口裂け女VSターボババア
長い黒髪が激しい風になびく。
赤いトレンチコートに身を包んだ女が、車に劣らぬスピードで高速道路を走っていた。
足には赤いハイヒール。とても走るような靴ではないのに、まるでダンスでもしているような軽やかさで女は走っていた。にっこりと笑みを浮かべて――その口は耳まで裂けていたが。
時折追い抜かれる車が驚いて彼女を凝視する。その度に口さえ見えなければ美しい笑顔を向け、驚いた運転手がハンドル操作を誤るのを見るのも彼女の楽しみだ。
「楽しいわぁ」
車が壁にぶつかりかけて際どいところで止まったのを見送り、口裂け女は声を立てて笑った。そんな彼女に、後方から小さな影が迫ってくる。
「どきな、ババア! 邪魔だよ!」
杖をついた腰の曲がった老婆が、あり得ない速さで走ってくる。――ターボババア、彼女もまた、口裂け女と同類の怪異だ。
「ババア? 誰のことを言ってるの!? ああ、自分のことね!」
「あぁん? 風で聞こえないねえ!」
一見若く美しい女性である口裂け女と、老婆の姿をしたターボババアはお互いに体当たりをしながら走り続けた。
互いに「こいつには負けたくない」と思っているのがありありとわかるほど、彼女たちの間には険悪な空気が漂っている。
「若作りしてるけどアンタ1970年代生まれだろ! あたしに比べたらババアはそっちだよ!」
「なんですってぇ!? 生まれじゃなくて見た目が大事なのよ!」
互いに猛スピードで走り合いながらの罵倒だ。いつの間にか高速道路を走っていた車は、走行車線に寄って怪異同士のスピードバトルを避けていた。
「あたしは平成生まれさ! ババアなのは見た目だけだよ!」
「見た目がババアならババアなのよ! 私は綺麗って言われることもあるんだから!」
「言わせてんだろう? ポマードポマードポマード!」
「うっさいわ! 今時ポマードごってりのおっさんなんてそうそういないわよ!」
互いに競り合いながら、スピードは更に上がっていく。その時――。
「ハイ、そこのふたり、左に寄って止まりなさい」
回転灯を出した覆面パトカーからのスピーカー越しの音声が響く。口裂け女とターボババアは、渋々走行車線に寄って立ち止まった。
「何キロ出てたと思う?」
警察官の言葉に口裂け女とターボババアは顔を見合わせた。
「110キロくらいよねえ?」
「そうそう、ババアにゃそれ以上出せんって」
急に口裏を合わせ、ふたりは目を見交わしながらチラチラと警察官の様子を伺った。
、
「じゃ、このメーター見て」
警察官が130キロオーバーを示した速度計を示してくるが、ふたりはお互い別々の方向を向いてそれを直視しようとしない。
「あー、速度も問題なんだけどねえ、ここは高速道路だよ。自動車専用道路、わかる? 歩行者は入っちゃいけないんだよ」
淡々とふたりに向かって警察官が説教を始める。口裂け女とターボババアは、ばつが悪そうにうなだれてそれを聞いていた。
「そういうことじゃないって、横を通り過ぎながら思ってました」
一部始終を映したドライブレコーダーの映像がY○utubeに上がると、動画の最後に入っていた一文に多数の「せやな」のコメントが付いたのだった。
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