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彼との時間

 


「約束、したから! 約束破るとすごく怖いから、ルワンロンさんにいいかどうか訊くまでは、お返事できませんっ」

「やくそくう!? あんた、お嬢様どころかそこらのはな垂れがきんちょと一緒じゃないのよ!」

「私だってできればお手伝いしたいですっ! 一日中この部屋にいてもう飽き飽きだし、誰かと話すと怒られるし、シャ……じゃなくてルワンロンさんは言ってることわからないしっ、それにそれに……、なんでか足ばっか舐めてっ、舐めてっ……ううううっ」


 頭ごなしに怒鳴りつけられ、思わず私は大爆発を起こしてしまった。これまで溜まりに溜まっていたものが、ぽこぽこと溢れて止まらない。

 何せ、今までの生活環境が一変してしまったにもかかわらず、説明してくれる人はいないし助けてくれた人はへ、変態さんだし!

 涙を流しながらの私の思わぬ反撃に、ラサさんは大きな目をさらに大きく見開いて押し黙ってしまった。

 しばらく二人、見つめ合ったまま沈黙。

 ……私、なんかものすごく恥ずかしいことまで口走った気がする。ううん、言った。言っちゃったよ。主に足関連。

 恐る恐るラサさんの反応を窺えば――そこで本日三度目のため息。


「なんか、すごく悔しいけど今回はあんたのその情けないお願いを聞いてあげるわ。その代わり、ルワンロンが戻ったら必ず『シー』って言わせなさい。いいわね?」

「は、はいっ」


 何だかすごく哀れみの目を向けつつラサさんはそう言うと、頷く私に背を向け、やって来た時とは反対に静かに部屋を出て行った。

 ……なんか、前門の虎後門の狼?

 どっと疲れてしまった。私は行儀悪くベットにごろりと横たわり目を閉じる。そして、どうやってシャオランさんに許可をもらおうかと考えているうち、そのまま眠ってしまったのだった。





 ぎっと何かが軋む音がして、眠りの底に沈んでいた意識が表面へと浮上してくる。

 うん、と小さく唸ったところで、ふわりと何か温かなものに包まれた。それがひどく心地よく、私は少しの笑みを浮かべその温もりへとすり寄ってみる。すると温もりは私を穏やかに受け入れ、もっと近くへと誘い込むようにして――そこで目が覚めた。


「しゃ、しゃ、シャオランさん!」

「カツラ、ただいま戻りました」


 上半身裸になったシャオランさんが同じようにして、ベットに横になっていた私を包むように隣に横たわっていた。片腕で私の腰の辺りを引き寄せ、もう片方は肘をついてこちらを緩やかに覗き込んでいる。

 浴室に行った後なのか、いつもは緩く波打つ黒髪が今は少ししっとりと首筋に貼り付いていてなんとも色っぽい。健全な色気じゃなくて、こうどちらかというと引き込まれたら最後、みたいな。

 普段より高めの体温が、腰に回された腕と近くにある引き締まった身体から伝わってきた。それと彼独特の何かしらのスパイスみたいな香り。


「お帰り、なさい。お風呂入ったんですか?」


 二人で暮らすには少しだけ手狭なこの部屋には、ちょっとした浴室とそれとは別にトイレもついていた。そういえば、私は洋服着たままお風呂にも入らず寝ちゃったんだ、と今さらながら思い出す。

 比較的温暖だけれど日中は気温が高いこの場所では、激しい運動をしなくてもさすがに多少汗を掻いてしまう。シャオランさんと至近距離でくっついている今、自分の匂いが気になってしまった私はもぞもぞと動き、距離をとろうとした。

 すると、それを勘違いしたらしいシャオランさんが顔をそらし、肩の辺りをすんと嗅ぐ。


「臭うのか? あなたが不快なら、もう一度湯を浴びてくる」

「ち、違いますっ! 違いますからっ」


 ものすごく悲しそうな顔をしてベットから降りようとする彼に、私は慌てて声をかけた。

 シャオランさんは私に絶対嘘はつかない。

 なので多分これを放置すると、待っているのは彼が全裸のままの風呂場に連れ込まれ臭いを確認させられるとかそういう斜め上の展開だ。きっとそうだ!

 離れていこうとする彼の手を両手でぎゅっと握りしめ、私はベットの上に起きあがってぶるぶると頭を振った。


「私です! 私が臭いんじゃないかと思ったんです! きょ、今日お風呂に入らず寝ちゃったし、シャオランさんが嫌なんじゃないかなって、その……」

「カツラ」


 なんか、彼といると恥ずかしいことばかり自己申告させられている気がする。

 私がそんなことを思いながら顔を真っ赤にして俯くと、その頭上からはなぜか少し弾んだような声がかけられた。


「カツラは臭くない。俺はカツラの汗の匂いが好きだ」

「そういうことは言わないでください……」


 にこにこと無邪気に口にされる言葉に、私はますます居たたまれなくなってしまった。結局汗くさいのか、私……。

 シャオランさんの話す言葉はいつも率直だ。

 それは多分、彼がもともと話す言語と私と話す言語が違うからなんだと、一応理解している。私の世界で言うところの、日本語と英語の違いみたいな。

 謎めいたことに、どうも私はこの世界の共通言語みたいなものを、自分では日本語と認識しながら喋っているみたい。だから意志の疎通に困ることはないんだけど。

 反対に、シャオランさんは少し片言のように聞こえる。

 彼が時々話す「メイファーレン」という単語や「シー」という返事の仕方からして、元はなにか違う言葉を話しているんだろうなあと勝手に想像しているだけだけど。


「では、俺はあなたを抱いて眠る」

「あのっ、私なら床でも長椅子ででも眠れますしっ、その、いつまでも小さなベットに二人で寝るのってどうなんでしょうか!」


 再びベットに寄り、私の身体を抱え込もうと当然のように手を伸ばしてきたシャオランさんに、私は思い切って提案をしてみる。

 そうなのだ。ここに暮らすようになってからずっと、私たちはこのひとり用のベットで重なるようにして眠っているのだった。

 できるだけ身体を離して寝ようとしたりもしたけれど、朝になるといつの間にか彼が私を抱き締めているという。それに、彼は明け方近くに仕事を終えて帰ってくることもあるので、眠っているうちにやっぱり抱き込まれてしまうのだ。しかも先に起きても逃げられないように、両腕はお腹にぎゅっと回されているし両足は絡みついているし。これでもかという密着具合。

 しかしだからといって、何というか男女の間違い的なことは一切起こっていない。

 私のその言葉に、それまで人懐っこい笑顔を浮かべていたシャオランさんは一気に機嫌を低下させてしまった。その整いすぎた感のある顔がむ、としかめられる。


何故ウェイシェンマ?」

「え?」

「何故、俺が近づくの断る? 俺の仕事が汚いから? やはり、何か匂いがするから?」

「え、え?」


 ベットの脇に腰をかけた私に、ぐっと彼が顔を近付けてくる。

 囲い込むように、美しい筋肉がついた腕を身体の両脇について、シャオランさんは真剣な瞳で真っ直ぐに私を射抜いた。

 零れた息さえかかるような距離に、私は息を飲む。これはすごく甘い、拷問だ!


「えと、シャオランさんのお仕事は、とっても大変なお仕事だってちゃんとわかってますよ? 街のお掃除なんて、本当にすごいです! だから身体が汚れちゃうのは仕方ないし、だから……」

「だから?」

「……わ、かりましたっ! も、もういいですっ、いいですから!」


 負けた。

 鼻先が触れ合うほど近付けられた美しい顔に、私は負けた……。

 顔を横にそらして私がそう叫ぶと、シャオランさんはしてやったりとばかりに喉の奥で低く笑い、そうして改めて私を腕の中に抱き直しベットに横たわった。

 そうっと乱れた私の前髪をよけ、そのまま肩まで流れる髪を梳く。性的な匂いをさせない、まるで兄が妹にするような、そんな触れあい。

 男の人ってみんなこうなんだろうか。何も身につけていない大輪の花が咲く彼の素肌は、とても熱く感じられる。その中で、私は微かに息をついた。

 枕元の明かりを落とされ、とくとくと優しい鼓動に耳を澄ませながら、私はとろりとやってくる睡魔に身を任せる。

 なにかすごく大事なことを忘れている気がする、と頭の片隅で思いながら――。



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