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唐揚げレモン

作者: つこさん。

「唐揚げ、レモンかけていい?」

「は? 殺すぞ」


 あたしが何気なくそう言ってレモンをつまむと、同僚の山中は低い声でそう返してきた。あたしは一瞬止まって、取り上げたレモンを自分のハイボールへ絞り入れた。

 なんか、残業で遅くなったんだよね。お腹すいて。いつもの居酒屋は定休日だし、たまたま同じタイミングで帰る山中へ「いい店あるなら連れてってよ」って言った。仕事以外で話すことってあんまりないけどさ。しごできメンズだからべつに嫌なイメージもなかったし。軽い気持ちで。

 山中はなんかすごい形相をしてから、ふいっとどっか向いて「いいけど。おごらねーから」って言った。当然じゃん、ワリカンだよ。

 駅チカビルの地下一階。こんなところに飲み屋街があったんだね。中華のお店はお客さんが列んでいたから、レモンサワー89円って書いてある店へ入った。あたしたちで満席になって、次に来た団体さんは別の店へ向かった。


 なんとなく懐かしい気持ちになって、あたしは唐揚げを食べてから「ヤマナカー、そういう言い方、やめた方がいいよー」って言った。べつに、あたしにはいいんだけどさ。そのくらいで傷ついたりしないから。

 山中はなんかすごい形相をしてから、ジョッキを口に運んで「なんだよ」って言った。


 店内はがやがやしている。奥の座敷席でどっと笑い声が上がった。BGMは堀ちえみだと思う。ばあちゃんが好きだった曲だ。店員さんが厚焼き玉子を持ってきてくれた。追加でハイボールを頼むと、山中も「生もひとつ」って言った。


「せっかく、それなりに女性人気あるんだし。愛想よくしておかないと女の子たち逃げてっちゃうよー」

「……なんだよそれ」

「ヤマナカのこといいなーって思ってる子、けっこういるのよ。だから言葉遣いはていねいにしときなよ」


 山中はなんかすごい形相をしてから、厚焼き玉子を見て「なんだよそれ」って言った。


「女の子は、ちょっとしたことでも傷つくからねー。やさしくしてあげなよ」

「……香川も傷つくのか」

「あたしー? あたしは別」


 ハイボールとジョッキが来たので、飲み干してグラス交換した。あたしはちょっと笑って「十代のころの元カレがさー、今考えるとモラで」って言った。山中はなんか固まった。


「それこそ、ヤマナカみたいに『殺すぞ』とか『死ね』とか、普段から言うやつだった。すんごく悲しくてさ、言われるたびに傷ついて。でも好きだったんだねー、あのころは。それでもいっしょにいたいって思ってたもん」


 ああ、懐かしいな。きっと、あれは幼い愛情表現だったんだろうって今ならわかる。でもまあ、ないよね。本当に、ない。最終的に好きって気持ちから醒めて、FOした。連絡はぜんぶ未読無視。

 山中はジョッキを持ったまま、口へ運ぶでもなく固まっていて、あたしがメニューを見ながら「ホッケの半身も行かない?」って尋ねたところで動いた。


「なんで別れたんだ」

「ん? さめたから」


 厚焼き玉子美味しい。めっちゃ出汁が効いてる。

 BGMは知らない男性ボーカルの曲になっている。会えない時間が愛を育てるんだってさ。なんとなく気になって歌詞をスマホで検索した。帰りの電車で聴いてみよう。

 山中は黙っていて、ジョッキの泡がなくなっている。あたしは「食べないのー? ぜんぶ食べちゃうよー?」と言った。

 なんか、一気でジョッキを干して店員さんへ「生!」って言ったから、あたしも「ホッケの半身も!」と声を上げる。山中は親の仇に会ったみたいにレモンがかかっていない唐揚げに襲いかかった。


「だからさー、せっかく好意を持たれていても、言葉ひとつで関係なんて壊れちゃうからさ。気をつけた方がいいよ、っていうおせっかい」

「……すまん」

「あー、ホント、あたしはだいじょうぶ! 慣れたっていうのもあるけど、そもそも傷ついてたのって、元カレに恋愛的な関心があったからだしねー」


 山中は仇討ちを中断して、またすごい形相をした。あたしはハイボールにレモンを入れたいなって思って、メニューにあるか探した。なかった。なんか座敷席で拍手が巻き起こってた。

 ジョッキが来て、あたしは生レモンを別メニューでもらえるか聞いてみた。バイトの男の子は「厨房に聞いてきます!」ってすっ飛んでった。


「……なんだよそれ」


 山中がなんかつぶやいて、親の仇をじっと見ている。あたしもひとつ参戦する。バイトの男の子がいい笑顔でレモン三切れが乗った小皿を持って来た。かわいーい。

 あたしは自分の小皿へ取り分けた唐揚げに、仇討ちのつもりでレモンをかけた。山中はジョッキを半分くらい飲んでからヤケクソみたいに言った。


「――傷つけよ!」


 そしてまた仇討ちに精を出す。なんだこいつ。ホッケの半身がやって来たので、ハイボールのおかわりを頼んだ。


「ホッケ、レモンかけていい?」

「は? 殺すぞ」


 BGMはなんか、涙でリクエストする曲だった。座敷席から「あーーーー」って声が聞こえた。あたしはかまわずに「えいやっ」ってホッケにレモンをかけた。

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― 新着の感想 ―
世間的に見ても自分的に見てもないわーなんですけど、「傷つけよ!」を言った気持ちを考えると……ねえ。 好きです。 主人公が、曲についての説明?の雰囲気がとっても良くて余計好きです。 素敵な作品をありがと…
若いなあ( ˘ω˘ )
あまずっぱいわ~♪
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