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ラサさんという人



 ふた月前、何の原因なのか元いた場所とはまったく異なるこちらへと迷い込んだ私は、わけもわからず彷徨っていた沼地で男たちに襲われた。危うく強姦される、という場面で彼らから私を助け出してくれたのが、今一緒に暮らしているシャオランさん。

 今思い出しても寒気がするほど、鮮やかに五人の男を一瞬にして斬り殺した彼は、なぜか私に服従することを誓い――というか強引に迫り、足をなめ回すという暴挙に出た後それを認めさせ今に至る。

 以降、私を上位者と呼び、まるで彼の女王様みたいに扱われているんだけれど……すごく居心地は悪い。

 その理由が私の胸にある赤い華の痣で、それは彼の身に刻まれている牡丹の入れ墨と対になっているらしいのだけれど、そこらの事情は詳しく知らない。というか、訊いても「あなたが俺の命華人メイファーレンだから」としか返ってこない。

 むむむ、と思い出し悩みを始めた私の頭に、ごつんと痛みが走った。


「い、痛い……」

「あたしを無視して考え事なんて、いい度胸してるじゃない! で、あんた働く気はあんの? ないの?」

「え?」


 今の流れってそんな話だったっけ?

 それこそぽかんと彼女を見上げてしまった私に、ラサさんは再び大きな息を吐いた。見るからに美人な人に呆れられてしまうと、ちょっと心が痛むなあ。


「ちょっと、立ちなさい」

「あの……」

「いいから、あたしが立てと言ったらさっさと立つ!」

「は、はいっ」


 燃えるような印象そのままに、ラサさんは短気だ。私はまたゲンコツを落とされないうちにと、慌ててベットから立ち上がる。

 私より少し高い位置にある透き通るような瞳が、こちらをじっと観察するように上から下まで動いて。


「あんた、歳はいくつ」

「じゅ、十六です!」

「十六ぅ? そのわりには凹凸に欠ける身体ねえ。色気も何もあったもんじゃない! ……誤魔化してんじゃないでしょうね?」

「ち、違います、本当に十六です!」


 そりゃあ、ラサさんのぼいんばいんな胸や、きゅっと締まった細い腰から比べれば私なんて……だけど。

 ちょっと半泣きになりながら、私は改めて目の前の美人さんを見つめてみる。

 天然なのかお洒落なのか、燃えるような赤髪はふわふわとウエーブがかって、腰の辺りまで流れ。卵形の小さな顔は、目鼻立ちのはっきりとした造りをしている。

 羨ましいくらいくっきりとした二重の大きな瞳、つんとした鼻、ぽってりと厚みのある唇。睫毛なんか、お人形さんのように長く濃く。はっきり言って、殆どお化粧なんて必要ないっていうくらいの美しさ。

 実際、きめ細かい真珠色の肌には軽くパウダーのようなものをはたいているだけだし、あとは唇に真っ赤な色を乗せているだけだ。私も女の端くれ、ぱっと見てこれくらいのことはわかるし。

 華美ではないけれど、それなりにセンスのいいシンプルなワンピースは、その細い腰でぎゅっと絞られ、それを引き立たせるようにスカートがふんわりと広がっている。こういうの、子鹿のようなっていうのかな、すんなりと伸びた長く細く白い足。履いているのはこれまたシンプルな踵の低いバレエシューズみたいなもの。それがまた、細く締まった足首を強調していてもう、どこをとっても完璧!

 日本にこんな人がいたら、それはもうモデルか海外セレブって感じだなあ。

 と、またもやぼやんと考え事をしていた私は、今度は左の頬をむにっとつまみ上げられてしまった。


「人のことじろじろ見てんじゃないわよ、金取るわよ!」

「ご、こめんなひゃいっ」


 ふん、と鼻を鳴らしてわざと乱暴に手を離したラサさんは、涙目になって頬をさする私を睨み付ける。なんというか、ラサさんを怒らせずに会話するのは、私にとっては無理みたい……。


「そ、十六ね。だったらちょうどいいわ。あんた、ちょっと店を手伝いなさいよ」

「み、店!?」

「同じこと何回も言わせないでちょうだい。店と言ったらこの店、あたしの城のこと! この間下働きがひとりやめちゃって、手が足りないところなの。……まさか、暇を持て余してる癖に嫌だとか言わないわよねえ?」


 こ、これは……国民的番組によく出てくる、「お前のものは俺のもの」的な!?

 すごく冷たい微笑みを浮かべて、じりじりと身体を寄せてくるラサさんに、私はぶるぶると首を振りながらやっとこ意見を主張してみる。


「あのっ、お手伝いしたいのは山々なのですが! えと、シャ……じゃなくてルワンロンさんが、部屋から出るなって……」

「あんたどこのお嬢様よ、馬鹿ね。あたしのこの店が、危険だとでも言いたいわけ!? この『曙紅楼シューホンロウ』がそんないかがわしい場所だって!?」

「そ、そうは言ってないっ、そうは言ってないですっ」

「じゃあ何だってのよ」


 どうも、彼女は私に絶対に「うん」と言わせるつもりらしい。でも、私としてもここで簡単に頷くわけにはいかないんだ。

 私のほうが主人格なのに、なぜかシャオランさんが主導してさせられたお約束。殆どは「知らない人と話しては駄目」だとか「知らない人が訊ねてきても扉を開けちゃ駄目」だとかいう、小学生!?みたいなものなんだけど。

 これをちょっとでも破ったと彼に知られると……まずい。大変に、まずい。

 ここに慣れてきた頃、食事の上げ下げまで彼がしてくれることを恐縮に思って、一度厨房まで食器を下げたことがあった。

 そこで初めて、シャオランさんやラサさん以外の人――料理人であるフタアイさんとちょっと話をしていたら……問答無用で拉致されました。シャオランさんに。

 私の姿が見えなくなったことで慌てたらしい彼は、フタアイさんから私を引きはがすと、無言で抱え上げて部屋へと戻されてしまった。後に聞いたところによると、フタアイさんはその時、「殺されるかと思った」と震えていたらしい。

 私のほうはといえば、それはもう滅茶苦茶にされた。

 滅茶苦茶に――シャオランさんの気の済むまで、舌で足の指をなぶられた……。

 泣いても宥めても謝っても、まったく聞いてくれなかった彼のその所行に私は誓ったんだ。もう絶対に約束破ったりしないようにしようって!

 あの時の彼の深い瞳を思い出し、私はぶるりと身体を震わせた。


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