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8話 恐怖

「ノゾミ、いくら若様が泳いでいいって言ったからって限度ってものを考えろ、限度ってものを」


 僕の後ろに隠れているノゾミちゃんにユーキくんが僕越しにお説教をしている。


 僕としては別に騒いでも良いんだけど、たしかにこの家のほかで騒ぐようになると困るからなぁ。


 躾けるべきところはしっかりと言い聞かせておいたほうが良いのかもしれない。


「そうだね。

 それじゃ、これからはお風呂で泳いで良いのは、僕がいるときで僕が良いって言ったときだけ。

 ノゾミちゃん、守れる?」


「…………はい」


 素直にうなずくノゾミちゃんの頭をワシワシと揉むように撫でる。


 とても女の子にやるような撫で方じゃないけど、女の子と言える年になったノゾミちゃんがどんな撫で方が好きなのか僕は知らない。


「あうぅ♪」


「よし、分かったなら泳いでよし」


「若様っ!?」


「わーい♪」


 僕の言葉に驚くユーキくんをよそに、楽しそうに泳ぎだすノゾミちゃん。


 3歳児とは思えぬきれいなバタ足で泳ぐノゾミちゃんを見て、水泳の才能があったんだろうか?と初めて思った。




「……若様?これはなんでしょう?」


「え?服だけど?」


 替えの服の入った籠を恭しげに持ったままユーキくんがどうして良いのかわからないと言った顔をしている。


 ユーキくんだけじゃなくってノゾミちゃんもアリスちゃんもおんなじような感じだ。

 

 あれ?ノゾミちゃんはともかく、ユーキくんたちは自分で着替えられたと思うけど?


 さらに言えば、うっすらとした記憶だけどノゾミちゃんもいけたはず。


「洗っておけばよろしいのですか?」


「あ、なるほど」


 ユーキくんの言葉を聞いたアリスちゃんが「ようやく合点がいった」というような顔をしている。


「まあ、使用人たちがいなくなる前に洗ったままだからちょっと時間経ってるけど……まだ大丈夫だと思うから、普通に着てよ」


「「え゛っ!?」」


「えっ!?着ていいのっ!?」


 ものすごーい微妙な顔になってしまった年長組二人とは違って、ノゾミちゃんはキラキラとした目で替えの服を広げてる。


「うん、僕のだから男物な上にすこし大きいと思うけどね。

 今日のところは縛るかなんかで調整してね」


「わー、すっごいすべすべー♪」


 嬉しそうに洋服に顔を擦り付けているノゾミちゃんとは対象的に、ユーキくんとアリスちゃんは怖いものでも見るかのように服の入った籠を見ている。


「まあ、言いたいことは分かるけど、他に服無いからさ」


 本当だったら使用人の服や、場合によってはその子供の服もあったかもしれないけど、当主の部屋にあるもの以外はすべて持ち去られていた。


 確かに高級品ではあるので着づらいのは分かるけど、これしかないのだから仕方ない。


 そう言えば、『前』は新しい服を買うまではどうしていたんだっけな?


 本当、ここに住み始めて一年経つくらいまでは記憶があやふやだ。


「それとも、このまま裸でいる?」


 ……半ば冗談のつもりで言ったのに、二人は真剣な顔で悩み始めてしまった。


「……近いうちに着れる服を買ってくるから、しばらくは我慢してよ」


 『命令』とまで言ってようやく二人は服を着始めてくれた。




 渋々着替え始めた二人と違って、絹の服の肌触りを楽しんでいるノゾミちゃんを見ながら考える。


 まずは一年後、それを一つの目標としよう。


 一年後、この村を謎の疫病が襲うことになる。


 結論としてそれの裏には魔王軍がいるのだけど、それが判明するのは10年後、僕たちがここを焼け出されるときだ。


 その疫病によって親を亡くした、のちのパーティーの戦士クライブくんを始めとした孤児を預かることでここは孤児院としての活動をし始める。


 そして、その時にユーキくんの妹、ノゾミちゃんが疫病によってその短い命を終えることになる。


 ひとまずはその『シナリオ』を変えてみよう。


 時期も、原因も分かっているんだ、『シナリオ』を変えることが可能ならばノゾミちゃんの運命も変えられるはずだ。


 ブカブカの僕の上着を着て楽しそうにクルクル回ってるノゾミちゃんを見ながら、僕は決意を固める。


「あの……若様……」


「あ、ごめん、着替え終わった?」


「あ、はい、お召し物をお貸しいただき、ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるユーキくんに続いて、アリスちゃんも慌てて頭を下げる。


 …………なんて言うか、ユーキくん5歳児とは思えないくらい頭いい子だなぁ。


 普通ならアリスちゃんくらいの反応が普通だと思う。


 これが勇者というものか……と一瞬思うけど、そういえばノゾミちゃんも勇者だった。


 今のところ、ひたすらクルクル回ってるノゾミちゃんに頭の良さそうな片鱗は伺えないから、勇者と言うよりユーキくんの特徴なんだろう。


 「あの……若様……失礼でなければ、ノゾミにお側に参るよう伝えましょうか?」


 へ?側にって、別に場所なんて好きなとこに……。


 そこまで考えてようやくユーキくんの言ってる意味が分かった。


「なに言ってんのっ!?ユーキくんっ!?」


「え?え?」


 急に驚きの叫び声を上げた僕をアリスちゃんが不思議そうに見ている。


 そう、これが普通の5歳児の反応だ。


「若様がノゾミをじっと見つめていらしたのでご所望なのかと……」


 決してこういう反応じゃない。


「そんなわけないからっ!?なに言ってんのっ!?びっくりするなぁっ!!」


 ……いや、本当にびっくりしているだけなんだけど、なんか僕の反応図星つかれて慌ててる人みたいじゃない?


 驚きすぎてどういう反応が正しいのか分からなくなってる……。


「そうですか……失礼しました」


 まだ意味が分からない顔をしているアリスちゃんの横で、恭しげに頭を下げるユーキくん。


「…………あの、僕2週目なんだけどユーキくんお仲間だったりする?」


「え?」


 ……この完全に意味がわかっていない様子、演技ではなかなか出せないと思う。


 となると、純粋にこんな感じの子だったのか……ユーキくん。


 10年間親代わりをやってきて、初めて知ったユーキくんの一面に軽い恐れを感じるのを隠しきれなかった……。

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