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35話 奥の手

 ギャーオさんとギャームさんの準備は、一時間も経たずに終わった。


「リン、忘れ物はないか聞いて。

 時間は気にしなくて大丈夫だから」


「ナイ イウデス」


「そっか、それじゃ、荷物は『土人形』に預けるように伝えてちょうだい」


 リンにそう言ってから、『土人形』の方に振り返る。


 『土人形』の足元では、ギャームさんがキラキラと好奇心に輝いた目で『土人形』を見上げていた。


 その姿と年少組の姿がダブって見えて泣きそうになった。




 ギャーオさん母娘を連れ、荷物を『土人形』に持たせて森の中を進む。


 母娘の荷物はまだ住み始めたばかりだったということもあって、ほとんど母娘が元の洞窟から背負ってきたものくらいで、『土人形』一体で全部持てるくらいしかない。


 それもすべて背負い袋に収まってしまったので、『土人形』の空いた手にはギャームさんが抱き抱えられている。


 ギャームさんはギャッギャギャッギャと楽しそうに『土人形』の腕の中で笑っているけど、母親のギャーオさんは青くなって心配そうに娘の様子を見ている。


 歩きながらリンとギャーオさんから聞いた話によると、ギャームさんはまだそれこそ成体なりたての生後半月で精神的にはまだまだ幼体と変わらないらしい。


 後半月もすれば人間からすれば極めて短い子供時代を終えて精神的にも成体になるのだそうだ。


 『土人形』の上で暴れているギャームさんのはしゃぎっぷりを見ていると、まだまだ子供というのもよく分かってほほえましい気分になる。


 その後も色々と話を聞かせてもらったけど、ゴブリン族は一ヶ月というごく短期間で成体になったあとは、今度は極めてゆっくりと老化していくらしい。


「え?それじゃ、ゴブリンの寿命ってどれくらいなの?」


「ワカル ナイデス。

 ゴブリン、イクサ シヌ オオイ デス」


 なるほどね、戦いで死ぬ数が多いからいわゆる寿命というものはよく分からないのか。


 そう納得している僕の横で、ギャーオさんが少し暗い表情でうつむいていた。


 おそらく僕が殺した子供のことを考えているんだろうけど、僕にはなにも言うことが出来ないし、なにも言ってはいけないと思った。


「アタシ、チチ、チチ、ウマレ 100ネン コエル ゲンキ デス」


「えっ!?おじいちゃん100歳なのっ!?」


 リンもギャーオさんの様子に気づきながら、空気が重くならないように話題を続けてくれたんだと思うんだけど、普通に驚いた。


「チガウデス。

 100ネン コエル カゾエル ナイ イウデス。

 マエ イクサ デル ゲンキ デス」


 100歳越えてなお戦いに出るくらい元気なのか……。


「は、はは……それは極力お目にかかりたくない相手だなぁ」


 仮にキングでなかったとしても100歳超えの現役ゴブリンとか古強者でしかありえない。


 仮にこれがキングだとしたら……考えたくもない強さになってそうだ。


「王、チチ、チチ、イツ ワカル ナイ アイサツ ヨブ デス」


 マジで?




 母娘の仮拠点から村を離れる方向に進んで、川を越えた先。


 増水があっても水が届かない程度に川から離れた小高い丘。


 リンとギャーオさんのお墨付きももらったので、ここを二人の新しい棲家に決めた。


「王、ドウクツ ナイ デス」


 立地として唯一にして最大の問題点はその丘に洞窟がないということ。


「ということで掘ろうと思います」


「ホル?」


 リンだけを連れて丘の周囲を歩いて良さげな斜面を見つけると、魔法を構築し励起する。


「《石人形作成》」


 魔法が発動すると3✕1✕1メートルほどの斜面が削れて、代わりに石でできた巨大な人形が現れた。


 それを20回も繰り返すと、そこそこの広さの部屋が出来上がった。


 ここをメインの部屋にしてもらってあとは用途に合わせた横穴を開けていこうと思う。


 とりあえず、リンの洞窟を参考に寝室と、物置、あと調理場を作ったおいた。


 一応調理場を想定した部屋も作ったけど、通風孔を明けておいたとは言えこの広くもない洞窟だと換気が心配なので、出来るだけ調理は外でしてほしい。


「とりあえずはこんなところかな?」


 大量に出来上がった『石人形』は帰りがけに適当なところに捨てていこう。


 そんなことを考えている僕をリンが目を見開いて見つめている。


「……王……ナニスル デス?」


「ないしょ♪」


 驚愕で固まっているリンに笑いながらそれだけ言って誤魔化した。




 魔法を使うにはもちろん魔力がいる。


 この『石人形』は『土人形』の上位版とは言え、単に素材が違って固いだけなので『土人形』と消費魔力はたいして変わらない。


 『土人形』も『石人形』も単なる力持ちの人形なので作成系魔法の中でも魔力はだいぶ低いほうだ。


 とは言え熟練の作成魔術師でも10体も作れば魔力切れだろう。


 それなのに今僕が作った『石人形』は……えっと、いっぱい。


 通風孔とか壁を整えたりとかでも作ったので厳密には分からなくなってしまった。


 まあ、とにかくありえないはずの数を作ってる。


 これは僕の奥の手の一つ、遺失魔法の《魔力循環》のおかげだ。


 この魔法を使っている限り、僕の体は自然界の魔力循環の一部となり世界から魔力が無くならない限り、つまりは永遠に魔力が枯渇することはない。


 おそらく元々は『敵キャラ』の魔力が無限であることに理由を作るための魔法なんだと思う。


 そんなとんでもない魔法なんだけど、『不死騎士』相手にはあまり意味がないのが残念なところだ。


 とは言えこういう場面では便利だし、戦闘の際にもかなりのアドバンテージになるだろう。


 その分極力隠しておきたい魔法なんだけど……まあ、リンなら見せてもいいかなと思った。


「さ、それじゃ、二人を呼びに行こうか」


「…………ハイデス」


 洞窟を作り終えて、母娘のもとに戻る道すがら。


 リンは歩きながらなにか考え込んでいたようだったけど……やがて……。


「ギャーウルゥ」


 また甘ったるい鳴き声を上げて腕に抱きついてきた。




 ギャーオさんたちは幸い新しい洞窟を気に入ってくれたようだった。


 住んでいるうちに色々と問題点も見えてくるだろうから、そのうちまた来たときに聞いてみよう。


 念のため入り口のところに簡単な幻術と、人よけ動物よけの魔法を刻み込んで今日の所はお暇することにした。


 ここまで荷物を運んでくれた『土人形』はギャームさんが気に入っていたので崩さずにこのまま置いていくことにした。


 しばらくすれば僕の魔力がなくなるので当然動かなくなるけど、一応魔法で作ったものなので自然に崩れることはないはずだ。


 きっと門番兼用のいい遊び相手になってくれるだろう。


 挨拶をして母娘の棲家をあとにすると、僕たちが見えなくなるまでギャーオさんは頭を下げて、ギャームさんは手を振り続けてくれていた。


 ……こういう人間と変わらない仕草を見ると、なんとも言えない気持ちになる。




 帰り道、行き以上にリンが僕の腕にしっかりと抱きついてくる。


 もう寄りかかってると言っていいレベルで、実のところ少し歩きにくい。


 今回の小旅行でまたリンの中で僕の好感度が上がったらしい。


 正直言うと心当たりがないわけじゃないんだけど、いくらなんでも可愛くなりすぎていてちょっと戸惑ってしまう。


 道中の会話も、普通の話をしているだけのはずなのになんとなく声が甘い。


 いや……本当にこういう雰囲気には慣れていなくて、どうすればいいのか分からないです……。


 『前』はジーナさんのせいで恋人とか作る気になれなかったし、そもそもそんな時間も機会もなかった。


 童貞ではないけれど22年間彼女なし、さらに言えば友達らしい友達もいなかった。


 フランツ、社交界での振る舞いとかいいからこういう時にどうすればいいのか教えといてよ……。


 筋ちがいな恨み言なのは分かっているんだけど、ついそんな馬鹿なことを考えてしまう。


「頑張ってくださいませ、坊ちゃま。

 自分に正直にですぞ」


 そんなフランツの声が聞こえたような気がした。

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