第17話 ◆隠された本当の意味
「ああ、やけにあっさりしてたよ」
男は通信機を使って、誰かに報告していた。
外した眼帯を元に戻しながら、男は……いや、リョウガは、やけに機嫌が良かった。
「それにしても、アイツが泣くなんてな。驚いたぜ」
スコープ越しに見えた、アールの姿。
あの軍隊が居た基地から逃れてきたのにも驚いたが、それよりも。
―――まさか、アイツが泣くとはな。
「がっかりだぜ、『アール』さんよ」
もっと遊びたかったが、弱いやつには興味はない。
そう言いたげな様子で、手に持っていた重い銃を底なし沼に投げ入れる。
リョウガは、銃が完全に沈むのを確認してから、その場を去っていった。
雪が降っていた。
もうすぐ春だというのに、雪が降っていた。
しんしんと、しんしんと。
彼らの降り注ぐ雪は、優しく。
けれど、その優しさが逆に一層、悲しみを引き立てた。
淡い雪は、地面に落ちて、姿を消してゆく。
それはまるで、亡くなった者達を体現しているかのように。
小高い丘の上。
基地で命を散らしていったテネシティのアレグレ達と共に、リンレイはこの、故郷の地に眠ることとなった。
綺麗過ぎる墓石。
刻まれた月日、彼女が生きていた時間は、そう長くはなかった。まだ、彼女は成人していなかったのだから。
「リンレイ……!!」
やや大きめの黒のスーツを着たジョイは、悔しそうにリンレイの棺桶が墓に入るのを見つめていた。いや、睨みつけているかのようだった。
もっとも、その怒りは、リンレイを守りきれなかったという、自分自身に向けられたものであったが。
そんな彼らをそっと見守るのは、アール。
いつもの黒のジャケットのまま、静かにリンレイ達を見送っていた。
彼が、アールがいなかったら、彼らを墓に入れることはできなかっただろう。
墓の手配、葬儀の手配など、彼が中心となって全て滞りなく進んでいった。
もっとも、アレグレ達の墓には、どれも遺体は入っていない。
あの基地へ戻り、遺体の回収をと生き残ったテネシティの者達に言われたが、それは不可能に近い。
それに、あの基地へ行っても、恐らく既に別の場所で処理されたはずだ。
だからこそ、ここに墓があるというのは、彼らにとって幸いなことだと……思う他ないだろう。これ以上、何を望むというのだ。
リーダーを失ったテネシティは、事実上、壊滅したも同然だった。
本隊はアール以外、全滅。
陽動部隊も僅かに生き残った者達がいたが……彼らに戦う力は残っていなかった。
恐らくもう、彼らが立つことはないだろう。
それらの葬儀を見届けて、アールは静かにその場を去った。
何も言わずに、そっと。
アールには、彼らにかける言葉がなかった。いや、掛ける言葉が見つからなかったというのが正しいだろう。
役目を終えたアールは、そのまま、自分の船へと戻っていったのだった。
「お帰りなさいませ、マスター」
いつもの出迎えが、ほんの少し煩わしく感じた。
「ただいま」
だから、アールはそれだけ返しておいた。
―――彼女の生きている時間は、短かった。
あの時見た『ヴィジョン』では、もう少し長く生きる予定だった。
なのに……こうなってしまったのは、僕があなたをここまで運んでしまったから。
とそこまで考えて、ふと思い出した。
「そういえば、あのチップはどこに置いたっけ?」
薄暗いミラーシェード越しにアールは、チップを探す。
「チップはそこにありますよ」
カリスが指し示したのは、船の操縦席。そこに置かれていた……というより、落ちていたという方が正しいのだろう。チップの入ったケースはそこにあった。
「座らなくてよかった」
そう言ってアールは、ケースを拾い、デスクの上に乗せる。
「そういえば、マスター。これを見ていただけますか?」
「何?」
気だるそうにアールは、カリスが映し出したモニターへと目を向けた。
「……これは……」
桁が違った。律儀に老騎士は、彼が死亡するその前日に、アール宛に報酬を振り込んでいたのだ。普通の者が見たら、倒れこむくらいの驚くべき金額を。
「何かの間違いじゃ……」
「先にあの方にも見てもらいました。間違いないと」
「………『彼女』がそういうのなら『疑う余地はない』ね」
ならば……。
―――ならば、老騎士が託したこのチップには何が入っているというのだ?
リンレイから受け取ったチップの解析データ。
アールは一瞥して、何かの『動画』だということは分かっていた。
動画なら、データではない。
重要性は低いと思い、あれから中を確認することはなかったのだ。
アールは近くのパネルを開いて、解析データの入ったチップを入れる。それから、パネルを閉じた。
ピピピピ……。
静かに読み込む音が響き、それは、映し出された。
『これを見ているということは、既に私がいないか、行方不明になったことかと存じます』
最初に現れたのは、あの老騎士。それに驚きながらも、アールはゆっくりと自分の席に座り込んだ。恐らく『これ』は長い。
『アール殿。無理を言って申し訳ないが、私の代わりにあの子の……リンレイ様の力になっていただきたいのです。そのための資金は既に用意しておきました』
なるほどと思ったが、それは口に出さなかった。
そして、あの振り込まれた金の真意を理解した。
―――あの桁違いの金額は、彼女のために使って欲しいということか。
『それともう一つ、お願いがあるのです』
動画はまだ続いている。
『あの子には家族の思い出になるものが何一つありません。あるとすれば、あの子のつけているペンダント。その中に入っている家族の写真だけです。ですが……それだけではあまりにも不憫』
アールはそのまま、無言で見続けていた。カリスも静かにそれを見守っている。
『そこで、私の記憶に残っているものを映像にして残しました。成人した暁には、あの子に渡してやって欲しいのです。そうですな、ささやかな結婚祝いのつもりで、なんて言ったら、あの子に怒られてしまいますな』
にはははと笑って、老騎士は幸せそうな顔でまた語り始めた。
『私からの話は以上でございます。後は……頼みましたぞ、アール殿。私の代わりにあの子を支えてやってくだされ』
そう言い残して現れたのは、可愛らしい、幼いリンレイの姿。
映像には声が残っていた。
父と母に抱かれて、幸せそうに笑うリンレイ。その横に老騎士が……いや、若い騎士がいた。
次に弟、妹が映し出された。こっちもリンレイに似て愛らしい。
いや、父と母にも似ていた。
彼らは幸せだった。
確かに生活は、王国にしては質素な部類に入るが、でも、家庭の幸せはそこに確かにあった。
目を離したかったが、離せなかった。
そうさせない、何かがそこにあった。
これを見るべき相手は、ここにはいない。
守るべき相手は、もう、ここにはいない。
託された相手は、もういないのだ。
「マスター、終わりましたよ」
「あ、ああ……」
カリスに言われて、アールは、やっと動画が終わったことを知った。
そんなに長い時間ではなかったように見えるが、こんなにもたくさんの想いが込められている。
よろよろと立ち上がり、アールは自室に戻る。それをカリスは静かに見送った。
シャワーの音が響く。
頭からシャワーをかぶっていた。
俯いたまま、シャワーを浴びていた。
「僕は……何を、していたんだ」
託されていたのに。
あんな想いを託されていたのに。
渡すこともできなかった。
守ることもできなかった。
ただあるのは、苦い思い出ばかり。
「マスター、よろしいですか?」
と、シャワー室の前でカリスの声が響いた。
「何?」
「あの方からメールです」
「彼女から?」
思わず、シャワーを止める。
とたんに、部屋は静まり返った。
あれほど五月蝿いと思ったシャワーの音が、恋しく思うのは、きっとこれから聞こえるはずの言葉を知りたくないと、思っているからかもしれない。
「『なにふて腐れてるのよ。やりたい事が、やり忘れた事があるんじゃないの? いいじゃない、ちょっとだけ彼らの為にやれる事したって。私は赦すわ』だそうです」
「それ……だけ?」
「はい」
それを聞いたとたん、思わず笑い声がこみ上げてきた。
カリスはさも当然とした顔をしているだろう。
「ああ……」
と、声が漏れた。
思い出したのだ、楽しかったことを。
彼女は、『彼女』にほんの少しだけ似てたから、一緒に居て楽しかったことを。
いや違う、彼女はぜんぜん、『彼女』に似ていない。別人だった。
だからこそ、面白く、自分の傍に招いたのだ。
最初は硬い表情だったのに、いつしか彼女は、様々な顔を見せてくれた。
思い出されるのは、彼女の笑顔。
そうだ、彼女は最後にこう言っていたではないか。
「私は……幸せだ」
今でも鮮明に思い出される、あの光景。
忘れるものか、忘れてたまるか。
あの幸せそうな、彼女の笑顔を。
張り付くような髪を掻きあげた。
落ちる雫を首を横に振ることで払う。
そのままシャワー室を出て、そこに控えていたカリスからバスタオルを受け取った。
「カリス、決めたよ」
「はい」
カリスはさも当然と言わんばかりに頷いていた。
「僕は僕のしたいことをする」
体の雫をタオルで拭って、『彼女』に連絡を取った。
「まあ、ちょっとばかし、彼女に怒られそうだけど」
いつもの黒のジャケットに身を包むと、いつものようにあのミラーシェードをつけた。
「行こう『カリス』。綺麗な花火を見に」
「マスター、それは花火というほど可愛らしいものではないですよ」
ふふっと笑って、アールは壊れた『ルヴィ』を横切り、『それ』を見上げて。
「いいじゃないか。パーティーっていうのは、そういうものだろ?」
奥に眠るモーターギアが独りでに動き始めた。
そう、いつかリンレイがマトリョーシカだと言った、あのモーターギアが。




