3話 珠
妙に消耗してアクセサリー商の露店に戻ると、ユーキくん以外はまだアクセサリーの前でキャイキャイしている。
「あ、先生、お疲れさまです。
みんな、先生帰ってきたよ」
アクセサリーに見入っていた三人がユーキくんに声をかけられてこっちに寄ってくる。
「あ、時間はあるからゆっくり見てていいよ」
色々見て回って結構時間は経っているけど、お昼まではまだ時間があるから焦らずに選んでもらって構わない。
「あ、いえ、もうみんな選び終わっていますから」
そう思っていたんだけど、どうやら僕のほうがみんなを待たせてしまっていたようだ。
言われてみればアクセサリーを見ているみんなの目が獲物を選別する目から、きれいなものを鑑賞する目に変わっていた。
「そっか、それじゃ、みんなどれにするのかな?」
そう問いかける僕に、みんなが口々に選んだものを嬉しそうに報告してくれる。
ノゾミちゃんは花をかたどった可愛らしいネックレス。
アリスちゃんは同じくネックレスだけど、おしゃれなちょっと大人っぽい感じのやつ。
そして、シャルとユーキくんだけど……珠?
柔らかいクッションのようなものの上に置かれたそれは、アクセサリーに詳しくない僕には小指の先くらいの大きさの小さな珠にしか見えない。
一応なにかの宝石みたいで、ユーキくんのは赤色、シャルのは青色をした透明な珠だけど……。
「え?シャルとユーキくんは本当にそれでいいの?」
「はい、もちろんです」
答えるユーキくんの横でシャルもやけに恥ずかしそうにコクコク頷いている。
「シャル、本当にこれでいいの?
遠慮しないでいいんだよ?」
重ねて聞く僕に、シャルも再びコクコクとさらに恥ずかしそうにうなずく。
うーん、シンプルな分、他のものと比べて安い方だったから遠慮しているのかと思ったけど、そういうわけでもなさげだ。
まあ本人たちがいいなら良いんだけど……。
「あと、こっちをリン用に買ってもらってもいいですか?」
いまいち納得がいっていない僕に、ユーキくんが更にそんなことを言ってきた。
ユーキくんが指さした先には、ユーキくん達のと同じ、ただ、色が黄色い珠があった。
「……いや、ほら、こういうのは本人の好みもあるからさ」
お留守番してくれているリンとギルゥさんにもなにか買っていこうとは思っていたけど、これはちょっと……。
「いえ、これはそういうのじゃないから大丈夫です」
…………どういう事?
その後も渋っていた僕だけど、結局ユーキくんと、恥ずかしそうな割に乗り気なシャルに押し切られてしまった……。
「えっと、それじゃ、ギルゥさんのもそれにする?」
「あ、それはちょっと違うんで別のにしましょう」
なんじゃそりゃ。
いまいち分かっていない僕を置き去りにして、四人で選んだネックレスをギルゥさん用のお土産にした。
アクサセリーって難しすぎる。
アクセサリー商の露店をあとにした僕らは、また屋台で買い込んだ薄焼きにした小麦粉の皮にはちみつで煮た果物を巻いたものを食べながら大道芸を見ていた。
市の中央にほど近いスペースで、西方領域から来たらしい小麦色の肌をした人たちがちょっとした道具を使ってのショーを披露している。
「おー、すごいっ!!すごいよっ!先生っ!」
少し高い台を用意してその上で演じてくれているので、遠巻きで見ている小さなノゾミちゃんでも無理なく見れていて、ただでさえ上がっていたテンションがさらに上っている。
「そうだねぇ、ほんとすごいね」
今、台の上では女の子が短剣を何本も同時に投げ上げてジャグリングをしていた。
戦技とはまた違った巧みな手さばきに思わず感嘆の声を揚げてしまう。
女の子自身の回転なんかも加えた複雑な動きで観客を沸かせたあと、最後に的として置かれていたリンゴに向かってナイフを投げて全部命中させた。
観客のどよめきとともに拍手が巻き起こる。
「「「おおおおおおおーっ!」」」
子供たちも大興奮で拍手喝采しているし、僕は僕で夢中になって見入ってしまった。
そのせいで僕の肩にもたれかかってくるまでシャルの調子が悪そうなのに気づかなかった。
「えっ!?シャ、シャルっ!?大丈夫っ!?」
シャルは倒れるとまでは行っていないけれど顔も蒼白で明らかに具合が悪そうだ。
こんなになるまで気づかないなんて……。
祭りの雰囲気に飲まれて僕まではしゃぎすぎた。
「す、すみません……ちょっと人に酔ったみたいで……」
「そ、そっか。
とりあえず、ちょっと離れて座ってようか」
重篤な病気じゃなさそうで安心したけど、ひとまず休ませよう。
「それじゃ、そういうことだから僕たちはちょっと離れたところで休んでるね」
「あの、僕たちもういいですから家に帰りましょう」
ユーキくんはそう言ってくれるし、他の子達も心配そうに頷いてくれてるけど……。
「いや、しばらく座って休んどいてもらったほうがいいからさ。
むしろ、みんなはその間ショー見て時間つぶしててよ」
たしかに家に帰るのが一番だとは思うけど、今のシャルには家への道のりもきつそうだ。
心配そうにしながらも頷いてくれた子供たちを残して人混みから離れていった。
シャルを支えながら大道芸前の人混みから離れていく。
ちょっと離れたところにある木立なら人気も少なくて一休みできそうだし、子供たちの様子も見れるしちょうどいいだろう。
「すみません……ご迷惑をおかけしちゃって……」
ぐったりと僕に寄りかかって歩くシャルは蚊の鳴くような声をしている。
「いや、僕もこの人混みには驚いたもん、あんまり気にしないで。
こっちこそ気づかないで、ごめんね」
ほんと、ここまでの人混みになっているとは思わなかった。
朝のうちもすごかったけど、お昼が近づいて屋台で食事をしようという人が出てきたのかどんどん人が増えてきている気がする。
「おっと」
僕たち……というかシャルにぶつかるような勢いで歩いてきた男を慌てて避ける。
人が増えてきたせいで人にぶつかりかけることも増えてきた。
今の人はどちらか判然としなかったけど、明らかにスリ狙いで近づいてくるような人も出てきている。
「あ、あの……」
男の背中を見ながら「気をつけないとな」と思っていると腕の中からシャルの恥ずかしそうな声が聞こえた。
視線を戻すと、男にぶつからないように引っ張ったシャルが僕に抱きしめられたままそこにいた。
…………。
「い、いやっ!ぶつかりそうな人がいたからっ!
ご、ごめんっ!!」
慌てて抱きしめたままだった腕を離すけど、なぜかシャルとの距離が開かない。
「……ありがとうございます……」
むしろ、僕の腰にシャルの腕が巻き付いてきて、ギュッとされた。
そのまま心地よさそうに僕の胸に頬を寄せている。
「シャ、シャル?
休むんならこんなところじゃなくって向こうに座ろ?ね?」
突然の抱擁に慌てて言う僕の顔を見てシャルは…………あれ、離れていかないぞ。
むしろさらにシャルの腕に力が入って、強く抱きしめられる。
いや、こんなところでこんなことをするのは……と思っていても、熱く潤んでいるシャルの瞳に捕まってしまったかのように視線をそらせない。
まだ血の気の退いたまま青白い顔の中で唯一熱を帯びた瞳を時間を忘れて見つめ続けてしまう。
見つめ合ったまま、徐々にシャルの瞳が近づいてきていることに気づいた時、そっとシャルの目が閉じた。
こ、これは……き、気分が悪いあれじゃないよねっ!?あれな意味でのあれだよねっ!?
シャルの瞳の魔力から免れた瞬間、僕大混乱である。
気づけばもう吐息が分かる距離にシャルの顔が……唇がある。
そのぷるんと柔らかそうな物体が目に入った瞬間、また僕はシャルの魔力に囚われた。
合わさった胸から伝わるシャルのものなのか僕のものなのかわからない激しい鼓動に押されるようにシャルの腰に腕を回す。
そしてそのまま力を入れてシャルを引き寄せて、僕とシャルの間に空いた距離を……。
「あれ、伯爵さんじゃねーっすか」
後ろから掛けられた声に驚いて、二人慌てて飛び退くように距離を取った。
 




