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見えない君  作者: 葵
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第5話 初めて手を繋いだ夜。

 姉が戻って来るとすぐにこの会はお開きとなった。想太は買い物をしてから帰ると言い、焼肉店を出てそのまま僕らとは逆方向に進んだ。

 喋る気になれなくて、黙って姉の腕を掴んで歩く。

「あ、段差注意ね」

 誘導されるままついて行くと、黙り疲れた姉が話し始めた。

「そういえばさ、小島さんと面識あったんだね」

「あ、うん…え」

「だって名前呼びしてたじゃん」

 一瞬焦ったが、関係について言及されていないことに一息つく。

 しかし、それは束の間の安心だった。

「まさかね、匠にあんな“元カレ”がいたなんてねぇ」

 くすっと笑いながら言った。

「え、何で知ってるの?」

 その口から“元カレ”が出てくるなんて思っていないから、反射的にそう質問していた。

「ああ、やっぱりそうだったんだ」

 てっきり僕と想太の会話を聞いていたのだと考えていたが、違ったようだ。

 姉が言うには、結婚式で対面した時、僕も想太も気まずそうな顔をしていたとのことだ。感の鋭さに絶望する。しかも、このまま鼻歌を歌い出すくらいに喜んでいる。

 僕が深いため息を吐くと、姉はまた笑った。

「ごめんって!だって、あのお母さんの常識を追求してた匠に彼氏がいたなんて考えたらさ、小島さんは相当良い人なんだなぁって思って」

 そう、想太はとても良い人。僕にはもったいないくらい素敵な人だ。

 久々に好きって言われて、胸が熱くなった。また高校生の頃の気持ちが飛び出してきそうになって苦しくなる。

 ひどいことを言った僕に、また想太を想う資格なんてないのに、もしかしたらって期待してしまう。

「おーい!早く入ってくださーい」

 はっと気がつくと、車の芳香剤の匂いがした。

「大丈夫?ぼーっとしてるけど」

 席の位置を手で確認してから座ってシートベルトを探す。

「うん、大丈夫。ごめん」

「あらそう…あ、シートベルトはこれね」

 姉は僕の手を掴んでベルトの金具部分に当てた。だが、少し冷たくなったそれに驚いて、1度触れたけど反射的に放してしまう。再び同じくらいの位置に手を伸ばし、ようやくベルトを締められた。

 その直後、姉の運転する車が発進した。


***


 高校2年生の冬、もう受験まで残り1年だと急かされる時期。

 僕と想太がいつものように図書館で喋っていたら、あっという間に夜が来てしまった。2人並んで廊下を歩きながら見える街灯の光がやや明るく見える。

「もう暗いね。まだ5時なのに」

「まあ、冬だしな」

「冬かぁ…今年は雪降るかな?」

 他愛もない話をしながら昇降口を抜けようとしている途中、事故が起こってしまった。

「うおっと!……あれ、ここ段差あったっけ?」

 僕が段差に気が付かずに転けそうになったところを、想太が支えてくれたおかげで阻止できた。でも、視界の悪さに嫌気が刺す。

「暗いと見えにくいもんな。気をつけないと」

 少しの間くっついていたが、想太が口を開いた後、お互いにゆっくり離れる。

 そういえばこの頃だった。想太にだけ、友達とは違う感情を抱いていると気づいたのは。距離は元に戻ったのに心臓は暴れている。

 ドキドキしながら視線を想太の方に向けてみた。

 だけど、暗いせいでその綺麗な横顔ははっきりと見えなかった。

「嫌い…夜なんか早く過ぎればいいのに」

「え、急にどうした?」

 夜になると、突然気持ちも暗くなる。

 光がなくなって、何もかも黒が包み隠してしまったら。

 僕は、ひとりになる。

 いつからかそう考えるようになっていた。

 ため息をついて俯いていると、想太に手を握られた。

「手冷たいな。じゃあ、これあげる」

 そう言って繋がれた手と手の間に挟まれたのは、温かいカイロだった。

「カイロ持ってたんだ」

「そう、父さんが毎年余るほど買ってくるからさ。今シーズンこそ使い切らなきゃ」

 すると、想太は逆の手からがさごそとカイロを出した。

「これもあげる。ちゃんと温まらないと」

「ぶふっ、なんか子ども扱いされてる?」

 親を連想させる言動に大笑いしていると、隣でぼそっと声が聞こえた。

「やっぱ、笑った顔が1番だな」

 その発言に胸が締め付けられて、思わず想太の顔をガン見した。

「あ、ごめん。キモいよな」

 同時に手が離れそうになって、僕はその前にぎゅっと想太の手を捕まえた。

「違う、キモくないよ。想太の手、気持ちいから」

 その日から、僕と想太は手を繋いで帰るようになった。

 僕が転ばないようにって昇降口を通る時はいつも手を出してくれて、僕は喜んで繋いだ。


 クリスマスが近づいて学校も街も浮かれ始めた頃、僕はその空気に飲まれて自ら指を絡ませた。

 想太は目を見開いて「えっ」と言いながら、絡まった指と僕を交互に見ている。

 そんなにまじまじと見られたら照れてくるので、僕は平然なフリをして聞いてみた。

「こっちの方が温かいし、だめ?」

「だめじゃないけど、その、急でびっくりして」

 オドオドしている想太はレアだから、目に焼き付けておこうと思ってじっと見つめた。

 しかし次の瞬間、胸を打たれる一言が出てきた。

「これって、“両思い”でいいの?」

 突然聞こえた“両思い”に、顔が熱くなって急激に心拍数が上昇していく。

「俺のこと、好き?」

 覗き込むように近づかれて迫られると、勝手に口が動いた。

「好き」

「うん。俺も好き」

 その直後に、想太は繋がれた手を上げて“恋人繋ぎ”と言って笑った。

 恋人の始まりは思った以上にあっさりしていたけれど、想太のそういうところが好きだった。


***


 体がガクッと震えて目を開けた。

「ごめーん、猫ちゃんが急に飛び出してきちゃってさ」

 前から姉の声が聞こえて、今まで寝ていたのだと気がつく。

「ううん、大丈夫」

 飛び出してくる猫を見逃さない目があるなんて羨ましい。

「匠、なんかいい夢でも見てた?めっちゃ幸せそうな寝顔だったよ」

 車が再び走り出して、そう声をかけられた。

「うん…見えてた頃の夢見てた」

 夢というより人生の回想。その記憶の中は、幸せで満ちた世界だった。

 しかし、それも現実だが、これも現実だ。

 脳内でははっきり見えてるつもりだったけど、目が覚めるとやっぱり世界はぼんやりしている。

 視力は戻ってないし、視野も狭いまま。好きな人の顔すら、瞼の裏に映らない。

 浮かんでくるのは、あの愛しい声と匂いと温もりだけだった。

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