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イニシャル・モブ

作者: くしみたま

思いつき作品その2

 麗らかな春の日、その嵐はやって来た。


「今日から野薔薇クラスの一員になるリリア・ザトスン君だ」


 その嵐は、柔らかそうなふわふわの金髪に垂れ目がちな青灰色の瞳の小柄な美少女の姿をしていた。


「ザトスン男爵家のリリアです。宜しくお願いしまぁす」


 ニッコリ微笑むその姿は、クラスの男子達の半分のハートを鷲掴んだ。


「あー、席はブルーリーの横に用意してあるから、そこに座れ。ブルーリー手を上げろ」


「はい」


 嵐ことザトスン嬢はこの日から俺のお隣さんになった。折角一番後ろの出入口近くで良かったのに、今朝ガタガタと隣に机が入れられたのはそういう事かと内心溜め息を吐いた。


「今日から宜しくね」


 ザトスン嬢はきゅるんと音がしそうな上目遣いで俺へ挨拶した。


「ああ。ミック・オーウェン・ブルーリーだ。宜しく」


 相手の目を見て挨拶する。その瞬間、スンっとザトスン嬢は真顔になった。「……チッ。モブか」と低く小声で呟くのが聞こえた。


「うふっ。宜しくねぇ」


 その後、先程の小声はなんだったのかと不思議な程の猫撫で声で微笑んだのだった。




 さて。秋に始まる王国学院の学年の半分が過ぎて編入してきたザトスン嬢だが、俺が彼女を嵐と呼んだのは訳がある。その理由は―――


「あっ。ジル様が図書館へ向かったわ!追いかけないと!大切な逢瀬のイベントよ!」


「キャッ。今日もアルノー様に見つめられちゃったぁ。好感度上げ成功ね」


「ノア様、今日も尊いわ……誰にでも優しいけど、さっきの抱擁はきっと私への想いが止められなかったのね。罪つくりなワ・タ・シ」


 と、本人達が聞いたら目を剥きそうな内容の発言を、俺の隣の席でブツブツ繰り返しながらドタバタと走り回っているからだ。クラス中が聞き取れる声量の呟きで!

 因みに、恐らくだが、ジル様が二学年上のシルベスター第一王子殿下、アルノーが殿下の護衛のアーノルド卿、ノア様が第一王子殿下と同学年のたらしで有名なノーランド・アレックス・ダーティ公爵子息だと思われ。微妙に名前が間違っているのは、アホの子なんだろう。


 そんな奇行のザトスン嬢だが、クラスの二割ほどが美少女故にちやほやしている。が、八割は関わらないよう、空気のように扱っている。何故なら、


「毎度毎度、一人でブツブツと日本語で話してるのやめて欲しいよなあ。俺ら日本人が頭おかしい奴みたいじゃん」


「『元』日本人な」


 悪友のリッキーがボヤく。頭のおかしい輩と関わりたくないのは、当然の心理だ。


 この国の国民の二人に一人は前世の記憶を持つ転生者だと言われている。実際には、庶民には千人に一人居るか居ないからしいが、貴族は二、三人に一人は居るため、世間的に多く見積もられているようだ。貴族の方が声が大きいからね。

 前世持ちの中でも多いのが、異世界の地球と言う世界の人間だ。この国や近隣国の住人だった前世を持つものは少ない。俺も多分に漏れず、地球の日本と言う国で生きた記憶がある。前世は平凡な高校教師だったし、今世も伯爵家の次男と言う平凡さだ。特段、めっちゃ勉強が出来るとか内政チートばっちこいとかは無い。前世がチートじゃなけりゃ今世もチートになれる訳がないのだ。容姿だって、たまたま母上が美人だから前世よりは……って、程度の平凡な茶髪茶目だ。


 この王国学院は貴族のための学校で、大体半分位が前世持ちだ。クラス分けは青薔薇が英語圏、赤薔薇がラテン語圏、黄色の野薔薇が中国・日本語圏、緑薔薇がその他の言語圏の前世持ちが放り込まれるようになっている。まあ、大雑把に似た言語圏の人間を纏めてるって感じだ。


 で、野薔薇に放り込まれたザトスン嬢だが、日本語圏の前世持ちで間違いなさそうだ。それも電波系の!

 初めから珍妙なザトスン嬢だったが、電波系だと判明したのは彼女が珍妙なノートを落とした事からだった。

 ザトスン嬢がいつもの如くブツブツ言った後に走り出して行ったあと、俺の足元に「ばらの花はおと女の恋にささやく、公りゃくノート」と表紙に書かれたノートが落ちていた。何だと思ってパラパラ捲っていると、ザトスン嬢がバタバタと駆け戻ってきて俺の手からノートを引ったくり、「見たっ!?」と、鬼の形相で睨んだ。美少女台無しだなぁ。


「変わった文字だね」


 ニッコリ笑ってそう言うと、あからさまにホッとした顔をした後ドヤ顔になった。


「私が考えた秘密文字よ。乙女の秘密なんだから」


「へぇー凄いねえ」


 適当に感心したふりをすると、ノートを胸に抱えて満足気に去って行った。ふーんと思いながら後ろ姿を見送る。


「ねえねえ。何だったの、あのノート」


 ザトスン嬢の反対隣の席のイノウェイ嬢が声を掛けてきた。前の席のリッキーも振り返って「なんだなんだ」と言う。


「薔薇の花は乙女の恋に囁く攻略ノートだってさ。中身も全部日本語だった」


「えっ。あれが日本語!?私の知ってる日本語と全然違う字だったわよ!?」


「俺も表紙見たけど、読めなかったぞ!」


 イノウェイ嬢が目を丸くし、リッキーも思わずと言った感じで叫んだ。クラスの連中がワラワラと集まって来たので説明する。


「ザトスン嬢のノートのタイトルは『薔薇の花は乙女の恋に囁く攻略ノート』で、中身は、この世界が乙女ゲームの世界で、王子様や護衛騎士や公爵令息を籠絡して行く方法だった。イノウェイ嬢やリッキーが読めなかったのは、一部の十代女子が使うギャル文字とか丸文字って言われる字だからだな。あと、誤字が多かった。」


「あーそう言う」


「後天性前世症候群の電波ちゃんかあ……」


 ザトスン嬢をこれ迄ちやほやしていた男子達が塩っぱい顔をしている。ちょっと独り言の多い美少女から電波系に格上げされた瞬間だった。


 後天性前世症候群って言うのは、俺やリッキーみたいに物心のついた頃から前世の記憶がある訳ではなく、十代の思春期に突然前世を思い出すものを言う。物心ついた頃から前世の記憶が有れば、徐々に前世と今世を擦り合わせて行けるが、思春期に突然思い出した場合、何故かゲームや漫画や小説の世界に入り込んだと思い込む。所謂厨二病だ。

 後天性前世症候群の恐ろしいところは、それまで培ってきた筈の常識を失い、自分が信じ込んだ世界を再現しようとのめり込んでしまうところだ。毎年一人か二人発症して、治癒見込みなしとみなされた者は学院を辞めていく。

 去年の九月の入学早々に赤薔薇クラスの候爵令嬢が発症して退学して行ったことは、まだ俺たちの記憶に新しい。

 自分は予言の聖女だと言い出し、隣国の獣人の王国が邪悪な魔王の封印されているこの国の王都を攻めてくると入学式の新入生代表挨拶で宣言したのだ。

 獣人なんてこの世界には居ないし、邪悪な魔王だってフィクションの住人だ。王都に何かが封印されてるとかも聞いたこともない。新入生代表を務める程の才女だった候爵令嬢が突然そんなことを宣ったため、入学式はてんやわんやの大騒ぎとなった。


「それ、最後に聖女が女王になって獣人の王と人間の王と魔王とで逆ハー作るTL小説やん。候爵令嬢の家名ちゃうやん。名前しか合うてへんやん。キツいわー」


 と、イノウェイ嬢が俺の横で関西弁で突っ込み、イノウェイ嬢の向こうでリッキーが吹き出し、


「そ、その顔で関西弁!!!!」


 と爆笑し、止まらなくなったのが俺たちの出会いだ。それから何かとつるんでいる。

 因みにリッキーが大爆笑したのは、凛とした澄まし顔の金髪美女の口から流れた関西弁のギャップがツボったとの事だ。笑いの沸点低いなと思ったのは内緒だ。


「まあ、クラスメイトは全員モブらしいし、今まで通り空気扱いで良いんじゃない?」


 俺がそう言うと、塩っぱい顔をしていたちやほや組が益々眉を顰めた。ちやほやしてたのにモブ扱いじゃ、そういう顔にもなるだろうな。


「でも、ミッキーはよくあれ読めたなあ。パラパラ捲ってただけじゃん?」


 リッキーが後頭部で手を組んでしみじみと言う。ああ、と思って説明する。


「俺、前世は国語教師だったんだよ。本文から書き出せって問題で『乙女のすがたしばしとどめん』の『乙女』の『女』が平仮名の『め』にしか見えなくてバツつけたら、親連れて抗議に来て大騒ぎした奴がいてさ。それから猛勉強して、取り敢えず日本語の範疇なら解読出来るようになった」


「わぁ……教師も大変だな……あー、だから、ミッキーは優等生で字も綺麗なのか」


 リッキーの言葉に微苦笑して肩を竦めてみせる。

 そう、教師は大変なんだ。あの時は学年主任と教頭にも叱責されて、一時期かなり落ち込んだ。私立高校の教師の正論は一生徒の暴論に負けるんだ。それを実体験を以って痛感した。

 だから、俺は先生の助けになるよう、クラスの中で立ち回っている。ザトスン嬢に関しては……まあ、彼女はこの国の常識的な知識もモラルもマナーも家出してしまっているようだから、放って置いても良いかなと思っている。

 あのノートは攻略対象毎にページ分けされ、それぞれ「ジルバート王太子殿下」「アルノー・スカイブルー子爵(護衛騎士)」「ノアール・ルクス・バーミリオン公爵令息」「サイラス・コナー・イーノイ辺境伯子息✕不在」「ベンジャミン・マラカイト男爵子息✕不在」「隠しキャラ✕」となっていた。この国の立太子は結婚して子供が産まれてからになるので、学生で王太子は有り得ない。ジルバート殿下は第二王子だが、他は聞いた事のない名前ばかりだ。全然気付いてないとか、やっぱりアホの子なんだなと思う。


「シルベスター殿下って、婚約者と相思相愛で有名じゃん。絶対大迷惑だよな。アレ、不敬罪で処罰されたりしないかな」


「後天性前世症候群みたいだし、退学カウントダウン入ってるんじゃない?」


「まあ、モブな俺らは無関係だし」


 集まった面々で語り合う。クラス丸ごとモブならそれで良いよなと結論付けて、それぞれ次の授業の準備に戻った。




 それから二週間後、ザトスン嬢は学院に来なくなった。

 噂では、シルベスター殿下に度重なる不敬を働いた結果、殿下の婚約者のキャメロン嬢が強権を発動したらしい。強権って言っても精神科に強制連行らしいけど。


 三ヶ月後、戻って来たザトスン嬢はとてもお淑やかな令嬢になっていた。授業中にブツブツ呟く事も、休憩時間時間の度に教室から飛び出していくこともなく、午前中の授業が終わった。

 昼休憩の時間になってすぐに、ザトスン嬢は立ち上がり、俺の方に向かって深々と頭を下げた。


「モブ様、その節は大変失礼を致しました」


 お淑やかにはなったが、アホの子は治っていなかったようだ。


「モブって呼び方、失礼だって分からない?」


 そう返すと、「あああああっっ」と叫び声を上げた。うるさい。


「勝手にイニシャル拾ってお呼びしていたのに、隠しキャラの方に、大変失礼しましたっ!いえ、ゲームの世界じゃなかったんですよね!ああっっっ」


 うわぁーんと大きな声で泣きながら両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。前言撤回。お淑やかにもなっていなかった。


 イノウェイ嬢がザトスン嬢の横へ行き、暫くの間優しく背中を叩いたあと、席に座らせた。

 イノウェイ嬢がザトスン嬢から聞き出したところによると、俺は隠しキャラだと思われていたらしい。

 ザトスン嬢は元々ザトスン男爵家の陪臣の末娘で、子宝に恵まれなかった男爵家の養女になったらしい。両親は、主家の希望とはいえ、なかなか可愛い娘を手放したがらず、ようやく折り合いのついたのが春先で、そのせいで入学が半年遅れになったそうだ。

 男爵家の養女になった時「男爵家の養女になる美少女って、ラノベみたい」と思い、転生している事に気付いたらしい。自分で美少女言うんだな。そして、「このタイミングで記憶が戻るなんて、私は主人公に違いない!」と思い込んでしまった。

 薔薇の花でクラス分けされる乙女ゲームをした事があって、そのゲームの世界だと思い込んだ。そのゲームは同じクラスの攻略対象が二人居て、辺境伯令息と伯爵令息で、伯爵令息の方は隠しキャラの魔王で名前をモブ(群衆)にすることでモブに紛れる魔法を使って居るのだが、そのキャラが登場すると辺境伯令息の方は出てこないらしい。そして、ザトスン嬢は辺境伯令息の方が推しだった。初対面で舌打ちされたのはそういう事か。


「ハハハ!確かにミッキーは頭文字モブだな!さては貴様が封印されし邪悪な魔王か!」


 リッキーが悪ノリして剣に見立てた定規を俺の方に向けて構える。


「ふはははははっ、よくぞ見破った!我こそは十代目魔王モブキングなり!」


 俺も鞄の中から三十センチ定規を取り出し、リッキーに向けて構える。

 二三度打ち合い、それからリッキーの親指の付け根を平らなところでペシリと叩いた。リッキーは「ぐあっ、やられたぁっ」と大袈裟に定規を取り落とし、膝をついた。


「フッ、我に歯向かおうなど千年早いわ」


 俺は定規をくるりと回し、鞄の中へスっと戻し入れた。


「馬鹿な男子達は放っておいて。もうこの世界は現実だって、理解しているのよね?」


 俺たちが馬鹿な事をしている間もイノウェイ嬢はザトスン嬢を宥めてくれていた。俺とリッキーも椅子を引っ張って、ザトスン嬢の席から少し離れたところに座る。


「……はい……転生、前世の記憶が有るのも全然珍しい事じゃないって、教わりました。お医者様も看護師さんも受付の人も、みんな日本語で、優しくケアしてくれて……」


 キャメロン嬢は良い精神科を斡旋したようだ。入学式以来姿を見なくなった候爵令嬢のように社会復帰出来ない者の方が多い中、ザトスン嬢はたった三ヶ月で復帰出来たのだから。


「私たちもね、日本の前世の記憶持ちなのよ。仲間ね」


 イノウェイ嬢の言葉にザトスン嬢が目を見開く。それからふわりと本当に嬉しそうに微笑んだ。


「前世知識チート皆でしようねぇ」


 ただ微笑んでいれば本当に美少女なのだ。未だにここがなーろっぱ的な世界と思い込んでる残念さが無ければ、俺やリッキーもドキドキしたかもなぁと、近くの席で溜め息をつく俺たちの後ろで日本語を聞き取れない他のクラスメイトたちがザワつくのを感じた。

 嵐はまだ終わっていないのかもしれない。

ミックの家ブルーリー邸にて。


「俺の名前、イニシャル拾ったらモブなの知ってた?」


「あー。俺の前世が魔王だからな。お前ら兄弟、全員イニシャルモブにして群衆に紛れる呪いかけてるぞ」


「!?!?!?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ミックくんはチートは無いと言ってますが、物凄く記憶力が良いので成績良いし、艶のある栗色の髪に中性的な甘いマスクで密かにモテています。

行書、草書、篆字体に古印体、変体仮名からギャル文字まで解読可能なので、ある意味チート。(国語限定)


第一王子のお話書いてたんですが、途中で寝落ちてしまい、何書くんだったか忘れてしまったのでこちら視点書いてみました。

実はノリノリで書いてた文をうっかり千五百字程消してしまい、辛かった……

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