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私のせいたかくん  作者: 久郎太
移り行く季節の中で【短編集①】
11/25

夏夜のひととき 【前編】 


「あれ?桜木町って7月28日に花火大会なんてあるんだ」

 学園まで伸びる坂道沿いにある商店街のいたるところに張られたポスターに目を留め沙織さおりは、つぶやいた。

「ん? ああ、毎年やってるらしい」

 隣を歩く涼雄りょうゆうもポスターに目をやりながら、そのつぶやきに答える。

 夏休みも間近なある朝のこと。

 一緒に学園まで中睦まじく手をつなぎながら登校中の2人はポスターの前にとまってそんなやり取りをしていた。

「沙織、行きたい?」

 ポスターを見ながら涼雄は、そう聞くと、

「うん、行きたいな。 最後に花火大会に行ったのって、小さい頃涼くんと一緒に行った時だから」

 頬を赤く染めながら沙織は、涼雄を見上げてそう言った。

「じゃ、決まりな。 その日は、絶対仕事入れないようにしてもらうから」

 涼雄は、顔に笑みを浮かべ沙織に目線を合わせてそう言うと、

「うん、楽しみにしているね」

 沙織も満面の笑顔で、涼雄にそう言った。


「花火大会?」

 希有きゆうは、そう沙織に確認するように聞き返した。

「うん、花火大会。 桜木町で毎年やってるんだって。 涼くんが、一緒に行ってくれるって」

 嬉しそうに沙織はそう満面の笑顔で言った。

「まあ、それはよかったですね」

 希有も、嬉しそうに沙織にそう言った。

 入学当初で友達となり沙織を溺愛に近い接し方をする希有は、沙織が嬉しければ自分もとても幸せなのだ。

「さおちゃん、花火大会といえば浴衣ですわ! 持っています?」

 ふと、思い出したように希有がそう聞くと、

「う~ん、小さい頃の子供用の浴衣と兵児帯へこおびしかないかな?」

 思い出すような仕草で沙織が答えると、

「では、期末テスト明け辺りに浴衣を買いにいきません? 私、良い呉服屋を知ってるんです!」

 良い提案だと手を合わせながら、きらきらした目をしてそう希有がそうお誘いを掛けると、

「呉服屋さん? あ、じゃ反物とか売ってるかな?」

 ちょっと考えながらそう沙織が聞き返すと、

「ええ、既製品もありますが、大半は反物が主流なお店なんです」

 希有が、そう店の説明をする。

「そこのお店学校帰りに寄れる距離にある? きゆちゃんが、都合つくなら今日の学校帰りに行きたい」

 なにやら指を折り考え事をしながら、沙織がそう希有に聞くと、

「私は、大丈夫ですわ。 あ、では今日は家の車に迎えにきてもらいますわ。 電車で行くより断然早いですから」

 笑顔でそう希有は、即答した。


 希有は、友永ともなが財閥のご令嬢だ。

 彼女の家から迎えにきた黒塗りの高級車を目の前にして、いまさらながら沙織は固まった。

 校門に横付けされた高級車。

 お抱えの運転手だろうか、制服めいた服を着て白い手袋をつけた初老の男が後部座席の扉を畏まって開けた。

「ささ、乗ってくださいな」

 希有は、沙織を車に押し込むと自分も乗り込む。

 2人がしっかり乗り込んだのを確認した運転手は、ゆっくり扉を閉めた。

紀和きわさん、今日は、川内路せんだいじのお店に行って下さいな」

 そう運転手の紀和に向かってそう言うと、

「かしこまりました、お嬢様」

 と、優しそうな声でそう了承して、紀和はゆっくり車を発進させた。



「ここは、私の母方のお祖母様が御用達のお店なんです」

 店内に入りながら、そう希有が沙織に言い、

「高級なものがほとんどですが、リーズナブルなお値段のものもありますから」

 ニコニコしながら希有は説明した。

 店内は、落ち着いた感じで照明は柔らかい。

 きつくないふんわりとした木蓮のお香の香りがする。

 既製品の着物が数点飾られており、奥の一段上がった畳間の奥の棚にはおびただしいほどの反物があった。

「これは、希有お嬢様。 本日は、どのようなご用件で?」

 とても柔らかい印象をもった老齢な店主らしき人物が、希有に話しかけてきた。

「こんにちは、川内路さん。 今日は、浴衣用の反物を見せていただきにまいりましたの」

 笑顔を向けてそう希有が、用件を告げると、

「それでは、お嬢様に合う柄をいくつかお出しますのでしばらくそちらでお寛ぎながらおまちくださいませ」

「あっ、川内路さん。 この方に似合う反物も用意してくださいな」

 川内路を呼び止めてそう希有は、側にいた沙織の肩に両手を置いて満面の笑みをうかべてそう付け加えた。

「かしこまりました」

 人の良い微笑みを浮かべ、一旦、川内路は奥へ入っていった。

「とても、良い雰囲気のお店だね」

 沙織は、少し店内を見渡してそう言った。

 心なしか、目が輝いている。

 沙織は、昔からこういう裁縫系の素材が大好きだ。

 彼女自身も少なからず手芸をするので尚更だ。

 思ったより緊張していない沙織を見て、希有は内心ほっと胸をなでおろした。

 出された煎茶とお茶請けを手に2人が雑談していると、かなりの数の反物をもった店員2人と一緒に川内路がもどってきた。

「こちらは、希有お嬢様に。 こちらは、そちらのお嬢様に」

 と、反物を2人に見せた。

 希有は、川内路ともう一人の店員が付き、沙織には、沙織に似合いそうな反物を持ってきてくれた女性店員が付いた。

 沙織は、5本の反物をざっと見る。

 その中に、薄い明るい桃紫地で花柄のものが目に入る。

 女性店員に頼んで姿見鏡であわせて見て見る。

「まあ、とてもお似合いですよ」

 やさしい声で女性店員はそう言うと、

「これで浴衣を作る量のお値段ってどのくらいですか?」

 沙織は、小声でそう女性店員に聞くと、

「そうですね、友永様のご友人と言うことなのでざっと見積もってこのくらいかと」

 小ぶりな計算機のボタンをおして沙織にさりげなく見せてくれる。

「縫製代金抜きのお値段ですが」

 遠慮がちに女性店員がそう付け加えた。

 その値段は、十分沙織の手が届く値段だ。

 思っていたより安く提示されているように感じられる。

「これ、お持ち帰りできますか? 衣地だけ」

 躊躇いながらそう沙織が聞くと、

「可能ですが、縫製は別の場所で?」

 笑みを浮かべてそう女性店員が、聞いてくる。

「すこし、裁縫ができますので」

 ちょっと、はにかみながらそう沙織が答えた。

「畏まりました。 お支払いはどのように?」

 沙織は、ちょっと考えると、

「デビットカードでおねがいできますか?」

 そう聞きながら、自分の持つキャッシュカードの銀行名を言うと、店員は大丈夫と言うように頷いた。

「あ、あと、この柄に合う帯もほしいのでおねがいできますか?」

 嬉しそうに、目を輝かせながら沙織がそう聞くと、

「かしこまりました。 では、早速こちらの浴衣地に似合いそうなものをお持ちいたします」

 選ばなかった反物を手にして女性店員は再び奥へ入る。

 ほっとして沙織は、希有をみる。

 希有は、色とりどりの反物を肩から掛けて柄選びを楽しんでいた。

 日本美人な希有は、和柄の着物が良く似合う。

「きゆちゃんって、本当に着物似合うな」

 小さくつぶやくと沙織はその様を見て顔を綻ばせた。

 そんな沙織に気づいて希有も笑顔を向ける。

 考えてみると同世代の同姓の友達と一緒に買い物に行くのは初めてだ。

 沙織は、(少し違うかもしれないが)初めて経験するお友達とお買い物を満喫した。



 反物と帯を手に入れた沙織は希有の家の車で自宅まで送ってもらった。

 希有にお礼をいって彼女の車が、角を曲がって消えるまで見送ると家の中に入っていった。

 買ったものを手に、自室にもどり着替えると台所に入る。

 壁に掛けられたちょっと大き目のホワイトボードにある、母や兄、妹の予定を確認する。

 今日は、夜半まで撮影となっている。

 暖めなおすだけですむ料理を2~3品作り彼らが帰る頃に炊けるように米をとぎ炊飯器にいれタイマーをセットする。

 合間に、出されている洗濯物をより分けながら洗濯機に入れ、洗濯洗剤と柔軟材をいれてスイッチを入れる。

 一通り終わると、リビングの窓をあけて軽く掃除機を掛けた。

 これは、沙織の帰宅後の日常。

 最初の頃は四苦八苦したが、もともと嫌いではないので要領よくてきぱきとこなして行く。

 夕食は、ポトフだけを少し食べて食器を洗い、2階の自室に戻る。

 沙織の部屋は、少し替わっていた。

 ベッドと備え付けのクローゼット、広めの棚のない平机、机の上にはミシンと、ロックミシンが置いてある。

 机の下にカラーボックスが3つあり、本が入っているのはその中の1つ。

 残りには、なにやら小さな引き出しの付いた小物入れがはいっている。

 扉がある壁には縦4段横5段の棚があり、そこの3分の2に綺麗にビニールで包装されたいくつものファー生地が綺麗に収納されている。

 まるで、どこかのぬいぐるみの裁縫所のようだった。

 ベッドにかかるカバーは、女の子らしく可愛らしいパッチワークで作られておりその上にパステルピンクとパステルブルーのフェイクファで出来た中型のテディベアが仲良く並んで鎮座している。

 沙織は、落ち着く自室の中に入ると、帰りに寄ってもらった手芸屋で買った浴衣の型紙を紙袋から取り出すと型紙を紙切り用のはさみで型を切り、裁断用の大鋏を平机の引き出しから出し、今日買った浴衣地に型紙をあてて裁断し始めた。

 躊躇いもなく綺麗に裁断されたパーツを並べてベッドにおくと型紙についていた縫い順道理に手縫いで浴衣を縫い始めた。

「涼くんほめてくれるかな?」

 涼雄が、浴衣姿をみてどんな反応をしてくれるか楽しみにしながら、沙織は、すいすいと手を動かしていった。



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