プロローグ
「どう?うまく巻けてる?」
昇降口付近の全身鏡を見ながら、咲はそう言った。
「ーーうん、ばっちり」
髪には涼しげな青いはちまき。10月も近づき、夏もようやく終わったと思えたのに、どうしてこんなにも暑いのだろうか。
「なんだか、葵は乗り気じゃないみたいだね」
咲はこちらを窺うように見つめている。
「うん……、暑いからね。咲もそうじゃないの?」
金木犀の優雅な香りだけが唯一の救いだ。汚れの一切ない白い靴を履いて私たちは歩き出した。
「私はねーーー、あっ!急がないと、もう体育祭総練習、始まっちゃうよ」
咲はすたすたと走りはじめて、私だけが中庭に残されてしまった。太陽は容赦なく照りつけてきて、足取りがただ重く感じる。
やっとの思いでなんとかグラウンドに辿り着いたそのときーーー。
私は恋に落ちた。
青いはちまき。高い身長。整った容姿。向日葵のような笑顔。どれもがどうしようもなく格好良くて、自分の心臓の音だけが聞こえた。それ以外はすべてどうでも良いと思えた。『運命』がもしあるのならば、これがふさわしいものだと確信できた。
たった今、唯一無二の青春が始まった。