第1話 まだ、君は過去じゃない。
高校生の頃、好きな人がいた。
目が太陽みたいにキラキラしていて、眩しいほど明るくて、よく笑う男子。
俺とは真逆のタイプだったけど、大好きだった。
「はいはい。その話6回目ですよ」
夜の居酒屋のカウンター席、俺はジョッキを片手に10年前の失恋話をしていた。
いつもその話し相手になってくれるのが、隣で唐揚げをつまんでいる茶髪の女性、加賀美絢音だ。
「その人、クラスではツンツンしてるのに2人きりになると甘えてきて、とってもかわいい彼氏だったんですよね」
「そうなんすよ……まじでかわいかった」
絢音とは大学で出会い、告白されて一時期は交際していた。だが、こんな感じで高校時代の恋愛を引きずっているものだから、いつの間にか彼女というより友達みたいな存在になっていた。
「ほんと、一途だよね。想太って」
私と付き合ってた頃と全く変わってない、と言いながら箸を唐揚げに刺すように掴んで口に運んだ。
小島想太。俺の人生が続く限り、この胸の痛みも苦しみも悲しみも、きっと癒えることはないだろう。
過去の恋愛がきれいな思い出になるって、いつか誰かが言っていた。
でも、そんなことはない。少なくとも俺の初恋は、まだ過去になりきっていないから。だから俺は、いつまでも心は高校生気分でいる。
「あ、私の結婚式でその話するの、絶対にやめてよ?普通に引かれるからね」
絢音は、純粋に良い人。同性愛に対する偏見も、過剰な妄想も何もない。
それに、俺とは違って過去を思い出として美化できるかっこいいタイプだ。以前言っていた。過去を振り返ってどうするの?私にはその時間はいらないって。
そんな絢音が、来週末に結婚するらしい。
「大丈夫、この話は絢音にしかしない。あ、そういえば、相手の職業って何?」
「手話通訳士。かっこいいでしょ?」
「うん。かっこいい」
「何かテキトーじゃない?」
「いや、本気で思ってるよ。手話使えるから俺よりも多くの人と話せるってことだろ?すごいじゃん」
「そうそう、分かってくれればいいのよ」
そうやって会話をしながら飲み、それぞれの帰路についた。
1人になると、人肌が恋しくなる。アルコールが全身に回っているのもあって余計に寂しい。
とぼとぼ歩きながら、俺はまた好きな人のことを思い出していた。
あれは高校生の頃、ある日の昼休みのことだった。
昼休みは毎日2人で食堂に駆け込んで弁当を買ってから、使われていない校舎の静かな空き教室で昼食を楽しんだ。お互いに違うものを買っていたから、おかずを交換したり、食べさせ合ったり、今思うと恥ずかしくなるようなことを当たり前にしていた。
『想太、今度の週末はどっかお出かけしようよ!』
『え、どこ行きたいの?』
『うーんとね…』
両頬にえくぼを作ってもぐもぐしながら悩む姿がかわいくて仕方なくて、俺も自然と笑みがこぼれる。
『映画見たいし、カフェのスイーツ食べたいし、想太ん家にも行きたい。どうしよう』
独り言を大声で言うタイプだから、他の人が心の中で言いそうなことが全部表に出てきていた。
『じゃあ、全部しようか』
そう答えると、彼は目を輝かせて笑顔を咲かせた。
『やった!楽しみ』
その笑顔が生きがいだった。宝物だった。
こんなに考えてしまうのは重すぎるって分かっているが、自分の理性だけでは止められない域にいる。
俺の前からいなくなってしまった彼とは、もう10年も会っていない。それに、高校の同級生も誰1人彼と連絡を取っている人などいない。
彼は一体、どこに行ってしまったのだろうか。
黒いスーツにグレーのベスト、淡いブルーのネクタイ。髪もちゃんとセットしているから、自然と気合が入る。
今日は絢音の晴れの日。俺と会う時は気負わないジャージみたいな格好をしている絢音が、純白のウエディングドレスを着て、これからの幸せを祈る日だ。
バッグに荷物が入っているか再度確認してから、俺は家を出た。
式場は駅から徒歩2分という驚異の近さで、電車の音とか大丈夫なのかと心配になる。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
最寄り駅に着いてからきれいに整備された道を歩いていると、前方に白杖を持った男性がいた。それと逆方向に歩いてくる人は片手にスマホを持ち、もう片方はポケットに突っ込んでいた。
すれ違ったら危ないかも、という状況でヒヤヒヤしながら見ていると、悪い予感は的中してしまった。
2人はぶつかり、白杖を持った人は転んでしまったが、歩きスマホをしていた人は無言で立ち上がってそのまま去っていった。
俺はまだ立ち上がろうとしない人の方に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
そう言うと、その男性がゆっくりとこちらを見た。
「すみません。大丈夫です」
顔がこちらを向いた瞬間、ドクンと心臓が鳴る音が連続して全身に響く。
今目の前にいる人が、10年会っていない好きな人とすごく似ていた。
ハスキーで落ち着きのある声。光の集まる目。見惚れてしまう横顔。
男性は手で探るように地面を撫でて、目を細めながら白杖を掴んだ。でも、白杖は2つに折れてしまっていた。
「あちゃあ、折れちゃったか」
彼は、どうしようと言っているかのような表情で俯いた。
「あの、どこに向かっている途中だったんですか?」
「えっと…この近くの結婚式場で、親戚が結婚するんですけど」
奇遇なことに、行き先が同じだった。よく見ると彼もスーツを着ている。
「式場の場所なら知ってますよ。入口まで送っていきます」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って彼はニコッと笑った。それは、胸の奥に閉じ込めていた宝物と似たような輝きだった。
腕を差し出すと、彼はまさぐるような手つきで俺と腕を絡ませた。そのまま立ち上がって歩き出す。
腕が密着しているだけでも心臓が高鳴って、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだ。
「あ、犬…ちょっと左側に行きますね」
すれ違いそうになった犬を避けて別の道を歩く。すると、彼から話しかけてきた。
「何で犬、避けたんですか?」
「ああ、苦手なんですよ。犬」
「…そうなんですね」
嘘を言った。俺は、犬派か猫派かで言われたら犬派と答える。でも緊張感からか、今日は無意識に犬を避けてしまった。
式場の入口が見えてくると心配した様子の女性が立っていて、俺たちを見た途端安堵したような表情に切り替わった。
「つきましたよ。入口に立ってる女性、知り合いじゃないですか?手振ってます」
「あの、長い黒髪の人ですか?」
「はい。1つに結んでますね」
その女性の近くまで来ると、そちらから寄ってきた。そして彼を引き渡す。
「それじゃあここで、さよなら」
「え、あ、ちょっと待って」
その声を無視して、俺は式場から離れた。なるべく遠くにいたくて、ただただ前に進み続けた。だが、ちょっと歩いた先で突然足が固まる。
さっきまで掴まれていた腕を見て、あの温もりと彼の匂いを頭に浮かべた。
ほんの少しの時間だったのに、彼の全てが高校時代を連想させる。
だからきっとあの人は、俺の好きな人____河村匠だ。
あの頃は白杖を持っていなかったが、触れた感触は変わらず、匠のままだった。
葵と申します。このたびは、この作品を開いて読んでいただき、誠にありがとうございました。
この作品は2025年中に完成させようと考えていました。しかし、いつの間にか年は明けて2月。季節的に遅れている部分も出てきてしまいますが、最後まで見守っていただけると幸いです。




