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第2話 ◆メルビアンの城と老騎士と

 20時間後、アールは、惑星メルビアンを訪れていた。

 酪農や農業で栄えたその惑星は、他の星よりも上質な食材が手に入るという、農業都市であった。広大な敷地を占める巨大な工場は、全てオートメーション化された農場であり、都市を支える中枢でもあった。

 そんな都市を、アールの車が駆け抜けてゆく。シャープなボディデザインは、今でも通用しそうな雰囲気はするものの、空を飛び回るエアカーが主流なこの時代には、レトロだのクラッシックだのというレベルの代物になっているのは、否めないだろう。道の悪い惑星に対応するために、特殊強化されたタイヤで走行しているのだが。

 そんな町のはずれに、アールの向かう目的地が存在する。

「で、かの老騎士が言った城って……ここのことか?」

 アールの車と同じく、いやそれ以上にレトロなアパートメントだ。西暦2000年代では最先端であったそこも、アールの車と同様に化石……いや、天然記念物といっても過言ではない、格安な物件だろうことが窺える場所であった。

「城の割にはいささか、小さく見えるけどね」

 アールは、車の扉を開き、自分の愛車から降りた。

 レトロすぎる車に、物珍しそうに眺める野次馬達が集まってきていたが、アールは気にするそぶりも見せずに、そのままアパートメントに向かっていく。

 向かった先は、指定された部屋番号の前の扉。

「ここか」

 チャイムを鳴らそうとした手が、止まった。

 その前にがちゃりと、アールの目の前の扉が開いたからだ。

「貴殿が、アール殿か?」

 彼の目の前には、予想通り、老人が立っていた。

 だが、普通の老人ではない。

 体の一部……いや、その大部分が機械。サイバー化している。

 しかも、メールにあった通り、一般人のそれではなく、軍人や騎士達に使用される強力なパワーとスピードをもたらす代物でもあった。

 ―――油断したら、喰われる、か。

 自分の纏う空気を、殺気だったものに換える。いわば臨戦状態といったところだ。

「ええ。貴方が私を呼んだ『老騎士』殿と見受けますが」

 アールは彼があのメールを送った本人だと直感した。

「入ってくだされ、話は奥で」

 老人の言葉に静かに頷くと、そのまま颯爽と、部屋に入っていく。

 部屋の中は簡素ながら、きちっと隅々まで整えられていた。

 必要最低限のものしか置いていないようにも見える。

 老人に促されるまま、また扉の奥へ。

 通されたのは、テーブルと椅子のあるダイニングであった。

 椅子を勧められ、アールはさも当然と言わんばかりに座って見せる。

「で、用件は?」

「単刀直入ですな」

 アールの柔らかな微笑の中に、凛とした響きを感じる。

 ミラーシェードの中に潜む瞳が、ゆるりと細められた。

「仕事は何事もスマートに、それがモットーなもので」

 僅かに笑みを零して、アールはもう一度、用件を促した。

 老人は、アールの側に湯気の立つ茶を置いて、自身も椅子に座る。

「これをある場所に運んでいただきたい」

 こんとテーブルの上に置かれたのは、ブルーの小箱だ。

 老人は側面にあるスイッチを押して、その蓋を開ける。

 そこには一枚の、黒光りする小さなデータチップが収まっていた。

「これは?」

「大切な……大切なデータですじゃ。壊さずに目的地まで運んでいただければ結構」

 小箱と、新たにカードを添えて、老騎士は、アールへと手渡す。

「目的地はそこにある通り」

 アールは受け取ったカードの隅のボタンを押して、小さな立体ディスプレイを展開し表示する。そこには、ある惑星の座標と、その地図が記載されていた。

「ここから遠い場所か」

 一瞥して、場所を特定したアールに。

「もう場所がわかったのですかな。流石はSSSスリーエスクラスのフリーエージェントですな」

 アールのような生業をするには、まず、ギルドに行き『フリーエージェント』になる必要がある。

 ある程度の戦いのスキル、運び屋のスキル、そして、信用。

 それさえ兼ね備えれば、どんな惑星に行っても、身柄はエージェントカードで保障され、無理さえ言わなければ、希望の職業に就ける。今、この銀河で人気の資格であった。

 ちなみにアールが選んだのは、運び屋と傭兵の職。

 また、彼も最初は最低ランクで始めたのだが、度を越した依頼をこなす内にいつの間にか、ランクはあれよあれよと上がっていき、気がつけば最高ランクのSSSスリーエスまで上り詰めていた。

 アールと同じランクの者は、数えるくらいしかいない。

 しかも、その中で生きている者は、恐らくゼロだ。

「で、期限は?」

 アールは確認も兼ねて、尋ねる。

「2週間で」

「………」

 地図にある場所まで、ゲートを使って行っても、5週間掛かる行程だ。

 それを、2週間で運ぶのなら、別のルートを選ぶしかない。

「おや、難しいですかな? 流石の『アール』殿も降参ですかな?」

 黙ってしまったアールに、老人は試すかのように彼の顔を覗き込んだ。

「報酬を聞かせていただこう」

 地図の載ったカードを老人に差し出しながら、アールは冷たい口調で告げる。

 まずは報酬を見てからでないと、これ以上は判断しかねると言いたげに。

「では、前金でこのくらい。後の残りは無事、依頼を果たしてからで」

 老人はもう一枚のカードを差し出した。

 カードを受け取り、それに記された金額を見て、妥当な線かとアールは判断する。悪くは無い取引だ。むしろ高額の部類に入る。

「引き受けよう」

 顔を上げて、アールがそう告げたとき。

「では、一緒にかの方も運んでくだされ」

「はぁ?」

 思わず、アールは間の抜けた声を出してしまった。

 だが、老人はそれに気づかぬ素振りで、扉の奥へ入り。

 連れてきたのは、車椅子の少女だった。

 長いストレートの金髪をバレッタで止めている。

 その蒼い瞳から、アールを侮辱するかのような、冷ややかな視線を投げかけていた。


 ―――『彼女』に、似ている……。

 思わずアールは心の中で呟いた。遠くで待つ『彼女』と、自分の助手を務めるもう一人の『彼女』とを思い出しながら。


「じい、この者は?」

「あなた様を運んでくださる方ですじゃ」

 老人が少女にそう話す。

 どうやら、老人はまだ詳しい内容を彼女に話していなかったらしい。

「運ぶ? どういうことだ?」

 状況を把握し切れていない少女が、不機嫌そうにじいと呼ばれた老人へと尋ねた。

 アールがいるというのに、二人だけで会話が進んでいく。

 もっとも、彼はそのことを気にするつもりもないが。

「ここはもともと危険な場所。ここから離れ、より安全な場所へ一時的に避難していただきたいのです」

 そう答える老人に向かって。

「危険? だが、今まで何もなかったぞ?」

 少女はムッとした表情で告げる。

「いえ、今まで何も起きなかっただけのこと。このじいめが色々と画策いたしましたが、これ以上は……やはり歳には勝てますまい」

 老人の言い分も分かる気がする。そう、アールは思ったが、口には出さずにその場を静かに見守る。

 そして、彼女はしばし考えた後に、決めた。

「……一時的、なんだな」

「ええ、一時的に、でございます」

「わかった、従おう」

 切りの良い所でアールが尋ねる。

「そろそろ、話の続きを聞かせていただきたいんだが」

「お見苦しいところをお見せしてしまいましたな」

「じいが急に決めるからだ」

「それに」

 アールも金髪の彼女を一瞥しながら確認する。

「彼女も、このチップと共に運ぶと?」

「おや、先ほどのカードにも記しておいたはずですぞ?」

 ―――なに!? 見逃していた!!

 すぐさま見直し、自分の失敗に狼狽する。

 きっとコレも、面倒な依頼をこなして、心が大きくなっていた所為だと、アールは心の中で舌打ちした。

「まさか、この依頼、反故にしてしまうつもりではありませんな? 体の不自由な少女の切なる願いを聞き届けないとは……あのSSSスリーエスクラスの貴殿が断ったとなれば、一大事ですぞ?」

 一応、慈善事業にも手を貸している手前、断りにくいのも確かではある。

 それに……。

 改めて、金髪の少女を見る。

 歳は15、6だろうか。体が不自由だと言っていたが、それを差し置いても、健康そうな肌とスタイルを維持しているのを見ると、老人は甲斐甲斐しく彼女の世話をしていたのだろう。

 自分の傍にいる二人の『彼女』、そして、目の前に居る『少女』。

 その姿が重なるように見えた。


 ―――覚悟を決めるか。

 アールは立ち上がり、彼女の側にやってくる。

 そして、恭しく片ひざを付き、かつ、紳士的に……いや、一人の騎士として慣れた素振りで、頭を下げてから、彼女の手の甲に挨拶をした。

 彼女も慣れた素振りで、それに応じる。


 瞬間、頭の中で何かが『爆ぜた』。

 それは断片。

 いくつもの思考が折り重なった渦巻く映像ヴィジョン

 きっと、それは『予知』にも似た、警告なのかもしれない。

 全てを把握することはできなかったが、目の前の少女が、何かしらの『使命』を持っているのが分かった。

 それを見ることができたのは、ここにいるアール、唯一人だけ。


「わかった、引き受けよう。彼女もこのデータも」

 改めて告げられたアールの言葉に、老人は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで満足ですじゃ」

 挨拶もそこそこに、既に老人の手によって用意された荷物を受け取り、少女をアールの乗ってきた車へと誘導する。

 慌てたように逃げる野次馬達を、アールが一睨みで散らし、車の扉を開けた。

 その傍で、老人は名残惜しそうに、ゆっくりと少女をアールの車の助手席へと乗せている。

「じい……」

「お気をつけて、姫様」

「んっ……」

 対する少女も不安そうに見つめるも、閉められた扉に心を決めたようだ。

「さて、宜しいですか? 姫君」

「ああ」

 アールは、車のアクセルを踏み込む。

 車は滑るように宇宙ポートへと向けて、走り出した。

 少女はその助手席から、ずっとずっと、彼らのいた幸せな『城』と静かに見送る老騎士とを、名残惜しそうに、ただ、眺めていた。



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