9話 奸計
お風呂のあと隠し倉庫の中にあった保存食でお腹を満たした僕らは、ひとまず総出でフランツの遺体を屋敷の庭に埋葬した。
子供たちにとっては短い付き合いだったとはいえ、命がけで魔王軍から守ってくれた命の恩人。
三人共が木で作られた粗雑な墓標に向かって祈りを捧げてくれてる。
真剣な表情で祈ってくれている二人と比べて、ノゾミちゃんだけはなにを祈っているのかよく分かっていない様子だったけれど。
フランツ、本当にありがとう。
穏やかに暮らすことは出来ないかも知れないけど、復讐なんて忘れて子供たちと楽しく過ごすために生きることを誓うよ。
フランツとの別れは、笑顔ですることにした。
さて、埋葬を済ませた僕らは生活環境を整えるために各々行動を開始した。
ユーキくんはとりあえずの家の掃除と補修。
アリスちゃんは今まで着ていた服とシーツを含めた衣類などの洗濯。
僕は屋敷に残っているものの確認と、これはもう少ししてからになるけど村への挨拶。
そして、ノゾミちゃんは……。
「はい、若様」
当主室の机で書類を見ている僕の隣りに座って、僕の口に干し葡萄を放り込んでいた。
「あ、ありがとうね、ノゾミちゃん」
「また食べたくなったら言ってね」
「うん、そのときはお願いするね」
なお、10分おきくらいに『お願い』しないと、「まだかなー」と言った表情をしだすので気が抜けない。
いや、どうしてこうなった。
こう言ってはノゾミちゃんに悪いけど、こうなるともはや邪魔とすら……。
「若様、ノゾミ、邪魔?」
「うえっ!?そ、そんなことないよ?すごい助かってるよ」
なにかを感じ取ったらしいノゾミちゃんが不安そうな顔で聞いてくるので、慌てて取り繕った。
「うへへー♪」
嬉しそうに笑ってくれてるし、なんとかごまかせたみたいだけど……。
こうなったのもすべてユーキくんのせいである。
ひとまず取り急ぎの作業……生活環境を整えるための作業を始めるとなった際の話だ。
「それじゃ、僕は手元にある資産の確認をしているから、悪いけどユーキくんとアリスちゃんは掃除と洗濯をお願いね」
「承知いたしました、若様」
「分かりました」
「簡単にでいいからね、とりあえずは当主室で寝泊まりはすればいいと思うし」
うやうやしく頭を下げる二人に軽く言う。
実際、みんなの分のベッドの搬入なんかはまだ先の話だから、とりあえず大きなゴミを掃除する程度でいい。
窓の補修なんかも二人じゃまだ無理だろうから、外から風が入り込み放題の現状ではまともに掃除するだけ無駄だ。
「お兄ちゃん、ノゾミはなにをすればいいの?」
実際のところ洗濯以外に本当に必要な仕事もないのでノゾミちゃんは遊んでくれてて良いんだけど……。
まあ、なにかしたいというのなら適当になにかやっててもらおう。
ちょうどノゾミちゃんもユーキくんに聞いてるし、悪いけどお世話は押し付けちゃおう。
「ノゾミは若様のお手伝いをしてね」
そんなことを考えていたから、ユーキくんの言葉には心の底から驚いた。
「はーい、わかったよー」
「え?いや、ユーキくん?」
「若様……」
慌てる僕の耳にユーキくんが口を寄せてくる。
「申し訳ありませんが、ノゾミの相手をしていてもらえないでしょうか?
ボクのあとに付いてきて怪我でもされたら面倒ですし……」
…………確かに屋敷の中には割れたガラスが落ちていたりするところもあるし、ユーキくんの言葉は道理ではある。
「……なら、アリスちゃんと一緒に洗濯でも良いんじゃないの?」
ユーキくんの耳にささやき返すけど、ユーキくんは間髪入れずにそれを否定してきた。
「あの量の洗濯なんてすぐに終わってしまいます。
そうしたらアリスはボクに合流しますから結局一緒です」
……なるほど。
なら遊んでてもらえば……というのは目を離してどこでけがをするかわからない以上、ユーキくんについて行かせるより悪手だ。
「…………わかったよ、僕が様子を見ておくから。
ユーキくんたちも適当なところで切り上げて帰ってきなね?
別に急いでやることでもないんだから」
「承知いたしました、若様」
というやり取りがあって今に至る。
そして、適当に大きなゴミを片付ける程度なら終わってるであろう時間はもうとっくに過ぎている。
僕も取り急ぎ見るべき書類は見終わってしまった。
こうなるともう今日はやることがない。
村に行ってみても良いかもしれないけど、気が乗らない。
まずは村長への挨拶を済ませてからになるので、本当に気が乗らない。
…………こうなったら仕方ない。
「ノゾミちゃん、ユーキくんたちが帰ってくるまで二人で遊んでようか?」
「いいのっ!?」
喜色満面の笑顔のノゾミちゃんをみて、ユーキくんの奸計にまんまとはまった気がした。
――――――
「若様、家の補修作業の方ひとまず終わりました」
「終わりました」
ユーキくんとアリスちゃんが帰ってきたのは、僕とノゾミちゃんが手遊びや僕が子供の頃に使っていたおもちゃなんかで遊び尽くしあと。
僕の膝の上のノゾミちゃんに絵本を読み聞かせているうちに、ノゾミちゃんが眠ってしまってからだった。
「こんな時間までなにやってたの……?」
あまりにも長い時間ノゾミちゃんと遊び続けていたせいで、今も寝たまま僕の服を離さないくらいノゾミちゃんが僕に懐いてしまった。
昨日の不穏なやり取りを思うと、ユーキくんの企みな気がしてならない。
だけど、僕のそんな邪推もユーキくんの一言であっさりと否定された。
「申し訳ありません、天候が崩れそうだったのでひとまず窓をふさいでいました」
「え?」
言われて窓の方を見てみれば、確かに空は雲に覆われて真っ暗になっている。
これは近いうちに嵐になりそうな気配だ。
「それはありがとう。
でも、どうやったの?ガラスもなにも無くなってたのに」
下手すると窓枠すら壊されてる窓もあったはずだ。
「あ、はい、なのでとりあえずあった板で窓をふさいただけの応急処置です」
「な、なるほど。
にしても、だいぶ高い位置にあるにどうやったの?」
窓の下の方はともかく、上の方はどう考えてもユーキくんには届かない。
12歳の僕ですらぎりぎり届くかで、板の打ち付けなんてまともな作業は出来ないだろう。
「それがすごいんですよ、若様。
ユーキ、自分でハシゴ作っちゃったんです」
アリスちゃんがキラキラした目でユーキくんを見てる。
「ハシゴというか簡単な台を作っただけです」
「いや、それでもすごいよ……」
なるほど、考えてみれば届かなければ届くようにすればいいだけの話だ。
しかし、それを5歳児の身で自ら思いついてしかも実行するとは……さすが未来の勇者、行動力が半端ない。
「ありがとう、そしてお疲れさまでした。
でも、次からはそういうときは僕も呼んでね?」
5歳児二人だけにやらせて僕はのんびりノゾミちゃんと遊んでたとか……一発自分を殴りたくなる。
「あ、いえ、若様にはノゾミの世話をしていただかないといけませんから……」
僕から目をそらしながら言うユーキくん。
そういうことなら、僕とユーキくんで作業して、ノゾミちゃんの世話はアリスちゃんが見るでも良かったはずだ。
…………やっぱり、なんか企んでるよね?ユーキくん。
ジトーっとした目でユーキくんを見つめるけど、ユーキくんは決して目を合わせてくれなかった。
それにしても嵐かぁ……。
窓に吹き付ける風に雨音が混じりだして、思う。
たしか、嵐の日には一つイベントが起こっていたはずだ。
『前』は直接的には僕には関わりなかったけど……動くにはいいタイミングかもしれない。