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アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~  作者: 秋原かざや


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12/22

第11話 ◆メルビアンからの通信

 彼らが案内したのは、街中……ではなく、その外れの森の中だった。

 木を掻き分けるように移動した先に、洞窟があり、その中がアジトへ続く道となっていた。

 洞窟は一見、天然の洞窟のようにも見えたが、内部に行くに従って、パイプやコンクリートで補強されている人工の洞窟に……いや、それこそアジトに相応しい容貌をしていた。突然、狭い路地が広がりを見せる。どうやら、そこがモーターギアの収納場所らしい。そこで、モーターギアから降り、そのままブリーティングルームへと入る。

「改めて……遠路はるばる、この『テネシティ』のアジトへようこそ、アール。そして、リンレイ嬢」

 そう差し出すアレグレの手。アール、リンレイの順に熱い握手を交わした。

「あなたがメルビアンの騎士が言っていた『受取人』で間違いありませんか?」

「ああ、連絡は既に受けている」

 アールの確認に、アレグレが頷き答えた。

「騎士殿も明後日には、メルビアンを発ち、こちらに向かう予定だ」

 それを聞いて、リンレイがホッとした表情を浮かべる。

「じいも来るんだな」

「ええ、それも条件の一つでしたから」

 リンレイの言葉にアレグレが微笑む。

「ではさっそく、受け渡しを……」

 そういって、アールがデータチップを渡そうとしたが。

「チップ? いや、それは聞いていない。こちらはリンレイ嬢を迎え入れることだけ頼まれているが……」

「聞いていない? 騎士殿に言われて預かったものなのだが……」

「何か手違いがあったのかもしれない。彼と通信を繋ごう」

 チップを仕舞い、アール達は、アレグレが案内する通信室へと向かった。

「リーダー! メルビアンから通信です!!」

 まさにグッドタイミングというべき頃合に、アールは思わず苦笑を浮かべる。

 リンレイも同じようだった。

「回線を繋げろ」

「アイサー」

 一番大きいスクリーンに映し出されたのは。

「じい!!」

 大きな声でその名を呼ぶのはリンレイ。

『これはこれは、姫様。こちらが指定した期限よりも少々早いようですが、無事到着したようでございますな』

「ああ、アールのお陰でな。それと、じい見てくれ! アールがレッグギアというのを作ってくれてな、ほら、こうして立って歩けるんだ!!」

 ジャンプも出来るぞと見せながら、リンレイははしゃいでいる。

『それはそれは、素晴らしいものを頂いたのですな。ありがとうございます、アール殿』

「いえ、必要だったまでのことです。ところで……」

 チップのことを聞き出す前に、老騎士が口を挟む。

『ゆっくりお話したい所なのですが、今はそんなときではないのです』

 いつになく真剣な眼差しにリンレイは押されつつも。

「じい? どういうことだ?」

 なんとか、尋ねることができたようだ。

『現在、敵にアジトを嗅ぎつかれましてな。目下、潜伏中の身でございます』

 言われてみれば、画面に出るノイズが多くて、モニターが少々見づらいことになっている。

 移動中ならばノイズの理由も想像つく。恐らく、上手く電波を発せられないのだろう。

 その後ろで、切羽詰った様子でショットガンを持った女性が入ってきた。

『騎士殿! こちらも嗅ぎつかれました! 今すぐ移動を!』

 それと同時に激しい銃撃の音が響く。

「じい!!」

 思わずリンレイが叫ぶ。

『姫様。無事にそちらに着いたのなら、安心ですじゃ。もし、じいがそちらに行けなくても皆さんが守ってくださる……』

 老騎士は笑顔を浮かべていた。

 安心させるかのように。そして、ある種の覚悟も感じられて。

「じい、何を言ってるんだ! こっちに来るのだろう? さっさと敵を撒いて、こっちに戻ってこい!」

 そうリンレイが叫ぶ間も、銃撃音は激しさを増していく。

 恐らく老騎士も出なくてはならないだろう。

 けれどそうしないのは、きっと。

『皆さんの言うことを聞いて、必ずやご家族の無念を晴らしてくだされ』

「じい!! もうすぐ、もうすぐなんだぞ、お前の誕生日はっ!!」

『リンレイ様。最期にお会いできて』

 爆発音。

 一瞬切れたが、また戻った。

 まだ、何とか繋がっている。

 ぱらぱらと天井から、破片が落ちてきているが、老騎士はまだ健在だ。

 怪我はしていない。

『じいは、幸せですじゃ』

 もう一度、激しい爆音。

 そして、通信が一方的に切れた。モニターに映し出されれているのは、黒一色の画面。

「じい、じいっ!! じいっーーー!!」

 激しくモニターを叩こうとする、リンレイの手をアールが止めた。

「リンレイ、ここのモニターを壊すつもりですか」

「でも、じいが、じいがっ!!」

 その場に、ぱんと、乾いた音が響いた。

 そこには、頬を叩かれ、呆然としているリンレイとそれを叩いたアールの姿があった。

「しっかりなさい、リンレイ! 彼の言葉を思い出すんですっ!!」



 彼のことを思い出すと、暖かい記憶だけがよみがえってくる。

『姫様、よく頑張りましたな』

 車椅子で庭を一周できたとき、彼は自分のことのように喜んでくれた。

『姫様、お目覚めですかな?』

 そういって、いつもカーテンを開いてくれたのは、彼だった。

『姫様が料理するなんて、珍しいことですじゃ』

 そんなことを言っていたのは、つい最近のように思う。


「姫様の口に合うか、わかりませんが」

 そういって、老騎士はぐつぐつ煮詰まった鍋を持ってきてくれた。

「何を作ったんだ?」

「それが……本当はシチューを作りたかったのですが、ホワイトソースがじいには難しくて」

 なかなか言わない老騎士に、リンレイは痺れを切らす。

「さっさと結論を言え、結論を」

「ポトフでございます。シチューとは少々材料も違いますが、けれど、美味しいスープにできました」

 確かに、鍋から湯気を出しているポトフは、熱々だろうが、美味しそうな香りを部屋中に撒き散らしていた。

「シチューってことは、母様のを作ろうとしたのか?」

「ええ、そうでございます。実は何度も作って失敗作が……」

 ふと、リンレイが老騎士の後ろにあるキッチンに目を向けると、焦がしたホワイトソースの残骸が見え隠れしていた。恐らく何度も何度も作ったのだろう。一つ二つだけでない鍋を見つけて、リンレイは顔を顰めた。

 あの、シチューに入れるホワイトソースは、母が試行錯誤の上で編み出した究極のソースだったはず。それを男の老騎士が作れるとは到底思えない。

 だからこその、ポトフということなのだろう。

 ならばと、リンレイは傍にあった木のさじを掴み。

「はふはふはふ……ふまいっ!」

「り、リンレイ様!!」

 老騎士が持ってきた水を飲んで、リンレイは、ほっと一息つけた。

「少々熱いが、とても美味いぞ。母様のシチューとは全然違うが……」

 にっこり笑って、リンレイは確かに告げる。

「このポトフは最高に美味い」

「姫様にそう言って貰えるだけで……じいは幸せですじゃ」

 かつてあった、とても幸せな日々。


『必ずやご家族の無念を晴らしてくだされ』

 その言葉が、リンレイの心を締め付ける。

『リンレイ様。最期にお会いできて』

 最期に見せたのは、老騎士の笑顔。いつものあの笑顔。

『じいは、幸せですじゃ』

 あのとき言ってくれた、くすぐったい言葉。

 ―――どうして、あのときと同じ言葉を最期に言ったの?



 けれど、まだ確定したわけじゃないのだ。

 彼がいなくなったという確証は、まだ、ない。

「ま、まだわからない。じいは、逃げてる途中だった。私と居た時、爆弾を受けても生きてたんだ。今度だって……」

 だが、その僅かな希望も次の報告によって、脆くも崩れ去ってゆく。

「リーダー! 別方面から新たな通信です。メルビアン基地が消滅したと。生存者は……居ないそうです……」

 辛そうに通信係の男が告げたのだ。

「そうか、分かった。引き続き詳細をモニターしてくれ」

「了解」

 そんな声が遠くに聞こえる。

 リンレイはただ、呆然とそれを聞いていた。

「リンレイ……」

 アールが心配そうにリンレイを見ていた。

 見るのも辛そうな、そんな悲しげな瞳で。

 リンレイの頬に、そっと手を添えて。

「もう、泣いてもいいんですよ」

 その、アールの言葉が合図になった。


「うあああああああああああああああああああっ!!!」


 姫を守り抜いた老騎士は、この世を去った。

 その翌日が、老騎士の誕生日だという、その日に。



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