16話 革細工
村についたらとりあえずホルツさんへの挨拶や細かい買い出しなんかの用事を済ました。
用事が済んだところで時間もいいところだったので約束通りゲシャールさんの工房に向かう。
工房は村の中ほど、広場にほど近いところにあって、大きな建屋とそれにくっつくように建てられた更に大きな倉庫で出来ていた。
建屋と倉庫をゲシャールさんのお弟子さんらしい数人がせわしなく出入りしている。
ゲシャールさんはここの他に森のそばに皮なめし用の施設を所有していて、日によってこちらとそちらを行き来してるらしいけど今日は約束を取り付けているのでこちらの工房の方にいてくれているはずだ。
工房の一角がちょっとしたお店のようなものになっていて、革製の衣類や革細工のアクセサリーなんかが売っているようだ。
「申し訳ありません、今日お会いする約束をしていますハルトともうしますが、ゲシャールさんはいらっしゃいますか?」
店番をしながらなにか作業をしていたユーキくんよりも少し年上――確か今は7歳だ――の女の子に声をかける。
「か、閣下っ!?
あ、は、はい、すぐに呼んできますっ!」
女の子は作業途中の革細工を放り出すと席を立って、慌てた様子で工房の奥に向かっていった。
「と、とーちゃ……親方ーっ!閣下が来ましたよーっ!」
よほど慌てているのか奥の方から女の子のそんな声が聞こえた。
騒ぎにならないように偽名――ってほどじゃないけど――を名乗ったけど、どうやら僕のことは知られていたみたいだ。
ちょっと苦笑しながら女の子――マキアちゃんの残していった革細工をなんとはなしにみる。
多分、何かを作った端切れの革を組み合わせた……チャームかな?これは。
幾何学模様の小さなアクセサリーみたいだけど、なかなか可愛らしいものが出来かけている。
そう言えばマキアちゃん、革細工師の娘だって言ってたけどゲシャールさんちの子だったのか。
『前』は疫病が起こるまで村との関わりはほとんど無かったし、孤児たちを引き取ったときには親は亡くなっていたしでみんなの親のことはあんまりよく知らないんだよなぁ。
考えてみればユーキくん達兄妹とアリスちゃんの親もよく知らないや。
思い出させないように聞いていないってところもあって、街から逃げてきた三人の家族については結構謎だ。
そんなことを考えながら展示されている商品を見てたら、マキアちゃんが戻ってきた。
「も、申し訳ありません、閣下。
とー……親方が工房の方に来てほしいと」
「ああ、はい、分かりました」
そう言って、申し訳無さそうな様子のマキアちゃんの頭をかき回すように撫でる。
…………あ。
なんか緊張しているみたいだったから昔の感覚で「マキアちゃんはこの撫で方だったよなー」って撫でちゃったけど……初対面でこれは失礼だった。
嫌がってないか心配になったけど、マキアちゃんはなぜかやけに嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうな顔で素直に撫でられている。
…………ゲシャールさんちで僕のことどう伝わっているんだろう……。
ひとしきり僕に頭を撫でられた後、張り切った様子のマキアちゃんに先導されて工房の奥の個室へ。
どうやらここが工房の親方……ゲシャールさんの部屋らしい。
「閣下、こちらが親方の部屋です」
「ありがとう」
案内してくれたマキアちゃんにお礼を言って……ちょっと考えた後、またくしゃくしゃとかき回すように頭を撫でた。
また撫でてくれというようにちょっと頭が出てる気がしたから……。
それがあってたのかは分からないけど、マキアちゃんはまた嬉しそうにひとしきり撫でられた後、一礼してお店の方に戻っていく。
「失礼します」
「おおっ、閣下、ご足労いただいてしまい申し訳ありませんでした」
部屋に入るとゲシャールさんが手を広げて大げさなほどに歓迎してくれた。
マキアちゃんのことといいゲシャールさんに僕はどう思われているんだろう……。
ホルツさん経由の話を聞いているんだと思うけど、過大評価されていそうで怖い……というか恥ずかしい。
「会心の作品が出来ましたので、早くお目におかけしたいと思っていたところでございます」
言葉通り逸る気持ちを抑えきれない様子のゲシャールさんが、それ自体にキレイな細工が施された箱を2つ持ってくる。
本当に満足の行く出来のものが出来たんであろうその様子にちょっと心が痛むけど、この件ははっきりと伝えないと……。
「あの、それなんですが……。
ちょっと大事なことを伝え忘れていまして、申し訳ありませんがこれの他にあと一つずつ作っていただけないかと……」
前依頼した特にはリンとギルゥさんにつけるってことを恥ずかしくって言えなかったから動物用の首輪のはずだ。
つけ心地がいいようにという変な注文を出していたから普通の首輪よりはつけ心地いいだろうけど、人間が付けるには……。
そう思ってきちんと注文し直そうと思ったんだけど……。
「まあまあ、ひとまず一度ご覧ください」
確かに見もせずに注文を出し直すのは失礼だと思って、不思議なほど自信満々な様子のゲシャールさんに促されるまま箱の蓋を開ける。
中には太めだけど小振りな首輪が入っていた。
首輪の作り自体はしっかりとして頑丈そうに見えるのに、全面に施された綺麗だけど派手すぎない細工のお陰で明るく華やかな雰囲気に見える。
もう片方の箱を開けてみると、こちらの首輪もやはり頑丈そうな作りをしているけど、さり気ないのに細かすぎると言うほど精緻な細工が施されていて清楚とすら言える雰囲気がある。
2つの雰囲気がぜんぜん違うのは、注文したときに付ける相手のイメージを聞かれていたせいだろう。
そして、どちらの首輪にも内側が表面と違う動物の毛皮らしいフワフワとした見た目のもので出来ていた。
「つけ心地のいいものというご用命でしたので、内革として手触りが良いことで知られるブラック・ウィーゼルの毛皮を使用させていただきました。
手触りが良すぎてくすぐったく思えてしまいすらするのが難点でございますな」
冗談めかして言うゲシャールさんの言葉を聞きながら、首輪を手に持ってみる。
持ち上げた感じは重く重厚感すら感じるのに、ゲシャールさんの言葉通り内側の毛はフワフワとして手に持っただけで気持ちいいくらいだ。
これなら痛くなることは無さそうだけど……。
「あ、あの、これ、留めるのはどうすれば……」
留める用と思われる穴は空いているんだけど、留め金がついていない。
急な話だったし留め金までは手が回らなかったんだろうか?
「それについてはこちらをご利用いただく形となっております」
ゲシャールさんが追加で置いた小さな2つの箱を開く。
片方の箱には少し派手な感じの留め具が、もう片方にはお淑やかな感じの留め具が。
そして、どちらの箱にも装飾用と思われる留め具の他に、もう一個あえて無骨に作っているとすら思えるほど無骨な感じの鎖を通す輪の付いた留め具が入っていた。
さらにそれぞれ用と思われる鍵がついていて、無骨なものはよく見えるところに、装飾用のものは隠されたところに鍵穴が空いていた。
完全に付けられたものが自分で外すことが出来ない作りだ。
こ、これは……。
なんていうか……どう考えても『動物用』じゃない。
店先の受け渡しではなく奥まったゲシャールさんの部屋まで案内された意味がわかった。
これは日の当たるところで取引していい『ブツ』じゃない。
どうやら僕の注文の意図は必要以上にしっかりとゲシャールさんに伝わっていたようだった。
「いかがでございましょう?
久方ぶりに会心の品ができたと自負しております」
誇らしげに言うゲシャールさんに、全力で頭を下げた。
ゲシャールさんから首輪と、他にも同時に注文していたものを受け取って工房をあとにする。
首輪を受け取る時に「腕輪や足輪のご用命も承っておりますので、どうぞお気軽に」と言われたので念のため注文しておいた。
うん、念のため……本当に念のため。
「閣下っ!
あ、あの……これ下手くそなんですけど、どうかもらってくださいっ!」
帰りがけにマキアちゃんが自分で作ったんだと思う、剣を模したチャームをくれた。
「うん、ありがとう、大事にするね」
恥ずかしそうにしているマキアちゃんから笑顔で受け取る。
実際に嬉しかったんだけど……。
悪いことをしているわけではないはずなのに、頭を撫でられて嬉しそうにしているマキアちゃんの無垢な視線が妙に痛く刺さった理由は……。
考えないことにした。




