17話 アクセサリー
ゲシャールさんの工房を後にして、市に向かう。
昨日の記憶を元に位置を歩いて、目的のお店を探す。
初日で帰っちゃったってことはないと思うんだけど。
実はシャルの誕生日のプレゼント用に昨日こっそりとアクセサリー商さんで指輪を買っていた。
指輪と言っても、シャルが欲しそうに見ていた気がしたと言うだけで深い意味はなかったんだけど……。
耳飾りの『意味』を知ってしまった今となっては、指輪を送るとか深い意味があるように受け取られてしまうかもしれない。
まず何より僕のほうが深い意味があるような気になってしまっている。
ということで、シャルへの誕生日プレゼントの買い直しと、指輪の追加。
さらにそうなってくると、年少組やギルゥさんへのプレゼントを買わないわけにも行かないので改めてアクセサリー商さんの露店に来たのだ。
……子供たちを置いて一人できたのもここらへんが理由の一つだったりする。
指輪選びとか恥ずかしくて人前でなんて出来ない……。
幸いにもアクセサリー商さんは昨日と同じ位置に露店を建てていたので立ち寄って商品を見させてもらう。
どうやら昨日売れた分の商品を補充したらしくて、結構見覚えのない商品が増えてる。
なかなかの繁盛っぷりだったみたいだ。
「おやおや、これはお客様、昨日に続きましてのご来店ありがとうございます」
他のお客さんと一緒に眺めさせてもらっていたら、口ひげの立派なアクセサリー商さんに声をかけられた。
「あ、いえ、こちらこそ昨日はありがとうございました。
まさか覚えてもらえているとは」
一見の客だったのに覚えてもらえてるとかちょっと驚いた。
「このような商品を取り扱っておりますと、実際にご購入いただけるお客様は稀でございますから。
特に一度に多くの商品をご購入いただけたお客様のような方はよく記憶に残っております」
なるほど、たしかにそうホイホイと買えるような値段のものじゃないからなぁ。
僕もこんなことがなければ二日続けて買いに来ようとは思わなかった。
……あれ?でも、それにしては商品がだいぶ入れ替わっている気が……。
「ああ、初日はよくご購入いただけるのでございます。
むしろ初日だけ売れてあとは一つも……ということもよくあることでございまして」
疑問に思ったのが顔に出ちゃっていたのか、アクセサリー商さんが続けて説明してくれる。
確かにアクセサリーを実際に買う人は昨日今日思い立ったんじゃなくって、前々から買う目的があった人って方が多いだろうからなぁ。
市が始まって早々に『目的』のために購入していくものなんだろう。
「さらに言えば、今回はお客様のように一度に多くの商品をご購入いただける方も多かったものですから」
「え?そうなんですか?」
「はい。
勇者御一行様にも贈答用のアクサセリーを数点まとめてお買い上げいただきました」
『勇者御一行』。
当然ユーキくんたちではないので、この場合はレオンたちのことだろう。
確かに昨日は女の子たちにモテモテな感じだったので、プレゼント用だろうか?
「おかげさまで、並べられる商品が少なくなりすぎまして。
見栄えが悪くなってしまいましたので、本来並べる予定になかった商品まで並べて体裁を取り繕っている次第でございます」
そして「まさに嬉しい悲鳴というやつですな」と言って笑うアクセサリー商さん。
その話を聞いて改めて見ると全体的に昨日並んでいたものより値段が上がっている。
それも桁が変わるレベルで……。
ちょ、ちょっとこれに手を出すのは気後れしてしまう額だ。
かと言って、残っているお手頃な値段のものは…………有り体に言ってしまうとパッとしないものが多いし……。
いや、ある意味特別なものなんだし少し値が張っても……。
でも、そうなるとシャルのものと値段に差が出てくるしこうなったらシャルにも改めてもう一個……。
ああ、でも、それだとシャルへのプレゼントと誕生日プレゼントで指輪がダブっちゃうけどいいのかな?
「……もしよろしければご相談にお乗りいたしますよ」
頭を悩ませてしまっている僕にアクセサリー商さんがニコニコといい笑顔でそう言ってくれる。
他にもお客さんはいるのに僕につきっきりだし、やっぱりプロは買う気のある人がすぐ分かるんだろうか。
相談するのは恥ずかしくてちょっと迷ってしまったけど、アクセサリーに詳しくない僕一人で選ぶよりも専門家の意見を聞いたほうがいいかもしれない。
「実は……彼女?に贈る指輪を悩んでいまして……」
色んな意味で『彼女』といい切っていいのか微妙なので疑問形になってしまった。
「ちょっと……なんていうか……指輪を贈ると重く受け取られちゃいそうな時期なもので、そういうものはまた後日きちんと買いたいというか……。
ああ、でも、そういう意味合いが無いわけじゃないのも分かってもらいたいと言うか……」
…………僕はなにを言っているのだろう?
アワアワしている僕をアクセサリー商さんが妙にほっこりした顔で見てる。
「と、とにかくお手頃な値段で可愛らしいものがほしいですっ!」
恥ずかしくなりすぎてもう大括りにまとめてしまった。
「ほっほっほっ、ご安心ください。
そのようなご要望にお答えするのが我々プロの仕事でございます」
そう言うとアクセサリー商さんは露店の棚の下からまだ並べていない在庫と思われる箱を引っ張り出してきた。
「さて、そうなりますとまず大事なのは送る相手のイメージでございますな。
この間一緒にいらした方のどなたかでよろしかったですか?」
「は、はい……」
「お恥ずかしいとは思いますが、どの方かお聞きしてもよろしいですかな?」
うー……本当に恥ずかしい……。
「どの方と言うか…………とりあえずあのときには二人いまして……」
「は?」
僕の言葉を聞いたアクセサリー商さんがニコニコ笑顔のまま固まった。
あのあと、慌てた様子のアクセサリー商さんに何人分か聞かれて、3人分(一人男の子、一人ゴブリン)プラス普通のプレゼント用に3人分(一人ゴブリン)と伝えたら、追い返された。
いや、追い返されたと言うか、数日後に追加の商品が届くからその時また来てほしいと言われた。
プレゼントの他に交易品用のサンプルとして手頃な値段のものを10個単位で注文するかもと言ったのもまずかったのかもしれない。
兄上から「商人とうまく付き合うコツは取引が継続すると思わせること」と言われていたので、ちょっと張り切りすぎたかもしれない。
実際、交易品になりそうなものは探していたところだし、あのレベルのものを露店に並べられるということはなかなかいい職人さんを抱えてそうだし……。
店員さんは話しやすい感じの親切な人だったし、このお店とお近づきになれたらと思っていたから焦りすぎたかもしれない。
とりあえず追加の商品が届いた時にまた話を聞いてもらえることにはなったので、その時はゆっくりじっくりと距離を詰めていこう。
アクセサリーは空振りになってしまったけど、まあ物がないんだから仕方ない。
シャルへの誕生日プレゼントは早いうちに渡したいけど、もうすでに誕生日は過ぎちゃっているから今更だ。
適当なものでお茶を濁すというのも違う気がするし、ここはもう少しだけ時間をかけてでもいいものを選ばせてもらおう。
アクセサリー商さんの露店をあとにして次の目的地に向かう。
その途中、隣の革細工店の店員さんと目があった。
工房のお弟子さんかなにかだと思う若い男性だけど……僕のことをジッと見てたからゲシャールさんからなにか話でも聞いているんだろう。
軽く会釈をして去ろうとしたら、店員さんが小走りに駆け寄ってきた。
「あの……ヴァイシュゲール閣下ですよね?」
そして、小声で話しかけてくる。
「え?あ、はい、そうですけど……」
いや、まあ、『閣下』じゃないんだけどもういちいち訂正するのも今更だ。
「突然すみません。
よ、よければ、ちょっと商品見ていってください」
客引きにしてはちょっと深刻そうな表情だ。
「話したいことがあります」って目で訴えかけてきている気がする。
よく分からないけど、話があるならと思ってついていく。
露店の前まで行くと店員さんは接客するような感じで横に立って、周りの人に聞こえない程度の小声で話す。
「あの……よく分かんないんですけど……一応お耳に入れておいたほうがいいかな?って……」
軽く困ったような深刻な表情しているけど、なんのことだろう?
「あの……先程村長が露店の方に親方を訪ねてきまして……。
新品の革鎧を注文に来たみたいなんですけど……」
新品の革鎧……レオンのお披露目用とかそんな感じかな?
「なんか村長の息子用の他に、取り巻きとは別の人用のを注文してるみたいなんですよね」
…………どゆこと?




