこれでもかと並ぶくらいである。だが、この日限定の物も数多く出品されているため、コアなコレクターが多く集まることでも知られていた。そのため、必然的にこの日は、人通りが多くなる。街道に人が埋め尽くされるほどに。

「ようこそ、ラスベルリッタへ!!」

 降り立ったとたん、リンレイの首に首飾りがかけられる。色とりどりの花輪は、甘くて良い香りを漂わせていた。

「女性にはそれが渡されるんですよ」

「そう……なのか?」

「ええ。後でドライフラワーにすると良いですよ。その花、全てここで香水として使われているものですから」

 ミラーシェードをつけたアールにそう教わる。いわれてみれば、それぞれ香水にすれば、良い物になりそうな香りを出していた。

「……似合うか?」

 戸惑い緊張、それらが入り交じった表情で、リンレイはアールに尋ねた。

「ええ、とっても。お似合いですよ、リンレイ」

 そんなアールの言葉に、リンレイは機嫌を良くした様だ。歩けるようになったその『特殊な足』でスキップして弾んだ足取りで進んでいった。その後をアールがしっかりとついていく。

 しばらく歩くと、すぐに屋台の並ぶ街道に着いた。

 その置くには広場のような噴水が見え、そこからなにやら演奏を行っているようだ。

 広場から離れているため、音はやや小さいものの、楽しげな音楽がアール達のところまで届いていた。

 と、上を見上げた瞬間、ばっと、花吹雪が舞った。

 それと同時に、クラッカーの小気味良い炸裂音が響く。先ほどとは違う、紙テープが空中をふわりと流れていった。

 賑やかな声と音。そして、大勢の人人人。

 どれもが、リンレイにとって、初めてだった。なぜなら、お祭りに参加すること事態、なかったことなのだから。

「はぐれないよう、気をつけて」

「あ、ああ」

 目の回りそうな、その道に立ちすくむリンレイを、現実に呼び戻したのは、アールだった。すかさず、リンレイの手を握り、リードするかのように、混んでいる道をするりと縫うように歩いていく。正直、アールがいなければ、恐らく進むこともままならかっただろう。ふと、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

「あら、アールじゃない!」

 声を掛けたのは、ふくよかな屋台の女将。

「ご無沙汰してます、アンナ」

 すぐさま名前が出る辺り、アールと女将は知り合いのようだ。と、女将がアールが連れているリンレイに気づき、すかさず言った。

「あらあら、そっちはアールのこれかい?」

 にやにやと笑いながら、女将は小指を立てる。

「なっ!!」

 思いがけない話に、リンレイは驚きを隠せない。だが、当のアールはというと、落ち着いた様子で。

「違いますよ、私のお客様です。このお祭りを案内してるんですよ」

 やんわりと否定していた。そのことにリンレイはほっと胸を撫で下ろしている。

「あらそうなの。残念ねぇ。でもまあ、アールのお客様ってことだから、これはオマケしてあげるわ」

 そういって女将が渡してきたのは、出来立てホヤホヤのホットドック。湯気の立つウインナー目掛けて、慣れた手つきでケチャップをリズミカルに程よく付けてくれた。

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 照れるように礼を述べるリンレイに、女将は優しそうな瞳で幸せそうに頷いて見せた。その傍らで、リンレイはびっくりした表情を浮かべて一口食べた後、静かにそれをばくばくと頬張っていた。

「すみませんね、サービスしてもらって」

 アールがお金を払おうと自身の財布を取り出そうとしたが、女将はそれを止める。

「いいんだよ、前に助けてくれたお礼だからね。それにしても……あんた、今日は祭りなんだから、もっと気楽な格好できなかったのかい?」

 女将は、黒一色に包まれたアールの服装を指差して、ため息をついた。

「これでも仕事中ですから」

「それでもねぇ……」

 言いたげな女将の声は、近くを通りかかった商人の声に遮られた。

「おう、アール!! 来てたのか!! 久し振りだな!!」

 髭を蓄えた中年の男が気さくに、アールの肩を叩いてくる。アールは気にする素振りもなく、嬉しそうに。

「元気で何よりです、リベックさん」

 そう、受け答えしていた。

「今日はゆっくりできるんだろ?」

「いえ、補給でちょっと、立ち寄っただけなんです」

「それは残念だな。酒の相手をしてもらいたかったんだが」

 そういう商人に、アールは少しだけ残念そうに。

「また来ますから、そのときにでも」

「おう! 約束だぞ!!」

 そう言って、忙しそうな商人を見送っていた。

「まあ、アールさん!!」

 今度は傘を持った貴婦人から声を掛けられた。

「ごきげんよう、マーベルさん」

 そういって、優雅にぺこりと頭を下げるアール。それに満足げな笑みを浮かべて、貴婦人は言葉を続ける。

「もう、今日来ているっていうのなら、早く知らせてくれないと! お願いしたかったこと、別の人に頼んでしまったじゃない」

「それならいいじゃないですか」

 婦人はむっとした表情で。

「良くないわよ。相手は少々がさつっぽい方でしたもの。貴方のように繊細でかつ、丁寧な仕事をしていただけるのなら、文句もありませんけれど」

 どうやら、ちょっと不満げな様子。

「ご用命は例の場所で。手が開いていたら、すぐにでも行きますよ」

「今度はしっかりお願いするわよ?」

「ええ。お待ちしています」

 にこやかにアールは婦人も見送った。


 その様子に誘発されて、リンレイはある人の言葉を思い出した。

『リンレイ、人々の声に耳を傾けなさい』

 幼いリンレイは見上げながら、その人の声を聞いていた。

『そうすれば、人々が何を求め、何を問題にしているのかが分かるはずだよ』

 そして、小さなリンレイの頭を、そっと優しく撫でてやる。

『だからこそ、我々は人々に歩み寄らなくてはならないんだ。威張っていても良いことは何もない。そんな気持ちは今のうちに捨てておきなさい』

 その言葉にリンレイは力強く、笑顔で応える。

『はい、父様!』


「リンレイ? 行きますよ」

 アールに声をかけられ、はっと気づいた。

 そう、今は祭りを楽しんでいるのだ。

 待っていてくれるアールの元へ、リンレイは急いで駆け寄った。

「すまない、待たせたな」

「気にしないで。他にも案内したいところがあるだけですから」

 それにしても、アールはこの街で良い仕事をしたようだ。

 彼と共に歩いていると、いろんなところから声がかかり、いろんなものを貰っていった。持てない分は船に運んでくれさえした。

 食べ歩いたり、ゲームをしたり、道端での芸人達の素晴らしい技や歌を見て騒いだり。

 リンレイにとって、そのどれもが全て新鮮で、初めて見るものばかりだった。

 ちょっと目眩がしそうになったが、それを差し引いても、楽しさが上だった。

「有名なんだな」

「ちょっとだけ、皆さんを助けただけなんですけどね」

 きっとこんなに声をかけられるのなら、本当に良い事をしたのだろうとリンレイは思う。

 初めて会ったときは、凄い殺気を出していたが、今はそんなもの、微塵も感じなかった。

 街の人達にもみくちゃにされながらも、アールも、リンレイ自身も、祭りを楽しむ一人であった。

 そしてなにより、街の人達の好意が、暖かく感じた。

「こういうのも、いいものだな……」

「ええ、いいものですよ」

 ベンチを見つけ、二人はそこに腰をかける。

「それにこの街は、私の住んでいる街にも似ているんです。だから、ちょっとやり過ぎた部分もあるんですけどね」

 そういって、アールは苦笑を浮かべていた。

「やり過ぎた? そんな風には見えないぞ。むしろ、凄いことをしたように思うんだが」

「リンレイ……」

 ミラーシェードの奥で瞳を細めているだろうアールに、リンレイは堪らず立ち上がる。

「こ、今度はあっちの屋台に行くぞ!」

「いいですよ、姫様」

 おどけるようなアールの言葉に、リンレイは、ほんの少しだけムカついた。


 どのくらい楽しんだだろう。いつの間にか陽は傾き、空は黄昏色に染まっていた。

「そろそろ戻りましょうか」

「そうだな」

 流石にはしゃぎすぎたかと、少し疲れた体を思って、リンレイは素直にアールの言葉を受け止める。と、その時だった。

「あ、あれはっ!!」

「居たぞっ!! アールだっ!!」

 見たことの無い男が5、6人束になって、アール達の方へと向かって走ってきた。

 その手には、光線銃や光の刃を持つライトソードを持って。

「なんで敵がもう追いついているんだ! 特別なワープをしたんじゃなかったのか?」

 思わずリンレイが叫ぶ。その間にも彼らは接近してくる。アール達のいる方へと。

「ええ、しましたよ。ですが……まあ、この星にはプラネットゲートがありますから、きっと感づいて追いついてきたんでしょうね。向こうも優秀なようです」

 そう言って、アールは荒くれ者達とは反対方向へとリンレイを引っ張った。

「そんなこと、言ってる場合か!?」

 叫ぶリンレイの横を銃の光線が掠めた。

 それも一度や二度ではない。何発も浴びせてきている。

 その間にも二人は懸命に走っていた……が。

「!!」

 リンレイの足が、縺れてしまったのだ。

 今までの祭りの疲れに、現時点の逃走劇が加わって、足の疲れが限界に達してしまったのだ。

「リンレイ!」

「あうっ!!」

 倒れた隙に、リンレイは足を撃たれた。

 幸いにも撃たれたのは、レッグギア部分。装甲が頑丈だったお陰か、壊れたのは外装のみで、その下までは貫通していないようだ。もっとも下半身は麻痺しているので、痛みもあまり感じないのだが、それでも、衝撃の割には怪我はしていないように思う。

 しかし……。

「くそっ……」

 お陰で立ち上がれなくなっていた。さっきまで走れた力が、全く無くなった、そんな感じだ。恐らく動力の接続部をやられたのだろう。アールはそれを見て、すぐさまリンレイを抱きかかえた。

「アールっ!?」

 分かりやすく例えると、今、アールはリンレイをお姫様だっこしている形になっている。

「いいから、捕まって。一気に駆け抜けるっ!」

 少しアールの体が沈んだかと思うと、先ほどとは比べ物にならないくらいの高速で走り出した。

「ちょ、アールっ!」

「今はリンレイを守ることが先ですから」

 その言葉にリンレイは嬉しく、頼もしく感じたが。

 ―――抱きかかえてやり過ごせる相手なのか?

 そうリンレイが思ったとたん、今度は目の前の通路から、新たな敵が現れたのだ!

「逃しはしない!!」

「ここで、二人とも死ね!!」

 トンファーと折りたたんだ警棒を構えた男達が立ちはだかる。後ろにも、銃を持った男達が迫る。


 前からも後ろからも挟まれた!

 リンレイは、思わず覚悟を決めた。

 絶体絶命の、この状況に……。


「残念だが、そんなもので俺を止めることは不可能だ」

 リンレイの顔のすぐ近くで、アールがそう静かに呟くと。

 ぶんっと、リンレイを空高く放り投げた!!

「ば、馬鹿者っ!!」

 アールを怒鳴るが、既に時は遅し。リンレイは空の住人に。

 けれど、空からアール達の様子が手に取るように分かった。


 両手がフリーになったアールは、すぐさま腰にある二本の剣を引き抜き、目の前の敵の懐に飛び込む。

「そんな剣でやられるかっ!!」

 負けじとトンファー使いの男が、それを使って一撃を喰らわせようとするが。

 二本の剣で太いトンファーを受け止め、弾く。同時にもう一閃。

 トンファーがありえないところで、真っ二つになった。

「なっ!?」

 うろたえる男に、アールは容赦なく、わき腹に鋭い蹴りを入れ悶絶させる。

 と、次の瞬間、後ろからナイフ男の攻撃!

 ナイフがアールを捕らえた……はずが、アールはそれをしゃがんで見事にその攻撃を躱した。その返す勢いをそのまま腕に乗せ、男の背中に喰らわせる。ナイフ男は、武器を落として、そのまま動かなくなった。

「死ねっ!!」

 その隙に後方から来た男達が発砲。

 アールは体を仰け反らせながら、その攻撃を全て避けると、両手に持っていた剣を上に放り投げた。

 ―――私と同じか!?

 リンレイは思わず、心の中で突っ込みを入れた。


 次に手にしたのは、太ももに取り付けられた、二丁の銃。銃身が長く、狙いをつけるのは難しそうだったが、それを容易くアールは狙ったところに撃ち込んだ。

 銃口の先は、二人の男の手と足。

 見事に狙い通りの場所に命中。手から武器は落ち、足を怪我した男達はその場で悶えていた。

 アールは銃をホルスターに戻すと、タイミングよく降ってきた剣を両手で掴み、腰の鞘に戻した。

「すみません、空に投げてしまって」

 最後に落ちてきたリンレイをしっかりと抱きとめて、アールは言った。

「わ、私はお前の武器か!?」

「こうでもしなければ、守れませんから」

 お陰で命は守れたでしょうというアールの言葉に、リンレイは反論出来ず。

 そう言っている間にも、アールは駆け抜けていく。今度は通路ではなく。

「お、おいっ!! 何処を走ってる!?」

 とんとんとんと、猫のように身軽に飛び上がり、アールは建物の屋根を走り抜けていた。

「どうやら、向こうは本気みたいですから」

「何だって?」

 アールの言葉を受けて、リンレイは思わず後ろを振り返った。

 なんと後ろから、先ほどの男達がアール達と同じように、屋根伝いに追ってきている姿が見えたのだ。

「アール、嫌な予感がする」

 何かを察して、リンレイはつい思ったことを口にした。

「奇遇ですね、私も同じことを考えていましたよ、リンレイ」

 ―――あまり良いことではない気がする。

 そう、遠くからグオングオン……と、嫌な機械音が響いてきたからだ。

 この特有の音は紛れもなく。

「向こうはモーターギアを持ってきましたか」

「本気かっ!?」

 ―――こっちは生身なんだぞ!?

 思わず心の中でリンレイは叫んでいた。

「でも、もうすぐ船に着きますよ」

「た、助かったのか?」

 見上げると、すぐそこに、見覚えのある宇宙船が来てくれているのが分かった。

 アールは一気にスピードを上げて。

 船のハッチへと飛び込んだ。

「一応、なんとかなりましたね」

 華麗に着地をして、アールはリンレイを降ろす。

 そんなリンレイを受け取るのは、留守番をしていたカリスだ。

「お帰りなさいませ、マスター、リンレイ」

 カリスの情の無い声が、これほどほっとするとはリンレイも思っていなかったが。

「助かったんだよな……」

 カリスにコルセットらを外してもらい、いつもの車椅子に座って、緊張を和らげた。

 船はいつの間にか動いており、攻撃を受けているためか、時折、ぐらぐらと振動しているようだ。

「カリス、シルバーで……いえ、『ルヴィ』で出ます」

 いつの間にか、アールは既に奥の格納庫にあるシルバーに乗り込んでいた。

 パチパチとスイッチを入れ、起動準備に入っている。

「奥のでなくてもいいんですか?」

 恐らくあの青白いマトリョーシカのような機体のことだろう。カリスがそう確認するものの。

「必要ないでしょう。相手はタダのゴロツキですから」

 アールはそう言って、否定する。どうやら、あの格好いいシルバーフレームの『ルヴィ』で出撃するようだ。

「了解」

「リンレイを頼みますよ」

「はい、お気をつけて」

 立ち上がる『ルヴィ』が、とても美しく、そして頼もしく映った。

「カリス、アールの戦いを見たい」

「わかりました、移動しましょう」

 アールが出撃するのを見送った後、リンレイはカリスに車椅子を押してもらいながら、ブリッジへと向かったのであった。




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