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私のせいたかくん  作者: 久郎太
私のせいたかくん(side 沙織)
2/25


 ダイニングテーブルに、お弁当箱を3つ置く。

 いつもの朝の日課。

 今の時刻は、午前7時30分。

 私は、自分の分のお弁当を小さな手提げ袋に入れると、家を出た。

 外は気持ちのいい快晴。

 雲ひとつない青い空がきれいだ。

 

 今日から晴れて、華の女子高生!! エンジョイスクールライフ!!

 

 と、浮かれられない性格の私が心底恨めしい。

 天気と正反対にどんよりする気分を無理やり押しやり、最寄り駅へ向かって私は歩き始めた。

 今日は、高校の入学式なので本来なら、こんなに早く家を出る必要はない。

 習慣とは怖いものだ。

 いつもこの時間に中学校へ行っていたので、つい同じ時間に家を出てしまう。

 もう修正できないであろう生活に根付いた癖。

 私が受験して受かった高校は、通っていた中学校の中で私一人だった。

 その為に一緒に登校してくれる友達は居ない。

 親も入学式に出席しない。

 そもそも、私がこの高校に進学したことすら母は知らないだろう。

 兄と妹、特に母とはここ数年まともに話すこと以前に、顔も会わせたことがなかった。

 それほど、母は、兄と妹に夢中なのだ。

 昔から仕事に夢中になると周りが見えなくなる人。

 兄や妹も傍目でも結構ハードなスケジュールを組んでいるらしく、忙しいのは解っているのでそれについては私はなんとも思っていない。

 ただ、すこしだけ寂しいだけ。

 お弁当や夜ご飯が当たり前に用意されていて、暖かいお風呂の準備がされて、部屋がきれいに掃除され、洗濯物がたまっていないことに、母は気づいているのだろうか?

 それを全部誰がやっているなど母は、気づきもしないだろう。

 それをして、母に気づいてもらいほめてもらいたいとか思っているわけではないのだけれど、それでも気づいてほしいと内心思う自分も居ることに自分自身で気づいている。

 我が家は、父と兄や妹が稼いだお金で並の家庭以上の財産がある。

 ちょっと前までは、家政婦を雇っていたのだが、私と相性が悪く父に相談した上でやめてもらった。

 そのことを母は知らない。

 気づいていない、気づくことはない。

 高校進学のことは、父だけには連絡してある。

 高校に進学するにも、親の同意や金銭面での協力が必要になるから。

 高校入学の手続きは、前々から家族同様の親交がある父の高校時代の後輩夫婦が親の変わりに色々手伝ってくれた。



 自宅の有る駅から2駅先の駅で下車すると駅からまっすぐ伸びた坂道が桜並木になっていた。

 この並木道の終わりに今日から通う高校がある。

 入試の時は、まだ枝だけの寂しい感じだったのが、今日は満開になっていて桜が桃色のトンネルと化していた。

「うわ~! すごいなぁ、こんなに満開で、きれい」

 私は桜を見上げながら、まだ登校し来る生徒の姿がない並木道を学校に向かって歩き始める。

 時間にして10分位歩くと並木道は終わり目の前に学校の正門が見えてきた。

 私立桜坂学園高等部。

 多種多様な学科と選択制の専門授業があることで有名な学園。

 基本的には、幼等部から大学部までのエスカレータ式の学校なのだが、高等部からなら外部入学の枠組みがある。

 家から一番近い高校というだけでここを受けたのだけれども。

 倍率が普通の高校より高いので、私が受かったのが奇跡に近かった。

 今日から私はこの学園の高等部の普通科に席をおくことになった。

 一応、高校を卒業した後、やりたいと思うことはあるのだけれどもとりあえず大学進学か就職かは卒業するまでにじっくり考えようと思っている。

 坂道を登りきると、校門の脇に入学式の看板を出している人が見えた。

 スーツを着ているからこの学園の教師だと思う。

 私がその人に挨拶をしてからその脇を通り過ぎようとしたとき、

「ん? 早いな、まだ入学式には早い時間だ。 それに、ここは高等部だ、小等部の正門ならあっちだぞ?」

 と、驚いた様な、あきれた顔をしてその教師らしき人は私にそう言った。

「あの、私、今日この学園の高等部に入学する新入生ですが……」

 真新しい生徒手帳の学生証になっている頁を見せながらそういうと、その人は驚いた顔をして謝罪してきた。

 いつものことだ。

 中学のころから小学生とよく間違われた。

 それはもう、そのつど訂正するのが億劫になるほど。

 とりあえず、納得してもらえたので時間になるまで散策しようと学園内に足を踏み入れる。

 後ろから、先ほどの教師らしき人が、組み割りの表が校舎の正面玄関脇にはりだされていると、声を掛けてくれた。

 私は、「わかりましたと」返事をして、その場を後にした。

 組み割り表を見て自分のクラスを確認する。

 普通科は一クラスしかないので直ぐにわかった。

 人が居ないので人ごみで押されることなく難なく見つけ出すことができた。

 入学式にはまだ時間があるので学校案内のパンフレットに載っていたバラ園があるという中庭へ行こうとした瞬間、右側から強い衝撃を受けた。

 突然のことで、私は踏ん張れずに左肩から転倒する。

 何がおきたか解らずに痛む肩に手をやりながら見上げると、両手に抱えた箱を落としそうになるのを耐える長身の男子生徒が居た。

 なぜ、男子生徒とわかったというと、もちろんこの学園の高等部の男子生徒用の制服を着ていたから。

 短い黒髪に細長いレンズでフレームのない眼鏡をかけ、真面目そうな風貌の男子生徒だ。

 おそらく入学式の準備を手伝っている上級生だろう。

「あの、大丈夫ですか?」

 自分の痛む肩のことはそっちのけで目の前の男子生徒が持つ箱を下から押さえてそう聞くと、

「え?」

 その男子生徒から驚いた声が返ってきた。

 どうやら箱と長身のせいで、私が視界に入らないようだ。

 私は小さくため息をつくと立ち上がり新品の制服に付いた土ぼこりを手で払った。

 その払う音で気づいたのか、男子生徒は箱を横にずらして視線を下に落とすことによって、ようやく私の存在に気づいた。

「え? もしかして俺、君にぶつかった?」

 あわてて、彼がそう聞いてきた。

「怪我は、ありませんから大丈夫です。私も気づかなかったのですから、お互い様です」

 こういう風に、私の存在に気づいてもらえなく、ぶつかって転ぶことは珍しくない。

 あまり波風を立てたくもないので相手に向かってにっこり笑ってそう言い立ち去ろうとした。

「あっ、ちょっ、まって!! 君、ここは高等部だよ?」

 とその男子生徒は、あわてて私にそう言って呼び止めた。

 声が、心なしか小さい子供にかける様な口調になっているのは気のせいだろうか。

 その問いかけに、私はうんざりとした気持ちになった。

 深いため息を吐くと、彼の前に戻って先ほどと同じ行動ととる。

 すなわち学生証の提示。

 それを見た男子生徒は驚いた顔をして、学生証と私の顔を交互に見た。

絹瀬きぬせ沙織さおり? 絹瀬ってもしかしてお前、隣の家の『さっちゃん』?」

 がらっと変わった口調で、彼が突然思いもよらないことを問いかけてきた。

 今ではもう誰も呼ぶことのない愛称を呼ばれたことで戸惑いを覚える。

 私が、怪訝そうな顔をしていると、

「俺だよ、俺。隣に住んでる、真宮まみや涼雄りょうゆう

 と、少し焦れたったいような声でそう名乗った。

 その名前を聞いて思考が止まる。

 呆然と、彼の顔をみてしまう。

 ここ数年、顔なんて見ていない。

 雑誌やポスターの彼と今の眼鏡をかけた彼が、あまりにも違いすぎて戸惑う。

 すっかり大人びた顔をしていて、でも、よく見るとどことなく幼い頃の面影がかろうじてあった。

「りょうく、ん?」

 幼い頃に呼んでいた愛称で彼を呼ぶと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、

「久しぶりだな、沙織。 何年ぶりだろお前に会うのって? 信也しんや達からあんまりお前のこと聞かないからちょっと心配してたんだ」

 と、昔のように親しげにそう声をかけてくれた。

 私は、ただただ突然の再開に驚いて彼の事を茫然と見ていた。

 遠い存在と思っていた彼が、今目の前にて、声をかけてくれている。

 とても近く感じる、嬉し気持ちでいっぱいになる。

 ましてや、好きな人の視界に入ることが出来たということが天にも昇る気持ちになる。

 けれど……、駄目だ、そんな気持ち戒めないと。

 彼と私では、到底つりあうはずがないのだから。

「涼くんが、この学園の在校生だって知らなかった」

 いたって普通を装いながらそう聞くと、

「え? 知らないって、どういうこと?」

 彼が、怪訝そうに聞き返してくる。

 その問いに私が、首をかしげると、

「信也とか詩織しおりちゃんから聞いていないのか? 信也と詩織ちゃんもこの学園の芸能科に通ってるだろ、中等部から。 俺と琉誠りゅうせいもこの学園の芸能科に中等部から在籍しているけど?」

「え? あ、その、えっと、兄と妹とはあまり家で会話しなくて……私、一人違う中学だったから」

 と、苦笑を浮かべながらそう私は答えた。

 彼らが、この学園に通っていることを私は知らなかった。

 もし知っていたら、私はこの学園を受験しなかっただろう。

 たとえ、涼雄くんが在籍していたとしても。

 その答えに、疑問を感じたのか彼の眉間に皺が寄る。

「そ、それより涼くん、それどこかへ運ぶんじゃないの?」

 深く追求される前に話題を変えようと、彼がもつ箱を指してそう聞くと、

「あっ、やば。 これ、体育館に運ばないといけないんだった」

 頼まれたことを思い出したのか慌てて箱を持ち直おし、

「沙織、せっかく久しぶりに再会したんだ、入学式の後にあるオリエンテーション終わったら今日は、学校終わりだろ? どこかでゆっくり話をしないか?」

 優しい声で、そう涼雄くんからお誘いを受けた。

 突然なその申し出に、顔が赤くなるのをとめることはできなかった。

「え、あ、うん」

 そう、小さい声で答えるので精一杯だ。

「じゃ、終わったら中庭に噴水があるんだ、そこでまってて。 また、あとで会おう」

 そう言って、にっこり笑うと涼雄くんは、体育館に向かって歩き出した。

 私は、その後姿を彼の姿が体育館の中に消えるまで呆然と見ていた。


 夢じゃないよね?





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