第11話 ◆メルビアンからの通信
彼らが案内したのは、街中……ではなく、その外れの森の中だった。
木を掻き分けるように移動した先に、洞窟があり、その中がアジトへ続く道となっていた。
洞窟は一見、天然の洞窟のようにも見えたが、内部に行くに従って、パイプやコンクリートで補強されている人工の洞窟に……いや、それこそアジトに相応しい容貌をしていた。突然、狭い路地が広がりを見せる。どうやら、そこがモーターギアの収納場所らしい。そこで、モーターギアから降り、そのままブリーティングルームへと入る。
「改めて……遠路はるばる、この『テネシティ』のアジトへようこそ、アール。そして、リンレイ嬢」
そう差し出すアレグレの手。アール、リンレイの順に熱い握手を交わした。
「あなたがメルビアンの騎士が言っていた『受取人』で間違いありませんか?」
「ああ、連絡は既に受けている」
アールの確認に、アレグレが頷き答えた。
「騎士殿も明後日には、メルビアンを発ち、こちらに向かう予定だ」
それを聞いて、リンレイがホッとした表情を浮かべる。
「じいも来るんだな」
「ええ、それも条件の一つでしたから」
リンレイの言葉にアレグレが微笑む。
「ではさっそく、受け渡しを……」
そういって、アールがデータチップを渡そうとしたが。
「チップ? いや、それは聞いていない。こちらはリンレイ嬢を迎え入れることだけ頼まれているが……」
「聞いていない? 騎士殿に言われて預かったものなのだが……」
「何か手違いがあったのかもしれない。彼と通信を繋ごう」
チップを仕舞い、アール達は、アレグレが案内する通信室へと向かった。
「リーダー! メルビアンから通信です!!」
まさにグッドタイミングというべき頃合に、アールは思わず苦笑を浮かべる。
リンレイも同じようだった。
「回線を繋げろ」
「アイサー」
一番大きいスクリーンに映し出されたのは。
「じい!!」
大きな声でその名を呼ぶのはリンレイ。
『これはこれは、姫様。こちらが指定した期限よりも少々早いようですが、無事到着したようでございますな』
「ああ、アールのお陰でな。それと、じい見てくれ! アールがレッグギアというのを作ってくれてな、ほら、こうして立って歩けるんだ!!」
ジャンプも出来るぞと見せながら、リンレイははしゃいでいる。
『それはそれは、素晴らしいものを頂いたのですな。ありがとうございます、アール殿』
「いえ、必要だったまでのことです。ところで……」
チップのことを聞き出す前に、老騎士が口を挟む。
『ゆっくりお話したい所なのですが、今はそんなときではないのです』
いつになく真剣な眼差しにリンレイは押されつつも。
「じい? どういうことだ?」
なんとか、尋ねることができたようだ。
『現在、敵にアジトを嗅ぎつかれましてな。目下、潜伏中の身でございます』
言われてみれば、画面に出るノイズが多くて、モニターが少々見づらいことになっている。
移動中ならばノイズの理由も想像つく。恐らく、上手く電波を発せられないのだろう。
その後ろで、切羽詰った様子でショットガンを持った女性が入ってきた。
『騎士殿! こちらも嗅ぎつかれました! 今すぐ移動を!』
それと同時に激しい銃撃の音が響く。
「じい!!」
思わずリンレイが叫ぶ。
『姫様。無事にそちらに着いたのなら、安心ですじゃ。もし、じいがそちらに行けなくても皆さんが守ってくださる……』
老騎士は笑顔を浮かべていた。
安心させるかのように。そして、ある種の覚悟も感じられて。
「じい、何を言ってるんだ! こっちに来るのだろう? さっさと敵を撒いて、こっちに戻ってこい!」
そうリンレイが叫ぶ間も、銃撃音は激しさを増していく。
恐らく老騎士も出なくてはならないだろう。
けれどそうしないのは、きっと。
『皆さんの言うことを聞いて、必ずやご家族の無念を晴らしてくだされ』
「じい!! もうすぐ、もうすぐなんだぞ、お前の誕生日はっ!!」
『リンレイ様。最期にお会いできて』
爆発音。
一瞬切れたが、また戻った。
まだ、何とか繋がっている。
ぱらぱらと天井から、破片が落ちてきているが、老騎士はまだ健在だ。
怪我はしていない。
『じいは、幸せですじゃ』
もう一度、激しい爆音。
そして、通信が一方的に切れた。モニターに映し出されれているのは、黒一色の画面。
「じい、じいっ!! じいっーーー!!」
激しくモニターを叩こうとする、リンレイの手をアールが止めた。
「リンレイ、ここのモニターを壊すつもりですか」
「でも、じいが、じいがっ!!」
その場に、ぱんと、乾いた音が響いた。
そこには、頬を叩かれ、呆然としているリンレイとそれを叩いたアールの姿があった。
「しっかりなさい、リンレイ! 彼の言葉を思い出すんですっ!!」
彼のことを思い出すと、暖かい記憶だけがよみがえってくる。
『姫様、よく頑張りましたな』
車椅子で庭を一周できたとき、彼は自分のことのように喜んでくれた。
『姫様、お目覚めですかな?』
そういって、いつもカーテンを開いてくれたのは、彼だった。
『姫様が料理するなんて、珍しいことですじゃ』
そんなことを言っていたのは、つい最近のように思う。
「姫様の口に合うか、わかりませんが」
そういって、老騎士はぐつぐつ煮詰まった鍋を持ってきてくれた。
「何を作ったんだ?」
「それが……本当はシチューを作りたかったのですが、ホワイトソースがじいには難しくて」
なかなか言わない老騎士に、リンレイは痺れを切らす。
「さっさと結論を言え、結論を」
「ポトフでございます。シチューとは少々材料も違いますが、けれど、美味しいスープにできました」
確かに、鍋から湯気を出しているポトフは、熱々だろうが、美味しそうな香りを部屋中に撒き散らしていた。
「シチューってことは、母様のを作ろうとしたのか?」
「ええ、そうでございます。実は何度も作って失敗作が……」
ふと、リンレイが老騎士の後ろにあるキッチンに目を向けると、焦がしたホワイトソースの残骸が見え隠れしていた。恐らく何度も何度も作ったのだろう。一つ二つだけでない鍋を見つけて、リンレイは顔を顰めた。
あの、シチューに入れるホワイトソースは、母が試行錯誤の上で編み出した究極のソースだったはず。それを男の老騎士が作れるとは到底思えない。
だからこその、ポトフということなのだろう。
ならばと、リンレイは傍にあった木のさじを掴み。
「はふはふはふ……ふまいっ!」
「り、リンレイ様!!」
老騎士が持ってきた水を飲んで、リンレイは、ほっと一息つけた。
「少々熱いが、とても美味いぞ。母様のシチューとは全然違うが……」
にっこり笑って、リンレイは確かに告げる。
「このポトフは最高に美味い」
「姫様にそう言って貰えるだけで……じいは幸せですじゃ」
かつてあった、とても幸せな日々。
『必ずやご家族の無念を晴らしてくだされ』
その言葉が、リンレイの心を締め付ける。
『リンレイ様。最期にお会いできて』
最期に見せたのは、老騎士の笑顔。いつものあの笑顔。
『じいは、幸せですじゃ』
あのとき言ってくれた、くすぐったい言葉。
―――どうして、あのときと同じ言葉を最期に言ったの?
けれど、まだ確定したわけじゃないのだ。
彼がいなくなったという確証は、まだ、ない。
「ま、まだわからない。じいは、逃げてる途中だった。私と居た時、爆弾を受けても生きてたんだ。今度だって……」
だが、その僅かな希望も次の報告によって、脆くも崩れ去ってゆく。
「リーダー! 別方面から新たな通信です。メルビアン基地が消滅したと。生存者は……居ないそうです……」
辛そうに通信係の男が告げたのだ。
「そうか、分かった。引き続き詳細をモニターしてくれ」
「了解」
そんな声が遠くに聞こえる。
リンレイはただ、呆然とそれを聞いていた。
「リンレイ……」
アールが心配そうにリンレイを見ていた。
見るのも辛そうな、そんな悲しげな瞳で。
リンレイの頬に、そっと手を添えて。
「もう、泣いてもいいんですよ」
その、アールの言葉が合図になった。
「うあああああああああああああああああああっ!!!」
姫を守り抜いた老騎士は、この世を去った。
その翌日が、老騎士の誕生日だという、その日に。




