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33話 朝

 朝、目を覚ますと、今日も頭がシャルの柔らかいもので包まれていた。


 その極上の肌触りと至福の柔らかさ、天上の香りに包まれていると今日も一日頑張ろうって気になってくる。


 あれ以来、なんやかんや僕の添い寝は続いていて、終わるどころか最近はリンもローテーションに組み込まれてきた。


 色んな意味でいい加減止めないとと思うんだけど、幸せすぎてどうしてもやめられない。


 どんどんダメ人間になっている気がする……。


 そんなことを考えながらも、どうしても「もう来なくていいよ」という言葉を口から出す気になれずに、今日も幸せそうな寝顔をしているシャルを起こさないようにベッドを抜け出した。


 はじめのうちはシャルたちも緊張していた上に、僕も本調子じゃなくって僕のほうが起きるのが遅かったけれど、シャルたちが添い寝に慣れて、僕の生活リズムが戻った最近は大体僕のほうが先に起きている。


 みんなの可愛い寝顔を見られると思うと、早起きも全然苦じゃなくなるから不思議だ。


 昔はフランツに起こされてイヤイヤ起きていたのに……。


 昔のことを思い出して軽く苦笑を浮かべながら、そっと寝室を出た。




 顔を洗うために井戸に行こうと玄関に続く広間に行くと、いつも通り広間のテーブルにリンが座っていた。


 僕も早起きだけど、リンはもっと早起きだ。


 というか、リンは僕より早く寝ないし、僕より遅く起きることがない。


 無理はしなくていいよと伝えたんだけど、「ムリ ナイデス」と笑って流された。


 どうやら今日からはギルゥさんも加わるようで、二人でテーブルに座ってまだ寝ている子供たちを起こさないように小声でなにか楽しそうに話をしていた。


 ゴブリン族には上半身になにか服を着るという習慣はないらしく、ギルゥさんにもリンと同じくとりあえず貫頭衣を着てもらっている。


 着慣れない服を着て座り慣れない椅子に座って少し窮屈そうにしているけど、こればっかりはできるだけ慣れてほしい。


 リンの方は服にもイスにもだいぶ慣れた様子だけど…………なんだろう?なんか違う。


「ア、王、オハヨデス」


 僕に気づいて挨拶をするリンと、お辞儀をするギルゥさんに返事を返すことせずに、リンをジロジロと見て今感じた違和感の正体を探してしまった。


 なんだろう……なんか知らないけど、今日のリンいつもより可愛い。


 元々美少女ではあるんだけど、今日のリンはいつもより一割増し、ほんの少しだけいつもより可愛い。


「……リン、なんかした?」


「エッ!?

 ウー……ギルゥ、ミダシナミ ウルサイ イウ デス……」


 あー、なるほど。


 たしかにいつもよりしっかり髪が櫛られている気がする。


「それでいつも以上に可愛かったのか。

 すっきりした」


「ギャッ!?」


「あ、ごめん、おはよう、リン、ギルゥさん」


 疑問が解決してスッキリしてので、しそびれかけていた朝の挨拶を返す。


 リンが赤くなってうつむいているけど、どうしたんだろう?


 まだ目が覚めきっていない僕には難しいことは分からない。




 庭にある井戸で顔を洗って、そのまま朝の日課となっている簡単な運動をする。


 昔は一人でやっていたんだけど、リンがここに来てからはリンと二人でやっている。


 簡単な筋トレのあと、リンと遊び半分の組手を始める。


 遊び半分とは言っても、リンには遠慮せずにやっていいと伝えているし、僕も手加減はするとは言え当てる気でやっている。


 殴りかかってくるリンの拳を受け、空いた僕の脇腹にリンの鋭い蹴りが飛んでくる。


 その蹴りを逆の手で受けると、そのままリンの軸足を勢いよく薙ぐ。


 それと同時に両手で掴んだままだった腕と足をクルッと回した。


 軸足を薙がれ浮き体制を崩されたリンがクルッと回転したので、そのまますくい上げるようにお姫様抱っこで抱き上げる。


「それじゃ、ここらへんにしようか?」


「ハイデス」


 お姫様抱っこのまま僕の首筋に顔を擦り付けて懐いてくるリンの頭を撫でながら、水を浴びに井戸に向かった。




 水を浴びて半裸になっている僕の体をリンが拭いてくれている。


 何度もしなくていいって言ったんだけど、聞いてくれないし交換条件まで持ち出してきたので諦めた。


「王、ギルゥ ネガイ アル イウデス」


 リンが正面から腕を回すように僕の背中を拭きながら話しかけてきた。


 いつもこの拭き方はどうなんだと思うけど、リンは「後ろに回るのは失礼」というので好きにさせている。


 ……他の場面ではよく後ろに回っている気がするけど、まあそういう文化なのだろう。


「ん?なにか困ったことがあった?」


「ンー……チガウデス?」


 なんで疑問形なんだ。


「ギルゥ、カジ スル ユルス ホシイ イウデス」


 家事かぁ……。


 基本的には構わない。


 だけど、まだ一緒に暮らし始めて間がないギルゥさんに調理を任せるのは不安がある。


 家事はやってもいいけど調理はダメ、そう伝えるのは信頼していないようで気が引ける。


 いや、事実そうなんだから正直に伝えるしかないな。


「ギルゥ、ソウジ ヒトツ ハジマリ イイ イウデス」


 だけど、ギルゥさんには僕のそんな考えもお見通しだったようだ。


 ひとまずは掃除だけ、そう言われて反対する理由はなかった。


「そういうことならこっちとしても大歓迎だよ。

 分からないことがあったら遠慮なく言うように言ってね。

 リンも申し訳ないけど、通訳お願い」


「ハイデスっ!」


 嬉しそうに頷いたリンは、僕を拭き終わると今度は自分の番と服を脱ぎ捨てて水を浴びだした。


 それを見て少し離れたところで僕たちを見ていたギルゥさんが、僕の着替えと新しいタオルを持ってきてくれる。


 さて、今度は僕がリンを拭いてあげなければならない。


 これがリンの出だした交換条件「僕を拭いてくれるかわりに、僕もリンを拭く」なんだけど……。


 対等な交換条件のはずなのに、僕に得しかない気がするのはなぜだろう。


 ただ、後ろに回って拭くのは失礼と聞いてから僕も後ろに回りづらくなったのは……本気でどうして良いか困っている。




 水浴びが終わって、リンに掃除のことをギルゥさんに伝えてもらって孤児院に戻る。


 孤児院の中はもう朝食のいい匂いがしてきていたので、そのまま食堂に向かった。


「せんせえ、おはよーっ!」


「お、おはよう……ございます……」


「うん、おはよう」


 ノゾミちゃんが元気に、シャルが恥ずかしそうに挨拶してくれたので挨拶を返す。


 そのまま二人はリンたちとも挨拶を交わしている。


 ここにいないユーキくんとアリスちゃんは今日の朝食係だ。


 朝食は簡単なもので済ますので二人一組で順番にやってもらっている。


「あ、先生、ご飯できましたよー」


「席についてくださいね」


 僕らとほぼ同時に朝食を持ったユーキくんたちも食堂に入ってきたので、慌ててテーブルについた。




 朝食を食べ終えて、今日の片付け係以外はちょっと食休みの時間なんだけど……。


 ギルゥさんがなにか神妙な顔でリンに耳打ちをしている。


 リンはそれに少し悲しそうな顔で返事をしているけど、さらにギルゥさんが耳打ちをすると、リンの顔が明るく輝いた。


 なんだろう?なにかいい話でもあったかな?


 ちょっとほほえましい気分になりながらゴブリン姉妹を見ていたら、明るい顔をしたリンがこちらに駆け寄ってきた。


「王っ!王っ!ギルゥ、ササゲモノ アル イウデスっ!」


 捧げ物?


 なんかリンが興奮気味だけど、何の話だろう?


 不思議に思いながらギルゥさんをに目をやると、ギルゥさんはお辞儀をしてから食堂を出ていく。


 そして、少ししてから手に大きな袋を持って戻ってきた。


 あれが捧げ物かな?


 そんな気を使わなくていいのに、とも思ったけど、このリンの喜びようからしてリンのためのものという側面が大きいのだろう。


 それならありがたく頂いておこう。


「ギャッギャウギャギャ」


「うん、ありがとうございます」


 ギルゥさんがなにか言いながら恭しげに差し出す袋を受け取る。


 中には小さな丸いものが大量に入っているみたいだけど……なんだろう?これ。


 好奇心を抑えきれず、断りを入れてさっそく中を見させてもらった。


「ひっ!?」


 一瞬、袋を放り捨てそうになった。


 中には大量のダンゴムシが……って、あれ?この匂い……。


 はじめダンゴムシだと思ってしまった粒を一粒つまみ上げる。


 眼の前につまみ上げたそれをしげしげと眺めたあと、匂いを嗅いでみる。


 鼻がむず痒くなるほど強い匂いがする。


「胡椒だこれ……え?全部……?」


 胡椒は富裕層の間で好まれている香辛料だけど、高価なことで有名で、料理に胡椒をどれだけ使うかが豊かさを測る物差し扱いされた時代すらあった。


 富裕層の間で祝い事が重なり胡椒が枯渇しかけた時なんて胡椒が同じ重さの金で取引されたという伝説すら残っている高級品だ。


 それがこんなにいっぱい……。


「え?一体どうしたの?こんなに」


「アタシ、ペパー スキ。

 ギルゥ、ドウクツ ゼンブ モチダス デス」


 そこまで言われて気づいた。


 胡椒が高い何よりの理由は希少性だ。


 そして、胡椒が希少な理由は、原産地が魔王軍の勢力域である南方にあるからだ。


 そのせいで、胡椒を始め香辛料の多くは魔王軍勢力圏にほんの少しだけ残る人間の支配域からしか得ることが出来ない。


 人間にとっては希少な香辛料であっても、南方を支配する魔物からしたらありふれた香辛料でしかないのだろう。


 魔王軍の侵攻が開始された今となっては、南方に人間の支配域が残っているのか怪しい状況だ。


 胡椒の流通も途絶えていると考えていいだろう。


 なんとかゴブリン族と交易できないかな……?


 ふと浮かんだ馬鹿な妄想を、頭を振って追い出した。

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