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私のせいたかくん  作者: 久郎太
Private life and work 【短編集②】
24/25

彼女の仕事? - Her part-time job ? - 【前編】


 毎週のように『ふぉれすとべあ』来るようになった、華音かおんさんと琳香りんかさん。

 華音さんは、展示された『Sari's Teddy』を見るたびうっとりした顔しながら来店中何時までも眺めていた。

 初めて来た時以来華音さんは、『Sari's Teddy』の作者について再び聞いてくるようなことは無かった。

 顔を会わせるのが頻繁になるにつれ私とも仲良くなり、良く二人と話す様になった。

 華音さんは、この近所にある総合結婚式場の衣装部門の一つに所属するデザイナーさんで琳香さんは華音さん専属のパタンナーさんとのこと。

 この頃、私は裁縫に関して興味をすごく持っていたので良く二人にそっち関係の話や質問を雨霰のようにしていたことを今でも覚えている。

 そんな私を、疎ましく思いもせず二人は親切に色んな事を話してくれたり教えてくれた。

 また、親身に私の身の上の相談にも乗ってくれたりした。

 次第に打ち解けて私が中学3年の秋頃には、二人とは年の離れた兄姉の様な関係を築いていた。


 それは、中学3年の冬。

 幾つか受けた私立高校の受験も終わりホッと一息ついた頃。

 華音さんと琳香さんが結婚することを聞いた。

 式をするのは、3月の初めとのこと。

 私は、色々と沢山お世話になった二人に何かプレゼントをしたくてあることを思いついた。

 このとき、既に二人になら『Sari's Teddy』のことを話していいと思っていたから。

 思い立ったが吉日で、私は早速素材集めから入る。

 普段あまり頼まない純白の毛足の長めのフェイクファー。

 実際どんな素材を使われているか解らないので、それなりに見える、純白のグラスオーガンジーやシフォンとサテンとソフトチュール、ライトグレーのサテンと白地のタフタ。

 刺しゅう用の絹糸、レース用の糸。

 やはり素材が素材のために貯めてあった『ふぉれすとべあ』でしていたバイト代とオークションで稼いだ材料費を散財してしまった。

 それでも後悔はない。漠然と貯めていた、使い道があまりないお金だったから。

 続々と届く素材をウキウキしながら眺める。

 こういう布とか糸とかを見るのは大好き。

 型をとって縫って形のあるものに仕上げるのはもっと大好き。

 早速ベースになるモノから作り始める。

 普段から作りなれているのでそんなに時間はかからなかった。

 問題なのはこの後から。

 それは、作ったことのない未知のモノ。

 型が無く既製品ではなくオーダーモノで、おまけに見たのは一度きり。

 なるべく思いだしながら、忘れないうちにスケッチを描く。

 試行錯誤の上、何とか型紙を完成させて型に沿って布地を裁断していく。

 裁断されたモノの端処理をして縫い合わせて行く。

 その合間にレースを編んで、ソフトチュールの端に見た目よくエンブロイダルレースを施す。

 だんだん形づけられて行くにつれていつもの癖がでる。

 なるべく忠実に作りたくなるという癖。

 途中買い忘れていた、スワロスキ―とイミテーションパールとシルバービーズで細々としたアクセサリーを作る。

 余り布とレースで、造花のブーケとブートニアを作る。

 楽しくて、楽しくて、仕方がない。

 作っている時は完成を想像しながら自分の世界に浸る。

 私にとって至高の時間。

 時には寝食を忘れて作り続ける。

 今この家には、私以外の家族は誰一人いない。

 父は、この前次の仕事地へ移動すると連絡が入ったばかりだし、母と兄と妹は長期の撮影旅行に出ているから。

 誰も咎める人がいない中、一心不乱に作り続けて凝り過ぎてしまった為に完成したのは華音さんと琳香さんの結婚式の2日前だった。

 出来たモノをディスプレイ用に用意した持ち手のない楕円形の籐のかごに治めて丁寧に薄い黄色の不燃紙で包装して金のリボンで留めた。

 それを抱えあげると家を出た。

 直接渡したかったから、教えてもらっていた二人の仕事場へお邪魔することにした。

 どうしても会えなかったら伝言をつけて渡してもらおうとも思っていた。

 二人の仕事場は、とても大きく広い。

 はたから見れば高級ホテルに見える。

 私は、正面でなく裏口に回った。

 以前、『何時か遊びにおいで』と言われて渡されていた関係者用のパスを首から下げて、従業員用の出入り口に向かう。

 ドキドキしながら、従業員用の入口に居る警備員さんらしき人にここに来た理由を言ってからパスを見せると、想像していたものとは違う反応が返ってきた。

 二人から話が通っていたらしく、警備員さんは丁寧に二人の働いている場所を教えてくれて直接行く前に二人に内線で連絡を入れてくれた。。

 私は、警備員さんに御礼をいって頭を下げた。

 5分もしない内だった。

 大きな足音を立てて二人が、喜色満面顔で走って来たのだ。

 びっくりする私と警備員さん。

 私は、びっくりしたまま二人に手を引かれて従業員専用のエベレーター押し込まれた。

 我に返った時は、こじんまりとした部屋のソファーに座らせてられていた。

 二人は、丁度昼休憩をしてたらしい。

 警備員さんからの内線で全速力で走ってきたという訳だ。

 それを聞いて内心ほっとした。

 仕事中でなくてよかった。

 と、同時に、走ってまで迎えに来てくれたことがとてもうれしかった。 


 ちょっと、世間話をしてから丁度話題が切れた所で私は本日の来訪の最大の理由のモノを二人の前に差し出した。

 はっきり言って無謀なことをしているというのは分かっている。

 二人はその道のプロフェッショナルなのだ。

 私の作ったものなど、稚拙なものというのは分かっている。

 けれどどうしても手作りのモノを贈りたかった。

 当日に飾ってもらえなくとも二人の新居の片隅にでも飾ってもらえればと思って作った。

 差し出されたモノを見て二人は目を瞬かせた。

 華音さんが「開けてもいい?」と聞いてきたので「どうぞ」とやや緊張気味にそれでも笑顔を浮かべて促す。

 リボンを丁寧にほどいて、カサカサと包装を解く音が部屋に響く。

 中から出てきたモノは、新郎新婦を模した高さ30㎝弱ほどの一対の純白のウェディング仕様のテディベア。

 そう、私は二人にテディベアの『ウェルカムドール』をプレゼントした。

 華音さんはテディを凝視したまま固まり、琳香さんはしげしげとテディを観察していた。

 やがて、口をパクパクしながら「もしかして、これ『Sari's Teddy』?」と華音さんが訊ねてきた。

 その、問いを想定していたし二人には正体を明かしてもいいと思っていたので素直に頷いた。

 「世界でたった一対の、華音さんと琳香さんお二人だけのためのテディです」と私は言った。

 華音さんは感激のためか満面の笑みの上うれし泣きなのか目じりに涙まで溜まっていた。

 琳香さんはそんな華音さんを苦笑しながらも「よかったね」と、言って優しい目で見つめていた。

 そんな琳香さんは、出来栄えをとてもほめてくれた。

 私は、お世辞でも琳香さんにほめてもらって、華音さんにとても喜んでもらって嬉しかった。

 華音さんがひとしきり感激して沢山私に御礼を言った後、琳香さんが待っていましたとばかりに矢次早に私へ質問し始めた。

 裁縫は誰に習ったのとか、型紙はどうしたのとか、パーツは全部自分で作ったのとか、この小物はどうやって作ったのかとか。

 とりあえず、その勢いがすごくて焦ったのだけれども、しっかりと質問にはちゃんと自分なりの言葉で嘘偽りなく正直に答えた。

 そのあと、琳香さんは華音さんと耳元で何やら話しあった後、何かを思案する顔をしてから「ちょっとまっててね」といって席を立ち部屋を出て行った。

 5分もしない内に琳香さんは、青色のクリアーファイルとスケッチブックと色鉛筆を持ってきてそれを机に置いた。

 青いクリアーファイルを琳香さんが何ページかめくり私に見せる。

 そこに会ったのは、とてもキュートなふわふわな感じがするウェディングドレスのデザイン画。

 私は、ドキドキしながらそれを見た。やはり女の子にとってウェディングドレスは憧れだ。

 それに付け加えて、めったにお目に出来ないであろうプロの人のデザイン画を見せてもらえ私はとても興奮した。

 多分、きらきらした目で見ていたのだと思う。

 そんな私を「しょうがないなぁ」という感じの苦笑顔で見ながら華音さんは、徐に話し始めた。

 なんでも、今度立ち上がるドレスの新ブランドの特典として、同じドレスを着たメモリアルテディを申し込めるという企画があるそうだ。

 けれどこの企画は、この新しいブランドの立ち上げ前から企画されていて、既に担当するテディ作家さんも外注で決まっていたという。

 しかし、いざ企画がスタートする直前になってその作家さんが急病を理由にそれを断って来たという。

 急病と言われてしまったら仕方がないのだが、動き出してしまった企画は止めることは出来ない。

 と、ここまで聞いて私は「まさかね……」と思った。

 「それでね」と、満面の笑みで続ける華音さんとやっぱりニコニコ顔の琳香さん。


 嫌な予感がするのは私だけ?



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