第12話 ◆少年と、姫君の誓い
老騎士の存在は、リンレイにとって、かけがえのないものであった。
親代わりであり、話し相手であり、そして、頼りになる相手。
それが……もう、この世の何処にも存在しない。
もう、隣にはいてくれないのだ……。
リンレイの涙はとうに枯れ果て、目元に若干の痛みを伴っていた。
視線を下ろせば、ありがたいことにレッグギアは外されず、そのままで寝かされていたようだ。
動く足を地に下ろして、立ち上がる。
ふと、隣の部屋からアールの声が聞こえた。
『今日はここに居させていただけませんか? 彼女を一人にしていくことはできないので……』
リンレイは、自分の部屋を出て、隣の部屋に行きたくなったが……今の自分を誰にも見せたくなかった。扉のノブに伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろす。
代わりにリンレイは、基地内を歩き出した。
どこか、一人で居られる場所を探して。
「どこに行くんだ? 外は危険だぞ」
ふいに掛けられた声。
それは大人にしては幼い声だった。
「お前は……」
リンレイは、振り返って気づいた。
そこには、ライフルを肩に掛けた赤毛の少年。緑の大きな瞳がリンレイを捕らえていた。
確か、ここを案内してくれた少年が……。
「ジョイ。ジョイ・イノセンテ」
ぶっきらぼうに彼……いや、ジョイは答える。
「ああ、そうだ。ジョイ、だったな」
「………あのさ、良い所知ってんだ。外じゃないけど、人が来ない」
彼なりに気を使ってくれているのだろう。行く宛てのないリンレイは、ジョイの提案に素直に頷いたのだった。
そこは心地よい場所だった。
外に通じるらしく、時折、涼しい風が彼らの横を通り過ぎてゆく。
「俺の秘密基地」
誇らしげにジョイは言った。
吹き抜けになっている上に、天井が広く開いていた。そこから、満天の星空が彼らの頭上に浮かび上がっている。
また、鍾乳洞になっているらしく、少し涼しい場所のようだ。
「良い所だな。上が開いているのか」
「そう、そこから風がちょっと入ってくる。もともと、ここは鍾乳洞で涼しいんだ。冬はすっごく寒いけどな」
にっと笑みを見せて、ジョイは座れそうな岩に座って、ぽんぽんと空いている隣を叩く。どうやら、隣に座らないかと言っているらしい。
リンレイは頷き、隣に座った。
「あのさ……俺、家族がいないんだ」
「えっ!?」
ジョイの突然のカミングアウトに、リンレイは驚きを隠せない。
「ここ、前はすっげー平和な国だったんだ。農業とか酪農が盛んでさ。エレンティア王国って言うんだけど」
その国の名前を、リンレイはよく知っていた。
―――私の、国……。
「クーデターってのが起きてさ、それに俺の家族も巻き込まれたんだ。……生き残ったのが、俺一人」
足をぶらぶらさせながら、ジョイは語り始めた。
「ジョイ……」
「俺んちさ、家族が多くて……兄貴だろ、姉貴だろ? それに弟が3人、妹が4人居たんだ。けど……俺がお使いに出てる間に……全員、殺されてた。一番下の弟なんて、まだ1歳にもなってなかったんだぜ?」
ジョイは淡々とそのときのことを語る。
「だからさ、こういう時どうすればいいか知ってる」
「どうするんだ?」
ジョイはひょいっと立ち上がり、力強く空を指差した。
「俺は一人でも生きていくんだって、星に誓うんだ」
見上げたまま、続ける。
「あの星は死んだ人達が輝かせてるんだ。だから、星が見える限り、俺達はずっと一緒なんだ。それに目をつぶれば、いつでも皆に会えるって。死んだ人は生きている人の心の中で永遠になるんだって」
そこで区切って、ジョイは振り向き、胸を叩いた。
「だから、ひとりじゃないってさ」
リンレイに笑って見せた。少しだけ辛そうな笑みにリンレイは何も言えなくなった。
「っていうのを、アレフ兄貴……あ、うちのリーダーに言われたんだ」
そこからジョイは饒舌になった。
「あんなナリだけど、すっげー優しくってさ、すっげー強いんだ。だから、俺、兄貴についていって、国を取り戻す手伝いをしてるんだ」
ぷいっと明後日の方向を向いて、ジョイはそこら辺に転がっている石を蹴り始めた。
「でも……俺さ、ただ国を取り戻すだけじゃだめだと思ってるんだ。そりゃ、兄貴が国を作るんだったら、きっと良い国になると思うけど……なんていうかさ、俺、ここに居て思うんだ」
蹴った石を拾って、今度は手で投げた。こつんという音が洞窟内に響き渡った。
「みんなで心を一つにして、団結して国を守らなきゃ、絶対、また取り返されちまうんじゃないかって。それに、国のみんなが全員幸せでないと、また、クーデターが起きちまう。だから、みんなが幸せになることをずっとしてかなきゃ……どうやるのかよくわかんねーけどさ」
「ああ、そうだな」
リンレイが声を出して頷いた。思っていた以上に自分の声が震えていて、リンレイは少し驚いた。それに、何故かジョイの話を聞いている間、この洞窟の景色が滲んで見えるのは、気のせいだろうか?
「だからさ、俺が兄貴と一緒に国を取り戻して、まずは、元の国に戻そうと思うんだ。それから、みんなが幸せになれることを探す。だからさ」
「ああ……」
「その、一緒に行かないか? どうせ、行く宛てないんだろ。まあ……俺も元は行く宛てなかったんだけどさ」
そういって、ジョイが手を差し出した。
「んっ……」
最後は言葉にならなかった。ただ、リンレイはジョイの差し出した手を握ることしか、できなかった。
驚きと嬉しい気持ち、そして、まだ胸の奥に残る苦しい悲しい気持ち。
けれど、その辛い気持ちが幾分、弱まっているように感じた。
溢れ零れる涙と共に、少しずつ、どこかへ……。
ぐぎゅるるる……。
鳴ったのは、誰かの腹の虫。
とたんにリンレイの顔が真っ赤になり。
「あははははっ!!」
ジョイは笑い出した。
「わ、笑うな、バカ!」
「いいだろ、面白れーんだもん。……けど、その分なら大丈夫そうだな」
ジョイの声にリンレイがきょとんとした顔で首を傾げた。
「何がだ?」
「なんでもねーっ! なあ、なんか食いに行こうぜ! 俺も腹減ったー!!」
もう一度、ジョイが振り返った先には、まだぎこちないが。
「ああ、そうだな」
手のひらで拭って、笑顔を見せたリンレイの姿があった。
「ところで、この基地はポトフを出してるのか?」
突然、リンレイがジョイへと尋ねた。
「へ? ポトフ?」
「いや、聞いてみただけだ」
ジョイは歩きながら、首を傾げる。
「ときどき、ここで出てたはずだ。今日は違うと思うけど」
それを聞いて、リンレイはさらに笑みを深くさせる。
「それは楽しみだな」
―――この足は補助が無ければ歩けないが、けれど、一歩ずつ歩けるのだから。
「私も、星に誓おう……」
ジョイには届かない声で、リンレイは小さく呟いた。




