第9話 ◆失われた過去と真実
―――この世界……いや、宇宙には無数の国がある。
辺境になればなるほど、その数は増えてゆく。
その広大な宇宙で、勢力を伸ばしている国があった。
ラフトブレスト帝国。
驚くべきことにその帝国は、宇宙の8割を支配する巨大帝国になるまでに力をつけていた。
その発展方法が、他者を力で捻じ伏せるというものであったために、不満も大きく、抵抗する国や組織も少なくない。
そして、彼らが目をつけたのが……。
小さな小さな国だった。
辺境にある、農業と観光を主とした国。
少しずつ、けれど確かにその力を伸ばしていた。
小さいけれど、その国が、リンレイは好きだった。
貧しくても、町の人達は優しくて暖かで。
その町の人達がくれるもの、全てが美味しくて。
中でも、母が作ってくれるクリームシチューは天下一品だった。
収穫祭で貰った野菜を使って、いつも母はとびきりのシチューを作ってくれる。
その日も収穫祭を終えた、長閑な夕食時。
「リンレイ、そっちのお皿を取ってくれないかしら?」
「はい、母様」
母の指示通り、リンレイは皿を持ってくる。
「姉さま姉さま。今日はね、きれいなお花を見つけたの」
「違うよ、それ僕が見つけたんだよ!」
可愛い妹と弟がやってきた。
「おや、良いにおいだと思ったら、シチューかい?」
仕事を終えて、少し疲れている父までやってきた。
シチューを見て、明らかに元気を取り戻したようだが。
「ええ、一緒にいただきましょう」
暖かい食卓。席に座る家族。
あまり人を雇えなかったから、料理は母が担当となった。それを手伝うのがリンレイとその妹と弟の3人。
リンレイはずっと、父と共にこの国を豊かにするんだと、守ってゆくんだと思っていた。
その日までは。
「きゃあああああああ!!」
いつもと変わらないはずの暖かい団欒が一転した。
「早く王と后を見つけろ、そして殺せ!!」
そんな怒号と共に銃声が鳴り響く。
食卓をそのままに父と母は、リンレイ達を連れて逃げた。途中、あの老騎士とも合流し、別れる。
父と母は妹と弟を別の部下に託すために、また逃げると言っていた。一緒に逃げたかったが、リンレイにはそれを言い出すことさえも、出来なかった。
まだそれまでの力も技術も、なかった。
「じい、父様と母様は大丈夫だよね?」
「ええ、大丈夫です。他にも腕の良い方はたくさんいらっしゃいますから」
「妹も弟も大丈夫だよね?」
「ええ、きっと大丈夫です」
逃げる途中で、子供の悲鳴が……聞こえた。
聞いたことのある、声だった。
「……うっ……くっ……」
森の中を逃げることしか、出来なかった。
怖かった。
助けたかったけれど。
それよりも、怖くて怖くて。
「うおおおおおおおお!!」
勝利の雄たけびに似た声が背後から聞こえた。
「王と后を……殺したぞっ!!」
聞きたくなかった、言葉だった……。
涙がこぼれて、前が見えなくなった。
それでも逃げられたのは、老騎士が、傍にいて励ましてくれたからだろう。
「姫さま、あともう少し、あともう少しですぞっ!!」
「んっ!!」
この森を抜ければ、きっと……きっと……。
草原に出たとたん、リンレイは老騎士と共に吹き飛んだ。
恐らく爆弾か何かで吹き飛ばされたんだと、思う。
……目が覚めたときは病院で。生きているのが奇跡だといわれて。
リンレイは下半身麻痺。老騎士は、その体の殆どを機械にされていた。
「はあ、はあ、はあ……」
目が覚めたら、そこはアールの船の中。リンレイのために用意された部屋の中だった。
こんこんと、ノックの音が、静かな部屋に響き渡る。
「カリス……なのか?」
「はい、入ってもよろしいですか?」
「ああ……」
急いで涙を拭いて、何事も無かった振りをする。
「何か飲み物をと、思いまして」
カリスは冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう、助かる」
さっそくそれを受け取り、口に含む。甘い甘いジュースだった。
「ところで……アールは?」
飲み終えたコップを手渡し、リンレイはカリスに尋ねる。
「まだです。ですが、もうすぐ戻ってくるかと」
「そうか……」
―――全く、アイツは何をしているんだ。お陰で嫌な夢を見てしまったじゃないか。
しばらく見ていなかった、嫌な過去の夢を。
アールはいつものバーに入っていく。
名前は『レーヴ』。
確か、何処かの国の言葉で、夢という意味だそうだ。
「彼女らしい名だ」
扉を開くと、扉についていた鐘がからんと音を出した。客が来たことを知らせる金の音。
店の中は、独特の甘い香りと、甘いムードを演出していた。
けれど、今日は少し違っていたようだ。
「何だと……」
「お前が悪いんだろっ!!」
どうやら、客の二人が揉めているらしい。
「ちょっと、揉め事は外でやって頂戴」
マスターの女性が声を張り上げるが聞いていない。
アールが彼らの元に音も無く忍び寄り、彼らの腕を捻り上げた。
「いででででっ!!」
「ぐおっ! 何すんだっ!!」
力を緩めることなく、アールは睨み付けた。
「喧嘩は外でやれ。ここは静かに酒を飲むところだ。それでもやるっていうのなら」
二人の耳元で囁く。
「今すぐここで、殺してやってもいいんだぞ?」
ひっという声と共に二人は、とたんに静かになった。そして、アールが手を離すと、二人は一目散に店を出て行った。
「あらやだ、アールじゃない♪」
マスターはしなをつくりながら、嬉しそうにアールを迎える。
アールはというと、先ほどの殺気はどこへやら。嫌なものでも触ったといわんばかりに手の埃を払うと。
「いつものくれます?」
「ええ、ええ! すぐに用意するわね♪」
マスターは、すぐさまカウンターに戻り、いつものノンアルコールカクテルを作り始めた。アールもカウンターに座り、それを楽しげに待つ。
ちなみに、このバーはオカマバーだ。全て女装の男達が仕切っている。もちろん、カウンターでカクテルを造っているマスターもそうだ。
なので、いざとなったら先ほどの男達もすぐに追い出されたかもしれないが、アールは思わず手を出してしまった。だが、ここで店に恩を売っておくのもいいかもしれない。
「それにしても、来てくれるなんて嬉しいわ」
「丁度、近くを通りかかったものだから。久しぶりに顔を見ておこうと思って」
「あら嬉しいことを言うのね。でもそんなこと言ってると、いろんな人に惚れられるんじゃなくって?」
さっそく出来たカクテルをアールの前に差し出して、マスターは笑みを浮かべた。
「そんなつもりはないんだけど……うーん、やっぱり、父さんの血、かな?」
いただくよと声を掛けて、一口。アールの口の中に、甘く爽やかな味が広がってゆく。
「うん、やっぱり美味しい」
「ふふ、あなたのお父さんって、とってもプレイボーイだったのかしらね?」
「嫌になるほど、とびきりのね。よく母さんにけり倒されてた」
「まあ、素敵」
二口目を口の中で味わいながら。
「素敵かな? 青あざ作ってたけど?」
「だって、それほどの口と美貌があったのでしょう? 素敵に決まってるじゃない」
うっとりとした顔でマスターは続ける。
「ああん、アールのお父さまに会いたかったわぁ~」
「もう、死んでいないけどね」
「そうだったわね」
くすすと二人で笑いあい、アールが口を開く。
「で、頼んで置いたのは、調べてくれた?」
「もちろん、アールの頼みですもの。しっかり調べておいたわ」
ぱさりと資料の束を出してくれた。すぐさまそれを受け取り、目を通していく。
一番最初に目に付いたのは、頭にティアラをつけたドレス姿の。
「エレンティア王国。とっても辺境の地の国のお姫様よ。彼女」
愛らしい笑顔で手を振るリンレイだった。傍らには兄弟だろう似たような子供達も手を振っていた。
「やっぱり」
「しかも、あの帝国に滅ぼされてるの。国を」
「………それで」
「最後の生き残りらしいわ。それと、おつきの騎士様も僅かな生き残り。もっともそっちはおじい様だけどね」
「……そう、ですか」
資料を一通り眺めて、そして、マスターに手渡す。
「あら、いいの? 持って行ってもいいのよ?」
「いえ、持って帰ったら何言われるかわかりませんから」
内緒にしておきたいんですと告げて、残っていたカクテルを全て飲み干した。
「じゃあ、おかわり作るわね」
「そうですか? では、今度はあの青いやつで」
「ふふ、あれね。わかったわ。ちょっと待ってて」
またカクテルを作っている間に、アールは着信を受けて振動する携帯端末を、胸ポケットから取り出した。
「あっ。もう来てる……」
「あら、あの子から?」
ことりと、出来たカクテルをアールの元に置いた。さっそくそれに手を伸ばし、一口飲む。今度はしゅわっと刺激的なカクテルだった。それがまた、心地よい味。
堪能しつつ、端末を操作して、届いたメールを確認する。
『ちょっとキナ臭い情報をゲット。『テネシティ』っていう組織がリンレイを使って革命を起こそうとしている模様。組織のある場所は……』
「うちの届け先、ですか」
明らかに嫌そうな表情を浮かべ、アールはため息をついた。
「まあ、どうするの?」
「いえ、変更はしませんよ。それに前金いただいちゃいましたし」
「そんなの踏み倒しちゃえばいいのよ」
「それは信用に関わりますから駄目です」
ごくりとアールは、2杯目のカクテルも飲み干した。
「それにこれは、彼女の問題でもありますから」
端末をしまって、アールは立ち上がる。
「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていってもいいのよ?」
「これ以上留まったら、指定の時間に間に合わなくなってしまいます」
「もう、つれないのね」
「また来ますよ」
そういって、アールは色をつけて、チップを渡した。
「あら、ちょっと多いんじゃなくって?」
「今日は特別です」
「いつも特別だと嬉しいわね。ふふふ」
マスター達に見送られて、アールはバーを後にした。
「後はチップの中身、ですか……」
戻ってくると、案の定。
リンレイは不機嫌だった。
アールが戻ってくるまで、変な夢を見たらしい。
なんとなく、アールはどんな夢を見たのか想像できたが、あえて触れないでおく。
「それとこれ、返しておくぞ」
リンレイは、借りたアールのペンダントを手渡してきた。
「ありがとうございます。ちゃんとデータは貰えました?」
アールは手渡されたペンダントを再び、首元につけた。
「ああ、これだ」
アールに言われて、頼まれていた解析データと共にチップも手渡す。
「……動画?」
まだリンレイが何も言っていないのに、アールは一瞥しただけで、分かったようだった。
「よく分かったな」
「え、ああ……まあ、なんとなくですよ。なんとなく」
データをカリスに手渡して、アールは自分の席に座り、操縦桿を握った。
「さて、ここから一気に行きましょうか。届け先まで一直線に行きます」
「そ、そうか……」
楽しみのような残念なような。
この旅がもうすぐ終わる事に、少しだけ寂しさを感じるのは気のせいだろうか?
リンレイはそれをアールに悟らせないよう、船から見える宇宙を必死に眺めていた。




