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「俺、本当に物心ついた頃から沙織のことが好きだ」
照れ隠しするように、再び沙織を腕の中に閉じ込めてからそう俺は話し始めた。
「いつも、お前をみてたんだぞ?」
いままでの想いを伝えたくてそう彼女の耳元でささやく。
彼女が腕の中で驚いた顔をして見上げてきた。
「信じてないな? でも、どう思われてもそれは真実、俺は、ずっとお前しか見えなかった。 ずっと好きだ」
苦笑しなから俺はそう言った。
「中学になってから学校が別々になって、お前に会う機会が皆無になったから、かなり焦った」
あの時の切なさがよみがえる。
彼女を抱きしめる腕の力を少し強める。
「それでも信也たちとの撮影の時、撮影現場に来るかもって期待して待っても、お前は一度も来たことがなかった。 信也や詩織ちゃんに聞いても、ただ、元気ということしか聞きだせなかった。 もう、会うことが出来ないかと思ったら、突然、今朝いきなり俺の目の前に現れた。 すっごく驚いて、でもすごく嬉しかった」
そう言って、彼女の黒くつややかな髪がある頭の上に口付けた。
「すごく可愛くなっていて、びっくりして、焦った。 思わず告白せずにはいられなかった。 誰かにとられる前に」
彼女の柔らかい髪を梳き、その感触を堪能しながら俺はそう話を続ける。
彼女は、本当に可愛くなっていた。
俺が、本気で焦るほどに。
「涼くん、そんなに焦ってたの? そうは、見えなかったけど?」
そう、彼女が聞いてきた。
「俺も男だからね、余裕のない姿ってやっぱみられたくないんだよ」
苦笑しながらそう俺は答える。
「私ね」
彼女が、ぽつんとそういい、そこでいったん言葉を切った。
「ん?」
そう短く返答して俺はその先を促す。
「私、も、ずっと昔から涼くんのこと好きだったの」
俺の胸に少し体重を預けながら彼女がそう話し始めた。
「ずっと、好きで、でも私なんか、視界にも入らないって思ってたの。 それに、涼くん『モデル』の仕事してて学校も違ったから」
そう彼女が、切ない声で告白した。
それをきいて俺は嬉しくなった。
「俺達って、結局もうずっと昔から両思いだったってことか」
俺は、彼女の耳元にそうささやいた。
「沙織、明日から朝一緒に学校へ行かないか?」
帰り道、駅へ向かう道すがら俺は、沙織にそう提案してみた。
昔みたいに、また一緒に登校したかった。
少しでも彼女と一緒に居たいから。
「涼くんの都合がよければ、一緒に登校したいな」
と、遠慮がちに彼女が答える。
「平日撮影があったりすると無理だけど、その時は前もって言うから、それ以外の日は毎朝一緒に学校へ行こうな」
笑顔を向けて、俺は彼女にそう言った。
「うん」
彼女も俺を見上げて笑顔で返事をしてくれた。
その笑顔が可愛すぎて、自然に顔が緩む。
しばらく並んで歩いていると、何か暖かいものが俺の手に触れた。
見ると、彼女の小さな手が俺の手に触れていた。
迷わず俺は、その手をやんわりと握り締めた。
驚いて彼女が再び俺を見上げると、目線が合った。
彼女が赤面する。
俺の頬がまた自然に緩む。
そのまま家に帰りつくまでの間、ずっと手をつないでいた。
学園から自宅までの間、たわいのない会話をしているうちに彼女の家の前についてしまった。
今日はこの後に撮影があるからこれ以上彼女と一緒にいることは出来ない。
短い彼女との時間は終わりを告げる。
「じゃ、沙織、明日朝8時に迎えに来るから」
俺は、膝を折って彼女と目線に合わせてそう言った。
「うん」
彼女は嬉しそうに少し頬を赤く染めてそう短く返事をした。
「あ、涼くんそういえばお昼は?」
と、そこで突然彼女が思い立ったようにそう聞いてきた。
「ん? ああ、今日は家政婦が休みだからあとでコンビニ弁当」
そう俺が答えると、
「あ、じゃ、もしよければこれ、私が作ったのだけれども」
そう言って、彼女がもっていたお弁当を俺に差し出した。
「って、それってよく信也が、持ってきてる弁当?」
ふと、思い出したことを聞きながら、差し出されたお弁当を受け取ると、
「うん、同じお弁当」
その彼女の返答を俺は笑顔で聞いた。
まえまえから、信也が食べていた弁当を一度でもいいから食べてみたいと思っていたのだ。
あいつが、本当に美味そうに食べていたから。
それを作っていたのが彼女だと知り、さらに嬉しさが倍増される。
「沙織が、作ってたんだ。 てっきり俺、沙織の家の家政婦が作ったものだと思ってたんだ。 見た目がすごくおいしそうで、信也もいつもうまそうに食べてたいたから」
その嬉しさを隠すように少し驚いた声をつくってそう言った。
俺の言葉をきいた彼女は嬉しいそうに微笑んだ。
「もしよければ、涼くんのお弁当も作ろうか?」
微笑んだままそう彼女が提案してきた。
その提案が、ものすごく嬉しくて表情を隠しきれなかった。
「いいの?」
そう聞き返すと、彼女は肯き嬉しそうににこやかな顔をした。
「朝、一緒にいける日は必ずつくるね」
そう約束して彼女は、俺に笑顔を向けると自宅の鉄製の門扉を押し開くために後ろをむいた。
「沙織」
その行動に一抹の寂しさを感じて、つい彼女の名を呼んだ。
呼ばれて振り向いた彼女の唇に、俺は無意識にキスをした。
とたんに彼女が顔が赤く染まる。
「本当ならこの後も時間が許す限りずっと沙織と一緒に居たいけど、これから仕事が有るから……。 じゃ、また明日」
そう言って俺は、彼女が家に入るまで見届けると、隣の自宅へ足を向けた。
家に戻ると、琉誠が、リビングでテレビを見ていた。
俺になにか声をかけていたようだが、耳に入らない。
二階にいある自室に戻ると、持っていたスクールカバンと沙織の作った弁当が入った袋を机に置く。
そのまま着替えもせずに、俺は机の脇にあるベッドに倒れこんだ。
夢じゃないよな?
今日あったことが、にわかに信じられなかった。
俺の中に記憶されていた昔の姿の沙織が、今日その姿を更新した。
本当に、可愛くなっていた。
背は結局小さいまま、俺の腕の中にいとも簡単に閉じ込められるほどに。
袖に残るわずかな彼女の移り香が、夢ではない証拠。
思い出される、彼女の柔らかい体と唇の感触。
幸福感に満たされ、嬉しすぎて死にそうだ。
明日から彼女と一緒にすごせる日々が始まると思うと、自然と顔がほころぶ。
いままで、彼女の身代わりだった青いミニテディをスクールカバンから取り出す。
「いままでありがとな、これからもよろしく」
そうぬいぐるみに向かって感謝の言葉を紡ぐ。
いつでも俺に、安心と勇気をくれた。
彼女からのもらった最初のプレゼント。
大事な、大事な思い出のテディベア。
思い出のテディベア -完-