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メリーさんに狙われた女

『もしもし、あたしメリーさん。今、あなたのおうちに向かってるの』


 非通知設定なのに条件反射で取ってしまった電話から、甲高い少女の声が聞こえた。

 私は、思わずスマホを持っていない右手をぎゅっと握りしめた。


「メリーさん、来たーーーーーーーーーーーーァァァァァ!!」


 思わず叫ぶ。叫ばずにいられない。


 一方的に掛かってきて一方的に電話が切れた後、私はスマホと家の鍵を持って部屋を飛び出した。

 向かった先はマンションの向かいにあるコンビニ。実質徒歩1分。

 メリーさんは最初の電話が掛かってきてから、徐々にこちらに近付いてくるのは有名な話。つまり、私には迎撃準備をする時間があるのだ。


 駆け込んだコンビニでシュークリームとプリンをありったけ買い占めると、慌てすぎてエコバッグすら忘れていたことに気がついた。仕方ないので「袋ください!!」と久々に言って大量のスイーツを詰めてもらう。


 また走って部屋に戻ったら、手に鍵を持ってるのに鍵掛かってなかった。慌てすぎだ、落ち着け私……。


 一旦買ったものは袋ごと冷蔵庫に入れ、メリーさんからの電話を待ち構える。


『もしもし、あたしメリーさん。今ゴミ捨て場の前にいるの』

『もしもし、あたしメリーさん。今たばこ屋さんの角にいるの』

『もしもし、あたしメリーさん。今ゴミ捨て場の前にいるの』


 それからもメリーさんの電話はかかり続け……ゴミ捨て場って2回言ったけど、近所のゴミ捨て場とマンションのゴミ捨て場のことかな? もうちょっとわかりやすく現在地を言って欲しい。


 マンションのゴミ捨て場だとしたら大分近くに来ている。私はごくりと息を飲み込むと、「メリーさん迎撃作戦」を本格的に開始した。



『もしもし、あたしメリーさん。今……ぎゃんっ!』


 スマホから幼さを残す悲鳴が聞こえた。すまんて、と私は心の中で思いっきり謝る。

 メリーさんの電話がおそらく次で最後というとき、私はキッチンの壁に背中をくっつけて座っていたのだ。

 距離とかそういう物理法則をぶっ飛ばしてくると評判のメリーさんだけど、有名な対処法がある。それが「壁に背中を付けて背後を取られないようにする」ってやつ。実行してみたけど、壁を挟んだ隣の部屋(お風呂場)に出て来て思いっきり壁にぶつかったみたいだ。


「メリーさん! こっちこっち!」


 壁に背中をくっつけたまま、私は声を上げてメリーさんを呼んだ。バタンとお風呂場のドアが開いて、50㎝ほどの金髪の人形がおでこを押さえながら歩いてくる。


「お人形個体だー! ありがとうございまーす! ささっ、メリーさん、こっち来て!」

「なんなの、あなた! 壁に背中を付けて待ち伏せなんて酷い!」


 赤い洋服を着たメリーさんは、長い金髪を揺らしながらまさにお人形の顔で私をキッと睨んだ。


「メリーさんはプリン好き個体? シュークリーム好き個体? はい、たくさん買っておいたから好きなだけ食べてね!」

「…………なっ」


 壁に背中をくっつけたままずるずると冷蔵庫まで移動して袋を引っ張り出し、私はメリーさんの目の前にプリンとシュークリームを山積みにした。


「なんなのっ、なんなのよ、あなた! こんなものに釣られないんだから!」

「お口ちっちゃいねえ、プチシューの方がいい? はい、あーん」


 プチシューの袋を開けてひとつ取り出し、メリーさんの口元に持っていく。メリーさんは条件反射のようにパクリとそれに食らい付いた後「しまった!」という顔をした。


「ち、ちがうんだから! これは、その……」

「あっ、口元に出されたから食べちゃったけど実はプリン好きってこと? いいよいいよ。はい、スプーン」


 コンビニスイーツの中でも私のイチオシプリンの蓋を開けて、スプーンを添えてメリーさんに差し出す。メリーさんはそれも反射的に受け取り、また「しまった!」という顔をした。


「ぷ、プリンは好き! でも!」

「メリーさん、会いたかったよー。小さい頃にお祖父ちゃんに捨てられた私のお人形そのまんまだあ。……お母さんに新しいお洋服作ってもらう約束してたのに、着せてあげられなくてごめんね」


 こども心にずっと残り続けた私の傷。仲良しのお友達だった大きなお人形は、祖父に勝手に捨てられてしまって私は号泣したし母が激怒した。人のものを捨てるって本当に信じられないけど、ぬいぐるみも結構たくさん捨てられたなあ。


 大人になって……メリーさんの都市伝説が広まって、いつか「人形を捨てた」私のところにもメリーさんが来てくれるんじゃないかってずっと待ってた。

 それが復讐のためでも、よかった。私の「メリーさん」が来てくれるなら。


「……待ち伏せ、してたのね?」


 お人形なのに表情豊かに、メリーさんは少し恨めしげに私を見上げている。


「そうです! メリーさんが好きだっていう物をたくさん用意して待ってました!」


 プリン好きとシュークリーム好きと両方の説があるから、私のメリーさんがどっちかわからないからどっちも買ってきた。


「…………」


 メリーさんは私の顔と、自分が持ってきた刃物と、たくさんのスイーツを見比べ……ゴトリ、と刃物を取り落とした。


「よし、取ったりぃ!」

「きゃあああああ! なにするのよー!」


 メリーさんが刃物を手放したので、私はすかさずそれを蹴り飛ばし、メリーさんをひょいと抱き上げた。そして、私の膝の上に置く。――こどもの頃のように、向かい合わせで。


「私はもう大人だしお祖父ちゃんはもういないから、あなたを手放したりしないよ。だから――とりあえず、プリンどうぞ」


 スプーンでプリンを掬ってメリーさんの口元に差し出すと、メリーさんはぱくりと食いついて「しまった!」という顔をした。

 このうっかりさん具合、私に似たとしか思えない。



 私、メリーさんの持ち主。

 今、あなたと一緒にいるの。

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