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私のせいたかくん  作者: 久郎太
移り行く季節の中で【短編集①】
19/25

Desire -願いと望み-


 7月7日


 七夕


 私の誕生日



 七夕と言えばいつも雨、の様な気がするのは私だけかな?

 良くて曇天だった記憶が多い。

 織姫と彦星が年に一度だけ出会える日。

 曇ったり雨が降るのは二人の逢瀬を隠すためかもとか思ったりする。

 だから、雨でも曇りでもいいのだけれども、この日は私の誕生日でもあるから出来れば晴れてほしいなぁと思うのは子供っぽいかな?

 今年は、雲は多かったけれど晴れた。

 それだけで朝からウキウキ気分になる。

 今日の昼は、芸能科の科長室に来てほしいと涼くんから言われていた。

 あと少しで、涼くんの任期が終わるから、科長室へ行けるのもあとわずか。

 ちょっとさびしい気もする。


 

 昼休み


 きゆちゃんに断りをいれて、2人分のお弁当箱を持って科長室がある校舎へ向かう。

 ここは、各科の科長室と生徒会室が連なっている一角で、用がない生徒はめったに近づかないから人気ひとけはない。

 部屋のドアをノックすると、中から答えが返ってきたので滑り込むように部屋の中へ入る。

 生徒会室より若干狭い部屋だけれど内装はあまり変わらない。

 執務机と資料用の書棚、長机を2つくっつけて、左右に2脚づつのパイプ椅子。

 生徒会室と違う所は応接セットがないぐらい。

 涼君は、何かの書類を片手に執務机に座っていた。

 私が来るまでの間に科長のお仕事をしていたようだ。

 私が入って来たのを確認すると、私の大好きな笑顔で迎えてくれた。

「悪い、この書類だけ決裁したいからそれが終わるまでちょっと待っててくれ」

 と、涼くんはすまなそうにそう言って書類に視線を落とした。

 私は、了承の旨を伝えると、お弁当を長机の上に置いて部屋の隅にある給湯セットがある棚に近づいてお昼用のお茶の準備をする。

 こっそり置かせてもらっている、ペアの湯飲み。

 これも、涼くんの任期が終わる前にこっそり持って帰らないと。

 そんなことを思いながら、急須に適量のお茶葉を入れておく。

 お湯を入れるのは昼ご飯を食べる直前だから、急須と湯飲みを持ってお弁当の横に置く。

 涼くんの仕事が終わるまでいつもの定位置の場所に腰かける。


 心地よい、静寂


 ただ、涼くんがめくる資料の音と何か書く音だけが部屋に響く。

 ここは、運動場や、学科棟から離れている、特殊教室がある棟でもあるから、昼休みとなると本当に静かだ。

 今日は、天気がいいので室内灯をつけなくても明るく、開け放たれている窓からちょっと湿気を含んだ風が入ってくる。

 窓に映る景色はなんだかとても牧歌的で青空に浮かぶ雲が音もなく流れていく様が眠りを誘う。

 なんだか、とても気持ち良くてついウトウトしてしまいそう。

「沙織?」

 涼くんの声ではっと、我に返る。

 声のした方を見ると涼くんは、私の隣に既に座っていた。

 どうやら、しばしの間意識が飛んでいたみたい。

 なんだか恥ずかしくて赤面しつつ、笑ってごまかす。

 急須にお湯を入れて、お弁当を広げる。

 涼くんは流石に男の子だからたくさん食べる。

 私のお弁当の2倍くらいの量。

 涼くんはいつも、「おいしい」と言ってくれる。

 それだけでもう嬉しくていつも、気合いを入れてお弁当を作っているのは内緒。

 食べながらたわいのない会話をする。

 私は、この時の時間が大好きだ。

 普通の彼氏彼女の様にデートに行かなくても、それはそれでいいと思える。

「沙織、ちょっと左手出して」

 と、唐突に言った。

 私は怪訝に思ったけれど、言われた通り差し出された彼の手のひらの上に左手を乗せた。

 不意に薬指に金属の感触。

 茫然とそのはめられたモノを凝視してしまう。

 シンプルなシルバーのデザインリングが薬指で輝いていた。

「誕生日おめでとう」

 と、大好きな笑顔付きで涼君はそう言った。

「あ、ありがとう! すごい素敵なデザインの指輪だね」

 ありきたりの返答しかできなかったけれど、言葉に出来ない想いが溢れる。

「それ、手作りなんだ。 仕事仲間で今はやっていてそれで自分で作ってみたんだ」

 涼くんのその言葉をきいてびっくりした。

 だって、どう見ても何処かで売っているようなすごく素敵なデザインリングに見えたから。 

 どうしよう、もう嬉しすぎて言葉にならない。

「いつも、沙織は手作りのプレゼントをくれるだろ? だから、今回はどうしても自分で作ったものをあげたかったんだ」

 彼は、はにかんだ笑顔を浮かべながらそう言った。

「じゃ、これは、世界でたった一つのリングなんだね。 うれしい、ありがとう涼くん」

 感謝しきれない想いをこめて、とびきりの笑顔を浮かべながらそう涼君に御礼を言った。

 不意に、涼君の右手が私の頬を優しく撫でた。

 ゆっくり顔を近づけてくる。

 私はそっと目を閉じる。

 甘く柔らかい感触が唇から伝わる。

 ちゅっ、と何度も音が静かな部屋に響く。

 気づくといつの間にか彼の膝の上に横座りで乗せられていた。

「これは、予約。 近い将来、沙織を全部もらうための」

 私の耳元でそう囁いた後涼君は、やんわりと私を抱きしめた。

 彼愛用のきつくないメンズの香水の香りがほのかにする。

「……うん」

 私も、抱きしめ返しながらそう返事をした。

 予鈴がなるまで二人でののままでいた。





 その夜。

 生憎、日中は晴れだったけれど雲が出ていた為天の川は見ることが出来なかった。


 私は、自分の部屋で涼君がはめてくれた指輪を飽きもせずに眺めていた。

 嬉しくて、嬉しくて舞い上がるとはこのことを言うのかな。

 けれど、ふとした瞬間に冷静になって考えてしまうことがあった。

 涼くんが言った言葉。

 あの時は嬉しくてつい返事をしてしまったけれど。

 最近思うことがある。

 涼くんは、もう半分社会人だ。

 世間のことも私なんかより数段分かっている。

 それに比べて私は、まだ子供で、先のことは考えているけれど、まだ漠然としていて。

 それを考えると何だか不安になる。

 なんだか、とても涼君とは釣り合っていないんじゃないかとか、彼の負担になっているんじゃないかとか。

 上手く言い表せないけれど、上手く思考が纏まらないけれど。

 何もないただの学生な私。

 涼君は、モデルの「Ryo」。

 彼氏彼女になってから、何度かファンの子に絡まれたことがあった。

 大事には至らなかったけれど、身の危険を感じたことが何度かあった。

 その時に言われるんだ。


『なぜ、何のとりえもない様な貴方なの?』

『お子様体系の貴方は彼と釣り合わないってわかってる?』

『彼の負担になっていることがわからないの?』

  

 普通の高校生で、まだ子供だと言うことにはちゃんと気づいている。

 親子に見えるほどの体格差もちゃんと分かっている。

 言われなくてもちゃんと自覚している。

 全部全部分かっている。

 けれど好きだから、もう、どうしようもなく彼が好きだから。

 別れるなんて思えない。

 別れたくない。

 我儘な私。

 このままじゃいけないと分かっている。

 分かっているけど、どうしていいのか分からなくて思考はグルグルと出口のない迷宮にはまるように彷徨う。

 ちゃんと、わかっている。

 分かっているからお願い。

 もう少しだけ、ただ彼を好きな私でいさせて。

 子供のままでいさせて。

 その時まで、そっとしておいて。

 そう願わずにはいられない。

 貰った、指輪を撫でる。

 もうすこしだけ我儘を許して。

 そう心で彼に謝罪する。



 Desire -願いと望み- -完-


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