第10話 ◆たどり着いたその先は
ワープアウトして、たどり着いた先は、目的地である『ミラノセイア』。
各地で紛争が起きている惑星で、危険なことこの上ない場所でもあった。
だからこそ、光学迷彩を使って周囲を窺いつつ、目的地へと向かう……はずだった。
「見つかりましたか」
「早いな」
アールの言葉にリンレイがすかさず突っ込む。
隣の操縦席で、カリスがモニターを見ながらキーボードを打ち込んでいく。
「どうやら相手もやる気のようですよ。前より倍の数、10機近づいてきてます」
「ルートを嗅ぎ取られないようにしてきたつもりだったけど、まあ、目的地は敵にバレてたみたいだね」
カリスの的確な報告にアールは苦笑を浮かべる。
「このまま船で一気に距離を稼ごうと思ったけど、このままだとちょっと難しいか」
アールは立ち上がり、背もたれにかけていたジャケットに腕を通していく。
「どうするんだ?」
実はすぐに対応できるよう、リンレイは車椅子ではなく、レッグギアを装着済みであった。アールの後ろに立ち、不安げにアールを見上げる。
「プランBを……船を囮にして、僕たちは『ルヴィ』……いえ、シルバーで行きましょう。そう遠くはないですし、こっちに来た分は何とかなるでしょう」
「了解しました」
「僕たちって……私もシルバーに乗れるのか?」
「一応、サブシートついてますから」
「サブシートってどういう……おいっ!」
アールに手を引かれながら、リンレイも格納庫へと向かう。
「お気をつけて」
「そっちもね」
手だけ振って、アールはカリスに挨拶を交わした。
もともとこのシルバーフレームのモーターギア、『ルヴィ』は、複座式だった。
パイロットシートの上、頭部部分にもう一人入るスペースがあったのだ。
「これ、二人用ならなんでカリスを乗せないんだ?」
シートに深く座り、その上からアールがベルトを装着する。
「二人とも嫌がるんですよ。よし、これで完了っと」
「二人?」
アールの言葉にリンレイは違和感を感じるも。
「じゃあ、後はこちらに任せて、ゆったり見物しててくださいね」
「あ、ああ。元からそのつもりだ。私を殺すなよ」
「そんなことしませんよ。ほら、閉めますよ」
そういって、アールはリンレイのハッチを閉める。
と同時に内部のモニターが灯り、外の様子が手に取るように分かった。
手元にある小さなモニターには、いくつものデータが次々と表示され、上から下へと流れていく。
アールも慣れた様子で『ルヴィ』に乗り込む。
と、同時に船が揺れ始めた。どうやら、敵の攻撃を受けているらしい。
「全く、手荒なやつらだ」
手早く起動させると、アールは操縦桿に手を掛ける。
「おっと、これを忘れるところだった」
右の壁。たくさんあるボタンの中で、アールはいつもは使わない左端にある緑のボタンを押した。
『光学迷彩起動します』
「よろしく」
ぽーんという音と共に、モニターにその文字が流れる。音声ガイダンスはこれにはついていないようだ。
「さて、もうひと頑張りしましょうか、『ルヴィ』」
瞳のライトが輝き、頷くかのように『ルヴィ』のヘッドが動く。
そして、格納庫の扉が開くと同時に、一気に加速し、外へと飛び出した。
カリスはあらかじめ受け取っていたプログラムを展開させながら、敵のモーターギアを引き付けていた。
ただ引き付けるだけでよいので、仕事は楽な方だろう。
アール達の『ルヴィ』が遠ざかるのを確認しながら、操作し続ける。
「ですが、ちょっと手が滑りましたね」
一番速度の遅いギアが、カリスの放ったレーザービームに焼かれ、大破した。誰も射出されなかったところを見ると、恐らくパイロットは爆発に巻き込まれ即死したことだろう。
「ここにあのお嬢様がいなくて、本当によかったです」
忙しく動かしていた手を止め、座席にもたれ掛かる。
「さて、こちらも少しだけ本気を出しましょうか。弱い者を相手するにも飽きましたし」
カリスは光に包まれ、そして、光の球体となって、船の中心部に消えた。
いや、正しくは『同化した』というのが正しいだろう。
この船は、いまやカリスの手であり、足なのである。
『先日、散々いたぶってくれましたからね。手加減無しです』
展開していた翼が一部収納され、高速モードの船へと変形する。
『覚悟は……よろしいですね?』
船が蒼白いオーラに包まれ、襲ってくるモーターギアの大群の中に突っ込んでいった。
「どうやら、派手にやってるようですね」
アールは後方から聞こえる爆撃音を感じながら、地面スレスレを飛んでいた。
地面スレスレを飛ぶのは、敵のセンサーを逃れるため。
ちなみに既にサーチプレートは展開済みで、敵に動きがあれば、すぐに反応できるようにしてある。
『大丈夫なのか?』
モニターの一つに、サブシートの様子が映し出される。心配そうにちらちらと後方を見るリンレイに思わず笑みが零れた。
「問題ありませんよ。彼女、『本気』で相手してるみたいですから。前に傷つけられたのがそんなに頭にきてたのかな。綺麗に修復したつもりだったんだけど」
どちらかというと、リンレイの緊張を解すための会話のつもりだった。
『何の話だ?』
「カリスの……いえ、カリスと、船の話です。船に傷がついたと怒っていたから」
『あの船が好きなんだな』
的外れなリンレイの言葉に、アールは思わず笑ってしまう。
『何が可笑しい?』
むっとするリンレイにアールは、すみませんとすぐに謝る。喧嘩をするつもりはないのだからと。
「まあ、あの船はカリスのもう一つの体みたいなものですから」
『そうか、船マニアなのだな』
その答えに笑いそうになりつつも、アールはそれを飲み込んだ。
「とにかく、先を急ぎましょう。ランデブー地点はこの山を越えた町の中で……」
がくんと機体が揺れた。その反動で光学迷彩が切れてしまった。
「流石ですね。この機体を捕捉するとは」
相手に心当たりがあった。恐らくこちらを見つけたのは。
「おう、やっと見つけたぜ? 子猫ちゃんよぉ~」
眼帯をつけた男は、獲物を見つけたような獣のような眼でアールの『ルヴィ』を睨み付ける。
アールの行動を読み、ルートを絞り込んで見張っていた。
かなり気づきづらい微弱なものだったが、どうやら、眼帯男に分配が上がったようだ。
「前回は油断したが、今度は逃がさないぜ? それにそっちは嬢ちゃんが乗ってんだろ? 大人しく引き渡してもらうぜ。もっとも遊んだ後であの世行きだけどなっ」
下品な笑い声がコクピット中に響いた。
『アニキ! リョウガアニキ! こっちはいつでも行けるぜ』
リョウガと呼ばれた眼帯男のモニターに、下っ端が声を上げるコクピットが映し出される。
「おう、じゃあ手筈通りにな。何せ相手はあの『アール』だ。気張っていけ」
『了解!』
湧き上がる衝動に、眼帯男リョウガは打ち震える。
「あいつを今度こそ、この手で殺る。あのときの屈辱を晴らすためにも」
モニターしたでスピードを上げていく『ルヴィ』に、リョウガは瞳を細めた。
「絶対に逃さねぇ……」
ギチリとリョウガの手袋から、操縦桿を握り締める、嫌な音が鳴った。
「さて、どうしましょうかね。このまま振り切りますか」
もうすぐ目的地なのだ。無駄な戦いは避けたい。それにこっちは客を乗せているのだ。
アールはそう決めて、アクセルを踏み込んだ。
『出来るのか?』
「ええ、もう少し速度を上げれますよ」
『……またあれか』
画面の中のリンレイが顔を顰める。恐らく前回のカーチェイスを思い出したのだろう。
「大丈夫です。今度は空ですし、それほど気持ち悪いことにはなりませんよ」
『ならいいんだが……』
アールは即座にキーボードを操作し、上部コクピット内の空調を最大限に最適化させる。つまり、どんなことがあってもそこだけは快適に過ごせるように調整したのだ。
少し忘れかけていたが。
「それにしても、向こうはやる気のようですね。余程、このチップが欲しいと見える」
ゆっくりと更に加速化。
次々と脱落していく敵のギアに思わず、笑みを浮かべた。
―――これなら行ける!
と思った矢先のこと。
「チッ!」
アールはそのスピードを緩めなくてはならなかった。
『おい、スピードが遅く……』
「挟み込まれたか……」
後ろだけでなく前までも。その数20。
チェンソーを持った機体、戦斧を持った機体、ライフルやミサイルを構えた機体―――まるで暴走族が違法改造したような―――バラバラな型式のモーターギアが、ずらりと包囲し、その武装を『ルヴィ』へと向ける。
「面倒なことになりましたね」
シールドから剣を引き抜き、そのまま盾だけを背中に回す。代わりに左手にはライフルを装備した。
小さな画面に映し出されるのは。
『プログラム・アーサー、起動します』
の文字が流れてゆく。
「さて……と」
―――相手を殺さずに行けるか。いや、たぶん無理だ。
アールは少しため息を零した後。
「リンレイ、これから先、心しといてくださいね」
『どういう……』
「手加減してたら、こっちがやられるってことです」
『えっ……』
すぐさま剣を引き伸ばし、距離を測る。
「さて、行きますか」
一番弱そうな機体に目星をつけて、アールは操縦桿を動かした。
激しい銃撃音とともに、突然、目の前が煙に包まれる。
打ち出されたのは威嚇のための射撃弾。
それも一つや二つではない。それ以上だ。
『な、何なんだ!?』
「さあ?」
おどける様なアールの声にリンレイは眉を顰めた。
『今すぐ戦闘を止め、投降せよ!』
有無を言わさぬ声の通信が、アールとならず者達に等しく届いた。
砲撃の先を見ると、そこにはシルバーに輝くモーターギアが10機ほどだろうか、整然と隊列を組んでいる。
またその後ろにはブロンズ級のモーターギアが控えていた。
5列に並んでライフルを構えるそのギアの数は、優に100機はあろうか。
その同一形式のギアの肩には、赤く狼の紋章が刻まれている。
『ここは我ら『テネシティ』の領地内だぞ!!』
テネシティと名乗る彼らは、その銃口をアール達へと向けていた。
「くそっ、良い所で奴らが出やがるとは!!」
忌々しそうにモニターを睨み付けながら。
『アニキ、どうすんです!? 向こう、俺達よりも……』
「うるせー、黙れ! さっさと退け!!」
こっちは100を相手できる装備ではないのだ。
ギリギリと歯軋りしながら、眼帯のリョウガは後退することを余儀なくされた。
次々と後退していく敵機を見送りながら、アールは『ルヴィ』の武装を解除した。
恐らく、相手が受取人のはずだろう。
『お、おい、あっちはいいのか?』
「どうやら、お迎えが来たようですから」
指揮官機と思われる機体から、人が降りてきた。
筋骨隆々な男で、こちらを見て笑みを浮かべて手を振って近づいてくる。
アールもハッチを開けて、降りようとしたが。
「いや、そのままでいい!」
そう声を掛けられた。
「俺はテネシティを纏めるアレグレ・フォルティス。こっちはジョイ・イノセンテ。君があの『アール』だね?」
黒髪で色黒のアレグレは、傍にいた少年ジョイも紹介して、気さくに話しかけてきた。
「ええ、そうです」
「リンレイ嬢は、今どちらに?」
「ここですよ。頭部のコクピットにいます」
「なら、案内しよう」
ジョイを隊に戻して、自身もすぐに自分の機体に戻る。
「我がテネシティのアジトまで」
彼らの案内を受けて、アールはテネシティのアジトへと向かったのであった。




