あなたは私の
やっと全ての謎が解けるかもしれない、そう思ったのもつかの間。
情けないことこの上ないのだけれど、私はシャオランさんの顔を見てほっとしたのと緊張が解けたことで、そのまま気を失ってしまったのだった。
初めは何だか固い寝台に寝かされているなあ、と思った。
小さく呻いて身じろぎをすれば、身体を包み込んでいた温かな毛布も一緒になって動く。
この何とも言えない安心感と心地よさは、とても久しぶりのような気がして、私はよりいっそうそれを求めてすり寄った。
すると、頭のすぐ上からふっと笑みを含んだ吐息。
何だろう、とうっすらと目を開けてみれば、まず最初に見慣れた緋色の華が飛び込んできた。ああ、ずっと探していた華……。どこか遠くにいるもうひとりの私が呟く。
そうしてゆっくりと顔を上げれば、そこには微かに笑んで、だけど少し心配そうなシャオランさんの顔。回された逞しい腕。彼の香り。
昨日散々泣いたせいか、中に鉛を入れられたように重い頭はぼんやりとしている。
私と同じ色なのに、もっとずっと深い何かを秘めたように黒の瞳を見つめ返す。と、そこに私は乾いた涙の跡を見つけた。
だるい腕を持ち上げ、彼の目尻に手を触れさせようとすれば、それは温かな熱に包まれ阻まれる。
指先にちょっとかさついた柔らかな感触。
ちゅ、と二人きりの部屋に響くには大袈裟な音が耳に入り、そこでようやく私は完全に覚醒した。
「おはっ、おはよう、ござい……ます?」
起き抜けの頭に一気に押し寄せてきた羞恥心を誤魔化すように、勢い込んで挨拶をしてみたものの、あれでも今って何時?という疑問が挟まってしまったため、なんとも間抜けな挨拶になってしまう。
それを笑うでもなく、近すぎる距離でシャオランさんは微笑んだ。
「よく眠っていた」
「あの、ええと、すみません……」
「カツラが謝ることは何もない。眠っているあなたは可愛らしくて、俺は満たされた」
果てしなく甘く響く言葉に、私の脳みそはもう何かとんでもないもので一杯になってしまう。ず、ずるいっ。よくわからないけど、ずるいっ。
美しい男の人だと思えば、なんだか雨の日に捨てられていたうちの犬みたいだなと思うし、昨日ひどいことされた時には誰にもなついたりしない野生の狼って感じだし。
でも、こうして優しそうに微笑んでいる時は、やっぱり犬っぽくて可愛い……えっ。
なんだかとんでもない結論に至った自分の脳が恨めしい。
私はその危険思想を振り払おうと、思いっきり頭を振った。
「カツラ、寒いのか?」
「違うんです、あの、き、気にしないで下さいっ」
「やはり、俺の上着一枚では寒かったんだろう。この部屋には空気を暖めるようにものが何もない。俺の失態だ」
「いえ、だからそうじゃなくて――え?」
何か今、さらっととんでもないことを言われた気がしたんだけど……。
恐る恐る彼に抱き締められたままの自分の身体を見下ろして――叫ぶ。声にはならない声で。
「どうしたカツラ。どこか痛いのか?」
「ちっ、ちがっ! わたっ、私の、服……!」
「ああ」
どうしていいのかわからず、ひたすらわたわたとする私に、シャオランさんは何てことないように頷いた。
「ラサの匂いを纏っているのは気にくわなかった。だから、全部外して捨てた」
「外、して……!」
「あなたを起こしてしまわないよう、上着だけ着せて寝た。……寒かったか?」
横になったまま私の顔を覗き込むように、シャオランさんは首を傾げる。その姿はまるで、主人の帰りを待つ柴犬。
私は何の悪気も下心も見えない彼の瞳を見つめながら、いったん沸騰した全身を何とか宥めることに成功する。そう、そうだよ。
シャオランさんは犬。大きな犬。お利口な犬。私の犬。
自分に暗示をかけるように、とにかく寝ている間にされた物凄く恥ずかしいことを、必死に忘れようと努める。
何でもない、何でもない。み、見られたとしても、これは私の飼い犬だから問題ない。問題……ない……。
「俺がカツラの犬?」
ぐるぐる回る思考と戦っていた私に、しばらくしてぽつっとシャオランさんが声をかけた。
「俺はカツラの犬になるのか?」
再度問いかけられて初めて、必死に自分に言い聞かせようとしていた言葉が、うっかり口から漏れていたことに気付く。ああああああああっ。
もういやあああ!と何度目かの赤面をして、それから真っ青になる私に、シャオランさんはうっとりと呟いた。
「嬉しい……カツラ……」
「えええ! 私、あの、失礼なこと!」
「無問題。何も失礼ではない。俺はあなたの下僕なんだから」
なんか私、シャオランさんの押してはいけないスイッチを思い切り押してしまったみたい。
彼は心底嬉しそうにそう言うと、頬を私の頭に擦りつけてきた。それから、首筋へと顔を埋めて私の匂いを嗅ぐような、自分の匂いをつけるような仕草を繰り返す。
あの、それちょっとくすぐったい!
「や……っ」
「カツラは宵藍の主人だということを、あいつらにわからせなくてはいけない。匂いをつけて、威嚇する」
首筋で低く囁かれ、その何とも言えないくすぐったさに身体を揺らす私に、彼は獰猛に笑いかける。
そうしてそのマーキング的な行為は、私のお腹の音が鳴り響き、シャオランさんが笑いながら食事を取りに行ってくれるまで続けられてしまった。浅はかな自分をもう呪い殺してしまいたいっ。
食事を終えたら、絶対に全部の疑問を聞くんだから!と新たに心に誓いながら、私はしばしの間ぐったりと寝台へ沈み込んだのだった。




