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夢の終わりの朝


 あまりの息苦しさにその名を呼べば、突然ぎゅむっと強く頬を引っ張られてしまった。


「いっ、いひゃいっ」


 容赦ない痛みにばちりと目を開ければ、鼻先が触れるほど近くで燃えるような美貌が不機嫌さを思う存分まき散らしていた。


「ら、ラサさん!?」

「お前なあ、こんないい男が添い寝してやってるっつうのに、他の男の名前を呼ぶってのはいったい何なんだよ。何様だ?」

「え、ええ!?」


 起き抜けでふわふわと漂う思考を慌ててたぐり寄せ、目だけをきょろきょろと動かせば、なんとなく自分の置かれた状況が見えてくる。……それはもう、気を失ってしまいたいくらい、見事に。


 私をじっと見つめる氷色の清廉な瞳。

 いつもふわりと背に流れていたはずの赤髪は短く、男性らしい筋張った首筋を露わにしている。

 抜けるような白い肌。何も身につけていない上半身は、まるで上等な絹織物のように、部屋に差し込む光を受けて柔らかに輝いている。

 もともと見たこともないような美人さんだったけれど、こうして見ると、女性らしさなど殆ど感じないほどに男性的で。


 はっと我に返った私が身を引こうとすれば、がっちりと絡められたラサさんの身体により一層力が込められた。有無を言わさず、さらに引き寄せられる。


「何勝手に逃げようとしてんだ?」

「え、あ、あのっ、そのっ、えっと!」

「人の寝台でそんな格好で眠りこけてたんだ。誘ってると思われても仕方ないよなあ?」


 一分の隙もなく美しい装いをしている時にはわからなかった、細身だけれど引き締まった身体が、殆ど素肌を晒しているに近い私の身体に密着する。

 というか、私がこの格好なのはラサさんのせいなんですけど!?

 なんて反論を口にすることも出来ず、されるがままに身を強張らせていると、突然ぐっと鼻先を摘まれた。


「ふ、ふわ!」

「ばーか。お前みたいな貧相な身体に欲情しねえよ」

「う……」


 あっさりと私の身体を手放して、ラサさんはベットから身を起こし、まるで猫のようにうんとひとつ伸びをする。

 下まで何も身につけてなかったらどうしよう!と一瞬目を逸らしかけ、だけど彼が独特の文様の入った布を巻き付けているのでほっと息を吐いた。どこか、南の匂いのするその出で立ち。

 晒された背中には黒一色で象られた、複雑な模様の入れ墨。

 精緻で、静かで、何かの物語を秘めたような紋様に思わず目を奪われていると、すぐにその視線に気がついたラサさんが、肩越しに振り返って笑う。


「なんだ、やっぱり抱いて欲しいのか?」

「ち、ち、違います!」


 大慌てでベットの隅へより、思い切り首を振る。

 ど、どうして全部そっちのほうに持っていってしまうの!

 私の悲痛な表情が面白かったのか、ラサさんはそれ以上何も言わずに声を上げて笑う。そういえば、私を泣かせるのが楽しいって言われていた気がする……。

 じわっと滲んだ涙がこれ以上溢れないように、深く深呼吸。

 その間にラサさんは、仕切がなく広くとられている部屋の、洗面台のような所に行って頭から水を被っていた。

 戻った彼はそれこそ猫のように頭を振る。朝の光が赤い前髪から滴って――朝!?


「ああああ、あのっ、今何時……じゃなくて、そのっ」


 未だにこちらの時間感覚が身に付いていないし、時計みたいなものも見あたらないし、ずっと室内にいたから外も見てないし。

 昨日あんなことがあったせいか変な夢を見て、あんまりにも奇妙な夢だったからすっかり忘れてたけど私、シャオランさんと喧嘩……みたいなことしちゃったんだ。

 ようやく覚醒し始めた頭にまず最初に浮かんだ、シャオランさんのあの悲しげな顔に、私は胸の奥が痛むのを感じる。

 どうしよう、どうしよう。

 どこか突拍子のない所もあるけれど、何の得にもならないのを承知で私を助けてくれた人なのに。


「ルワンロンなら今朝方帰ってきたわよ」


 器用に声の調子を変えて、ラサさんが言う。

 見れば、彼は昨日私にくれた下着が入っていたのとは違う衣装入れを漁っていた。そしてその上に置かれていた、真っ赤な長髪のかつらを手にする。

 私の見ている前でそれを地毛と絡ませるようにして整え、次に前に店の騒ぎの時に見た、胸のついたブラジャーみたいなものを手早く身につけた。それからペチコートを履き、上から瞳と似た水色のワンピースを被る。


「ちょっと、人の着替え覗いて楽しいわけえ?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


 すっかりいつもの美女に変身したラサさんは、ふん、と形のいい鼻を鳴らして私に近づく。

 細い腰に手をあてて、じっと私を見下ろして。

 この人がさっきまで色気たっぷりの男性だったなんて、信じられないくらい。


「あれって、一応、あたしの手持ちの駒の中ではそこそこ使える奴なのよね」

「え……?」


 ふう、とラサさんがわざとらしくため息をつく。


「最低限生きていること以外に、ほっとんど何にも興味がありませーん!って頃に戻るんなら、それはそれでいいんだけど。今朝みたいに辛気くさい顔されてると、仕事にも影響が出そうだから困るのよ」

「ラサ、さん?」

「あんたがあいつをいらないって言うんなら、あたしに譲ってちょうだい。上位者であるあんたが命令すれば、あいつは素直に私に傅くでしょうよ」


 ラサさんに、シャオランさんを、譲る?

 言われている意味がよく理解できずに、私はラサさんを見上げたまま、目を瞬かせる。


華人ファーレンていうのはそういう生き物なのよ。主の手足、主の道具。上位者と決めた者のためならどんなことでもやる、完全服従。使い勝手がいいから欲しがる奴らも多いけど、誰もが上位者になれるわけじゃない。選ぶのは華人だからね、やっかいだわ」


 最後はぶつぶつと呟くようにそう言うラサさんに、私は言葉を挟んでいいのかどうかわからないまま、それでも恐る恐る口を開く。


「あの、ファーレンって……何ですか?」



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