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「涼雄、何か良いことでもあったのか?」
普通科の科長であり生徒会長の友永が、そう話しかけてきた。
今朝の思いがけない再会の喜びが顔に出てたのか一瞬しまったと思い、緩んだ顔を引き締める。
「ちょっとな」
と、当たり障りのない返答をする。
「あまり表情を崩さないお前がそんな顔をするくらいだ、ちょっとしたことであるわけがない」
からかい気味にさらに聞いてくる。
昔から、こいつだけには何か逆らえないものがある。
科が違うのだが、中学の時から何かにつけて接点があったため今では親友の一人といっていい。
とんでもなくいいところのお坊ちゃんのはずなのだが、そんな事を微塵も見せずに普通に接してくる。
「今朝、ずっと片思いしていた子と感動の対面を果たしたんだよ」
おれは、観念したようにため息を吐くと、友永だけに聞こえるような小声でそう言った。
「へぇ? お前、好きな子なんかいたんだ。 それも片思い? そんな容姿をしてたら相手もいちころだろに」
意外だな、と、冗談交じりに友永が、そう言葉を返してくる。
「これにはマリアナ海溝より深い訳があるんだよ。 説明が長くなるからそれは省略する。 俺、このあと彼女に会う約束しているからさっさとこの後片付けを終わらせたいんだ。 お前も口より手を動かしてくれ」
俺は自棄気味にそう言って、さりげなく後片付けのスピードアップを友永に求める。
「両想いになったら、その彼女さん見せてくれよ」
と、笑いながら友永はそう言い、片付け作業に戻っていた。
俺も、一つため息を付いたあと、猛スピードで後片付けを再開した。
入学式の後片付けが思ったより手古摺ったため、俺が約束した場所へ向かおうとした時にはすでに新入生のオリエンテーションが終わる時間を少し過ぎていた。
俺は、焦りながら中庭の噴水に小走りで向かう。
彼女は、本当にいてくれるのだろうか?
一抹の不安を胸に抱きながら、約束した場所にたどり着く。
噴水の周りに配置されたアンティーク調のベンチの一つに彼女は座っていた。
なにやらうとうとしているようだ。
その姿が、愛らしくて自然に顔が緩む。
「沙織、待った?」
そう声をかけながら近づくと、彼女は、はっとした顔をして俺の方に視線を向け首を横に振る。
彼女の隣に座りながら、彼女の顔をのぞきこんで見ると傍目にも解るくらい赤くなっていた。
「あれ? 沙織顔が赤いけどどうした?」
ちょっと意地悪く聞くと、
「え? あ、いえ、な、なんでもないです」
ごまかすようにかわいらしい声でそう言った。
その姿が可愛いとさらに思い、沙織の隣に座りながら、話を始めるきっかけになる当たり障りのない話題を考える。
しかし、思い浮かんだのは前々から思っていた疑問。
「あ、そうだ。 前から思ってたんだけど、沙織って一回も撮影現場に来たことないよな? 俺、結構現場でお前に会えるの楽しみにしてたんだけど?」
常日頃から抱えていた、ちょっとした不満を彼女に言ってしまった。
「あ、うん。 ほら、私が現場に居ても邪魔になるだけでしょ?」
苦笑をうかべて、彼女は当たり障りのない返答をする。
「んー、まっいっか。 これから、ここで毎日会おうと思えばあえるしな」
彼女を困らせる事をしたくない俺は、納得した表情をして彼女に笑顔を送る。
それを見た、彼女がまた赤面する。
今度は、耳まで真っ赤だ。
ここに来て、俺はほぼ確信する。
「可愛いな、沙織。 真っ赤になってる」
俺がそう言うと、もういたたまれない感じで彼女が俯いた。
そのしぐさがものすごく可愛くて仕方がなく、その笑いをかみ殺せずに少し噴出してしまった。
「え、だって」
俯いたまま、彼女がそう言いかける、
「だって?」
彼女の言葉をそう繰り返して先を促す。
「涼くん、とっても格好よくなってて、私、ドキドキしちゃって」
消え入りそうな声で確かに彼女はそう言った。
好きな子にそう言ってもらうと、かなりくる。
もう、やばいぐらいだ。
今すぐ抱きしめてキスしたい衝動に駆られる。
それをなんとか抑えて表面上は平静を装う。
「それって、少しは期待してもいいってことか?」
真剣な声で、さりげなく彼女の耳元でそう囁き、彼女の反応を見る。
「え?」
彼女の肩が一瞬揺れ、驚いたような声を上げ俺を見上げた。
「俺、ずっと昔から沙織のことが好きだ。 今でもその気持ちは変わらない。 もし、沙織さえ良かったら俺の彼女になってくれないか?」
俺は、真剣にそう聞いた。
ここが正念場だ。
間違っても失敗はできない、したくない。
「え、え? な、だ、だって、私なんか何も取り柄もないし、背だって低いし童顔で、涼くんとじゃつりあいが」
彼女は、うろたえたながら自身を卑下する言葉を並べ立てる。
「そんなことは、関係ないだろ? 俺は、沙織が沙織であればそれでいい。 他の何かなんて求めてない」
彼女の言葉を否定して、もう一押しする。
「でも、でも」
まだ俺の告白が信じられないのか彼女は尚言い募ろうとそう言い、終いには目に涙まで浮かべてしまう。
「沙織は? 沙織は、俺のこと好き?」
その涙に、焦りを感じそうストレートに聞いていしまった。
すると、
「あ、わ、私? わた、しは、涼く、ん、のこと、ずっと昔から、す、好き」
消え入りそうな、声でそう彼女が答えた。
それを聞いてもう抑えきれなくなって俺は彼女を抱きしめた。
小さな彼女は、俺の腕の中にかくれるようにスッポリおさまる。
彼女は想像していた以上にやわわらく、とてもいい香りがした。
ようやく手に入った幸福感が、急速に俺の体中に広がる。
「俺の彼女になってくれる?」
確認の為に、そう彼女の耳元でささやく。
すると彼女は、間をおかずにゆっくり縦に肯いた。
俺が抱きしめる手を緩め彼女の顔を覗き込むと、彼女が自然に目を閉じた。
ゆっくりと自然にそれは重なる。
とても暖かく柔らかい彼女の唇。
もっと、長く深くしたくなる衝動を抑えて離れる。
「今日から沙織は、俺の彼女だ」
そう彼女にささやくと、とても嬉しそうにその日一番の笑顔を浮かべた。