第3話 再会は傷口を開く。
高校生の頃、俺は匠に聞いたことがあった。
どうして俺の隣にいてくれるのかって。
でも匠は笑って誤魔化して、はっきり答えてくれなかった。その代わりにハグされてキスされて、俺を焼くように見つめた。
直後に見せた悪戯な笑顔が、かわいくて愛しくて、未だに忘れられない。忘れたいのに、こんなに時間が経っても忘れさせてくれない。
恋煩いというのは、俺みたいなやつのことだろう。
好き過ぎるから嫌いになりたいのに、どう努力しても気持ちを消せないやつ。
1人でいると、より好きな人のことを考えてしまう。これは重篤な症状だ。
「はぁ……煩悩よ、消えろ、消えてくれ」
リモートワーク。これは仕事とプライベート空間が一体化してしまう最悪の働き方だ。
パソコンの画面を見るという逃げ場はあるけど、ずっと同じ画面を見ていても仕方がない。集中できない。カタカタとキーボードを鳴らしている間も、パラパラとアルバムをめくっていくように匠の顔が浮かんでくる。
何をしていても、エンドレスにこれが続いていく気がして恐ろしい。
ついに俺はため息を吐いて作業をやめた。
椅子の背もたれに寄っかかってぐっと腕を伸ばす。その後、こめかみをぐりぐりしながら目を閉じていると、パソコンの隣に置いていたスマートフォンが鳴った。手に取って通知を見たところ、一華さんから1件のメッセージが届いた。
《やっほー!今日一緒にディナー行きませんか?焼肉です!》
急に送られてきたド直球な誘いに戸惑う。っていうか、焼肉をディナーと言う人と初めて出会った。
普通、こういう約束は遅くとも1日前に来るものだと思っていた。だが、一華さんの突拍子もない言動を振り返ると驚きも薄れていく。
俺は手に握られたスマートフォンの画面を操作して、ディナーに行きたいという旨の文章を打ち込む。でも、その途中で思い出した。
そこには匠がいるのに安易な気持ちで会いに行けるのか、と。
「また会ったら消えるかな」
画面の周りを彷徨う右手人差し指を、覚悟を決めて送信ボタンを押すよう動かした。
送信した数秒後に既読マークが付いて、場所と時間が指定される。
スマートフォンを置いて立ち上がり、俺はクローゼットに向かった。それだけの行動で、心拍数が走った直後のようになった。
まともな服がやや色褪せた黒のシャツにストレートジーンズという、シンプルかつダサい格好になってしまったが、諦めて待ち合わせの場所に向かった。
ショッピングモールの最上階にある家族層向けのレストランフロアで手を振る一華さんを見つけた。
「すみません。待ちましたか?」
落ち着いた色合いの気負わないカジュアルな服装をした一華さんは、今日は髪を下ろして巻いていた。
「そんなこと気にしないでいいんですよ?お礼がしたかったんです。ね、匠!」
「そうだけど……小島さん、いきなりすみませんでした」
その隣でやや緊張気味に立つ匠は、淡い茶色のニットカーディガンを羽織っていた。
サイズが少しゆるめで、やっぱりかわいい____なんて考えは捨てようと、一華さんに視線を移す。
「全然、気にしないでください。ご飯は一緒に食べたほうが美味しいですし、お誘い頂いて嬉しいです」
そう言うと、一華さんに肩をバシッと叩かれる。
「だよね〜!それじゃ、予約してあるんで、店入りましょうか!」
一華さんに腕を引かれて店内に入ると、思っていたよりもシックで高級そうな雰囲気の店内だった。
店員に案内されて席についた。テーブル席の真ん中に網があって、一華さんと匠海が並んで、その正面に俺が座った。そのままの勢いで何気なくメニュー表を見る。が、そこには俺の常識では信じがたい値段の和牛や和豚が並んでいて、思わず口を押さえた。
「あの、これって」
「あーね、食べ放題コースで代金は私たちが出すんで、小島さんは好きなだけ食べなさい!…って感じです!」
俺が何時間働いたらこれを支払えるのか無意識に考えてしまい、口は手で覆ったまま瞬きしていた。
「だから言ったじゃん。こういうお店だと逆に気遣わせちゃうって」
目の前に座る匠がぼそっと呟いた。一瞬でも俺のことを考えてくれたんだという事実に胸が熱くなって、我ながら気持ち悪い思考回路だなと思う。
だけど、このままじゃ匠に気を張らせてしまう。だから、俺は焼肉に集中することにした。
「ありがとうございます。元取れるように頑張ります」
そう宣言すると、吹き出された。
「ふふっ、お礼だから元取らなくてもいいけど、美味しく食べてください!」
それから、次々と美味しいお肉や野菜が運ばれてきた。
一華さんが甲斐甲斐しく焼いてくれているから食べられてないんじゃないかと思い俺も焼こうとしたが、なぜかトングを没収されてしまった。
時折仕事や趣味の話題で話しながら素晴らしい焼き加減の肉を食らう。匠が直接俺と話すことはないが、たまにぼそっと出るツッコミが相変わらずのキレで面白かった。
そんなこんなで焼肉とデザートもたらふく食べていい時間になった頃、ふと一華さんが言った。
「絢音ちゃんと小島さんって、ぶっちゃけただの友達じゃないでしょ」
確かに、絢音は一応元恋人という立ち位置だ。ただの友達ではない。
しかし、彼女のパートナーの親族に事実をそのまま伝えるなんてできない。
俺が黙っていると、一華さんが軽い口調で言った。
「あ、もしかして絢音ちゃんラブだった?なんなら今も狙ってたりして」
ただの冗談、違いますよ〜って軽く流せばいい。それなのに、なぜか口が思い通りに動かなくなった。
口をパクパクさせていたその時、ハスキーで落ち着きのある低い声が聞こえた。
「バカなの?……“想太”がそんなことするわけないじゃん」
そう言うと、一華さんはわははと笑い出す。
「ごめんごめん!冗談です!…あ、ちょっと手汚れたから洗ってきまーす」
そのまま席を立って歩いていくのを見届けた匠は、俺の方を向いて謝った。姉がすみません、と。
でも、それよりも俺は、匠に聞きたいことがあった。
「今、“想太”って呼んだよな」
それを素直に口に出した。すると、匠はぴくっと肩を震わせてから瞬きを繰り返した。
店に入る前は“小島さん”と呼んでいたのに、いきなり“想太”に変わったのだ。気になるに決まっている。
「なあ、匠。俺のこと覚えてる?」
真っ直ぐ見ながら問いかけると、匠は顔を伏せて言った。
「……ごめん、想太。ごめん」
今度は消え入りそうな声で謝られた。
その儚い響きに、抑えていた感情が涙となって目から溢れ出す。
ああ、煩わしい。
好きな人が目の前にいるだけで、いとも簡単に蓋が壊れてしまった。




