第2話 引きずっていたのは俺だけ。
「新郎新婦、ご入場です!」
会場が拍手で包まれると、ウエディングソングなんて聞こえなくなるくらい新郎新婦に注目が集まった。
普段ジャージやスウェットを着ているだけで、ドレスを着ると普通に綺麗な絢音。俺と目が合うと、入場中なのにくすっと笑った。この顔のどこが面白いんだとツッコみたくなる。
俺は開会のギリギリに会場入りした上に、会場内には知り合いがいない。だから、すごく浮いている。
絢音は合コン気分で気楽に来ていいと言ってくれたけど、ここの空気からしてそれは無理だ。
同じテーブルの人は皆、あいつ誰だという顔で見ている。時々目が合ってしまうので微笑んで会釈するが、相手は静かに目を逸らす。俺のことを不審者か何かかと思っているのだろうか。このままだと、ここでは一言も発さずに式が終わってしまいそうだと思った。
料理が新郎新婦の手で運ばれてきた。
絢音がよそ行きの笑顔で次々とテーブルにお皿を置いている。だけど、俺の近くに来ると少し表情が緩んだ。
「俺の顔、面白いですか」
小声でそう問うと、絢音のにやけが増した。
「っはい、おかげさまで緊張が緩みます」
同じくらいの音量で返答されてから、また違うテーブルへと移動していった。
その様子を見送ってから正面を見ると、ちょうど目線の先にいる女性と目が合う。
「あなた、絢音とどういう関係?」
明らかな愛想笑いで見られて手が震えそうになるけど、ただの友達ですと返した。そういうあなたはどのような関係ですか?と問いたくなる。
だがその時、少し離れた場所から耳馴染みのある笑い声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、談笑する輪の中心に匠がいた。ここから見ると全部小さく見えるが、些細な言動すら過敏に反応して主役よりもそっちを見てしまう。
あれが匠だって証拠はないけど、そう見えてしまうから困る。
俺は1度目を閉じてから息を吐いて、新郎新婦の方に目線を向けた。
ブーケトスでなぜか俺が花束をキャッチしてしまい気まずくなるという珍事件があったが、なんとか乗り過ごす。
その後に、お色直しして白から深い青に変わった新郎新婦のために、代表者による余興が始まった。感動的な馴れ初めムービーや、2人が好きだという有名なバンドの歌、陽気なダンスが親戚や友人によって披露されていく。
そして、最後に出てきたのは彼だった。
「こんにちは。新郎のいとこの“河村匠”です」
その口からはっきりと名前が出た時、目頭が熱くなった。
そんなこともつゆ知らず、匠はマイクを持って前に立って、周りをキョロキョロ見回しながら話し続けた。
「自分の話になりますが、僕には視覚障害があります。発症したのは、10年前でした」
10年前はまだ高校生、ちょうど俺たちが離れ離れになった頃だった。
匠はマイクから顔を離して天を仰いでから、再びマイクの方に戻る。
すると、距離感が分からなかったのか、顎とマイクがぶつかる事故が発生して笑いが起こった。
「あはは…すみません。こんな感じでほとんど見えてなくて、苦労することが多いです」
それからちょっと真面目な顔に変わって、匠は新郎新婦の座る方向を向いた。
「そんな1番辛い時に側にいてくれたのが、新郎の坂本幸輝でした。僕の話をちゃんと聞いてくれて、電話はワンコールで出てくれましたね。あの時は、本当にありがとうございました」
涙を堪えるのに必死で、唇が震えていた。
ここで泣いたとしても変なことじゃない。すでに号泣している人は数名いる。でも、今の感情的には不自然だった。
俺の中にあるのは、結婚式にふさわしくないものがぐちゃぐちゃに混じって溢れそうになっているものだから。
失礼なことは承知で、俺は席を立って化粧室に駆け込んだ。
しばらくしてこっそり戻ると、会場の雰囲気が変わって皆が自由に立ち歩いていた。
もうそんなに時間が経っていたのかと思うと、花嫁とばっちり目が合ってしまった。ついでに花婿もこっちを見ている。
俺はゆっくり堂々とそっちまで歩き、どうもとお辞儀をした。だが、絢音はとっても怖い笑顔で口を開いた。
「どこで何してたんですか?」
「すんません。手洗ってました」
絢音は文句を言いたげな顔をしているが、隣にいる新郎の坂本さんはにこやかな表情で言った。
「まあまあ、しょうがないでしょ」
「はあ、初めてお会いしましたけど、坂本さんは本当に優しい方なんですね」
そう言うと絢音はケロッと機嫌を戻し、自慢するように笑いかけて幸せオーラを見せつけてきた。その様子を見ていると俺まで笑顔になってくる。
3人で立ち話が続いていたが、そこに会いたくなかった人が現れてしまった。
「こんにちは〜!河村です。お話中すみません」
長い黒髪を1つに結んだ綺麗な女性が3人に挨拶する。その方の腕をそっと掴んでいる匠も笑みを浮かべて俺らの方を向いていた。
その女性は河村一華といい、匠のお姉さんだそうだ。すごく陽気な人で、話し方とか笑い方がよく似ている。
「っていうかあなた、さっき匠のこと送り届けてくれた方ですよね!」
一華さんに言われて反射的に匠の方を見てしまった。まあ、本人は俺に見られているなんて分からないのだろうけど。
「そうだったのか。どうりで、白杖持ってないのに1人でどうやって来たんだろうって思ってました。ありがとうございます」
坂本さんにも礼を言われて、絢音はやるじゃんと褒めて、俺は上手くない作り笑いを貼り付けた。
「本当に感謝してます!ほら、匠もお礼言いたがってたじゃない」
視線をゆっくり匠に向けると、一瞬だけ目が合った気がした。
「今朝は、ありがとうございました」
穏やかな笑みで贈られた言葉に、また震えそうになる。でも、その他人行儀な話し方が心苦しい。
「いえいえ、僕はできることをしただけですから」
溢れそうな感情をなんとか飲み込みながら、声を出した。
「ああ、そうだ!あなた、お名前は?」
聞かれるかもしれないと覚悟はしていたが、心臓を掴まれた感覚に陥った。
緊張気味の喉元がぎゅっと締まって声が外に出ることを躊躇うが、1度息を吐くと少し緩和された。
「……小島です。小島想太」
匠の様子を伺いながら言ったけど、前に立っている本人は何も変わらなかった。
もう、俺なんて忘れてしまったのかもしれない。
そりゃそうか、もう10年も経った。制服を着ていたあの頃と違い、お互いにスーツを着て、それぞれの人生を歩んでいる。
引きずっていたのは俺だけだ。
そう分かった時、心に穴が空いたようだった。
「ねえ、小島さん。お礼したいから、3人でお茶でもどうかしら?」
「えっ」
一華さんの提案に驚いている俺よりも先に匠から声が出た。そして、慌てた様子で言う。
「姉ちゃん、確かにお礼はしたいけど、お茶するほどの時間があるか分からないでしょ?ほら、仕事で忙しいかもしれないし」
そうしてもらえれば俺も助かる。これ以上匠を見るのは体に毒だと思うから。
しかし、人生は思い通りにいかない。
「いきなりごめんなさい。でも、お礼しないと気がすまない性格でね。小島さん、連絡先教えてくれる?」
目の圧と差し出されたスマートフォンに負けて、
「はい…どうぞ」
俺はお茶の約束とともに連絡先を交換してしまった。
ずっと会いたかった人と再会したはずなのに、こんなに傷口が広がっていくとは思わなかった。
匠を見ていると、息苦しくて痛い。そのせいで、視界がまた滲み始めた。




