26話 けじめ
ホルツさんに挨拶をして別れ、最初の目的の家に赴く。
さて、ある意味ここからが本番だ。
「それじゃ悪いけど、また少し待っててね」
「はーい、せんせえっ!」
「先生、わかりました」
目的の家の前で、リン以外の子供たちには待っていてもらう。
「ありがとう、ノゾミちゃん、アリスちゃん。
……ユーキくんにシャル、二人をよろしくね」
元気に返事をしてくれる年少組を、年長組に見ていてもらう。
……ユーキくん、アリスちゃんと同い年だけど、もはや扱いは年長者だ。
四人の護衛役として風の下位精霊を呼び出している。
流石に村の中で襲いかかってくるなんてことはないだろうけど、もしものときにもこれで安心なはずだ。
それでも少し不安な気持ちは残るけど、仕方ない。
四人にはあまり大勢で押しかけるのは迷惑になるからと伝えてある。
だけど、実際にはこのあと中で起こることをあまり見せたくないというのが一番の理由だ。
本当はリンにも……リンにこそ聞かせたくない話だけど、村人の目があるところで僕がリンから目を離すわけにはいかないので諦めるしか無い。
ドアをノックして、暫く待つ。
出できてくれたのはおそらく母親と思われる年配の女性だった。
リンは僕の後ろにいてもらっているので姿はよく見えていないはずだ。
「はい?どなたでしょうか?」
「ハルトと申します。
息子さんのお見舞いに伺ったのですが、ご在宅でしょうか?」
「え?息子のですか……?」
おや、なんかいぶかしげに見られてる。
…………あ、取り巻き連中以外に付き合いがないタイプだったか?
「はい、レオンさんと一緒に仲良くさせてもらっています」
もちろん嘘だけど、レオンの名前を出すと一瞬すごい嫌な顔をしたあと中に入れてくれた。
「息子は奥のベッドで寝ています。
私は少し買い出しに出ていますので、ゆっくりして行ってください」
母親はそれだけ言って、買い物と言う割になにも持たずに外に出て言ってしまった。
……僕……というか取り巻き仲間すごい煙たがられてるな。
まあ、人目が少ないのは都合がいいので、そのまま息子さんがいるという奥に進ませてもらう。
人の気配がいる方のドアにノックをするだけしてすぐに開けて入る。
礼儀知らずな行為だけど、こういうのは奇襲が一番だ。
「失礼します、アインさん、お見舞いに来ました」
「なんだあっ!?なに勝手に入ってきてやが……る……」
部屋の中には、見覚えのあるレオンの取り巻きの一人アインがベッドに横たわっていた。
アインは意識がないようで、その枕元にいた父親が突然侵入してくた僕に向けて怒声を上げたけど、僕の姿を見て徐々に尻窄みになっていく。
「…………ちっ」
そして最後には、舌打ちをすると、室内であるにも関わらず唾を吐き捨てた。
父親の顔にはよく見覚えがある。
村長さんと一緒に孤児院に押しかけてきていたうちの一人であり、そして……今日リンに石を投げてきた人物だ。
まあ、この訪問自体今日この人に石を投げられて思いついたことだ。
恨みの元は消してしまうに限る。
僕は今日のうちに取り巻きたちと『けじめ』をつけてしまおうと考えている。
ということで、まずは一番重傷を負って、一番恨んでそうなアインの家から訪ねてきたんだけど……。
ちょっと予想外の状況になっていた。
「えっと……彼のお見舞いにきたんですけど……これはいったい……」
肝心のアインはベッドに横たわったまま、真っ青な顔で細い息をして寝ている。
というよりこれは……意識を失っている……?
「…………指の傷から悪い汚れが入って、身体に回っちまったんだとよ。
司祭様の言う事にゃ、街の治癒術師に見せるか、自然に治るまで体力が持つか賭けるかしかないとさ」
そういった父親は恨みを込めた目で僕の後のリンをにらみつける。
ここみたいな村では教会の司祭が最も高い医療技術を持っているということがほとんどだ。
その司祭がさじを投げたとすればこの村ではもう手の打ちようがないということだ。
「これも何もかも全部こいつらゴブリンのせいだ……」
なるほど……。
いくらなんでも随分強い恨みを買っていると思ったら、傷が元で生死の境をさまよっていたのか……。
「治癒術師には見せないのですか?」
「…………街までの馬車に体が耐えられないだろうってよ。
こいつ一人のために術師を呼び寄せるほどの金はねえし……村長に援助を頼んだがゴブリン騒動で財政が厳しくて無理だとさ」
……いうほどゴブリン騒動で表立った損害は出ていないはずなので、単に村長さんがお金を惜しんでるんだろうか?
「レオンさんにはこの事は?」
「息子は意識のある頃に「言うな」って言ってたが、昨日伝えた。
…………鼻で笑われたよ。
「俺たちが逃げる羽目になったのは、そいつのせい」なんだそうだ。
なんでも、前衛を任されていたこいつが手をやられて最初に戦闘不能になったところから崩れたらしい」
それは……。
状況が正確には分からないけど、いくらなんでも一人に責を負わすのは酷くないだろうか。
レオンには誰か明確に責任を負うものが必要だったんだろうな……。
父親の威勢がよかったのもリンを睨みつけるまでで、それからは疲れたように項垂れてしまっている。
とりあえず恨みを買っているところから潰していこうと思った矢先にこれで、ちょっとため息が出る。
とにかく予定していたことを済ませてしまおう。
「…………本日お伺いしたのは、ゴブリン騒動で不幸な事故にあった方に対して、なにかお役に立てることはないかと思い伺いしました」
僕の言葉を聞いた父親が一気に激高する。
「不幸な事故だとっ!?全部そこにいるゴブリンのせいだろうがっ!!」
項垂れていた父親が勢いよく顔をあげ、口に泡を吹き唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけてくる。
息子を殺されかけたんだから当然だとは思うけど、その恨みをリンに向けられるわけにもいかない。
「いえ、それは違います。
息子さんの負傷は戦闘行為によるものです。
戦闘行為による損害についてはどちらが悪いという事はありません」
正確に言えば負けたほうが悪い。
だけど、流石にそれは言えなかった。
「なんだとっ!?息子はゴブリンに襲われたんだぞっ!?
それでもゴブリンに非はないっていうのかっ!?」
「ゴブリンに襲われたのならその通りだと思います、でも、息子さんはレオンさんとともに逆にゴブリンに襲いかかって行っています。
この状況でゴブリンに非を問うのは難しいかと……」
「し、しかし、ゴブリンは、魔物は討伐しないと危険なんだ……。
魔物を野放しには出来ないだろうっ!?」
「はい、それはそのとおりです。
いわば、息子さんの不幸な事故は『名誉の負傷』。
ですので、僕もなにかお役に立てることはないかと思い伺った次第です」
あくまで落ち着いた声を意識する僕を父親が黙って睨みつける。
そして、しばらく睨みつけたあとイスに崩れ落ちると、大きくため息を付いて項垂れた。
「……お前と話していると、子供と話しているのか大人と話しているのか分からなくなるよ。
大人だと思えばお前の言いたいことは分かる。
なにが目的だ?俺に……いや、息子になにをさせたいんだ?」
弱々しい上目遣いで様子をうかがうように言う父親に笑顔を向ける。
「いえ、大した話じゃありません。
『名誉の負傷』を負った息子さんに、これ以上過去にこだわらずに生きていただけるようになって欲しいんです」
「…………つまり、ゴブリンへの恨みを捨てて、その混ざりものを受け入れろってことか?」
「話が早くて助かります」
父親はまた力なく項垂れると直ぐに口を開いた。
「言う通りにするよ。
もし無事息子が回復したら殴ってでも言うことを聞かせる。
それでも聞かないようならこの村から一家揃って出ていく」
そう言うと、顔を上げ、涙を流したままもう一度今度は深く深く頭を下げる。
「頼む……治癒術師を呼ぶ金を貸してくれ」
「そういうことでしたらお力になるれると思います」
そう言ってニッコリと笑った。




